Wikipedia:井戸端/subj/漫画記事における過剰なストーリー解説
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マンガ関連で詳細なストーリー解説がされることについて
[編集]登場人物の項目に詳細なストーリーの解説が加筆され続けたため、本来の登場人物紹介としての機能が低下しているように見られます。私の気がついた具体例はジョジョの奇妙な冒険とグラップラー刃牙ですが、他にもありそうです。私の考えでは詳細なストーリー紹介は登場人物の項目でするべきではないし、ネタバレになるような記載も避けるべきです。またそのキャラクターを紹介する上で必ずしも必要と思えない内容が多々見られます。ウィキペディアはその作品の熱狂的な愛読者が思いの丈を綴るファンサイトと違うのではないでしょうか。他の方のご意見をお聞かせください。--219.101.220.66 2006年10月4日 (水) 20:13 (UTC)
- ぼくもストーリー(あらすじ?)は非常にデリケートなものだと思います。デビルマンでも嫌な思いをし、ぼくはそこから手を引きました。百科事典は興味への窓口であり、更に深く掘り下げたい方々はファンサイトや専門書にいくべきです。--Saimon 2006年10月5日 (木) 01:12 (UTC)
- 個人的には、連載作品なら第1~2話あたりは、詳細に書いてもOKだと思います。その後は、ストーリーの雰囲気を伝えるような形だと、ありがたいですね。ただ、作品によって or 書き方によってOKな場合があるので、一概に禁止というのも難しいかもしれません。既存ページの改編で、支障が出ない方向性を見つけてほしいです。--idea 2006年10月5日 (木) 02:52 (UTC)
- どこからが「詳細」の範囲か一律に決める訳にもいかないと思うので難しいですよね。ファンの人が詳しすぎるくらいに一度記述してしまってから、それを元にして必ずしもファンでない人がスリム化するというのが実状なのかと思います。作品に思い入れがあるとどうしても詳細に書きたくなりますから。で、問題となるのは、削ると復活させ(すぎ)る人がいて編集合戦になったりしているという事でしょうか。 By 健ちゃん 2006年10月5日 (木) 03:46 (UTC)
- ジョジョや刃牙のように何シリーズにも渡る長期連載作品で、その中でも複数シリーズに継続的に登場する主役級のキャラクターであれば自然と書くことは多くなるのでしょう。「そのキャラクターが作中で行ったこと」を記すことも時にはキャラクターの説明として必要になる以上、ストーリーの記述は避けられません。ただ少々、作品を概観するにはキャラクター解説に比重が偏りすぎてバランスが悪く感じるのも確かです。上記2作品については、キャラクターごとの個別記事を考える時期に入っているのかもしれません。
- ネタバレの是非についてはWikipedia‐ノート:ネタばれに注意でも議論が行われています。私自身は、作品に関する記事であればその作品を読むつもりはない(けど、概要は知っておきたい)人にも知識を提供できるのが百科事典だと考えているので、ネタバレを避けるべきではないと思います。漫画購入ガイドじゃないわけですし。--cpro 2006年10月5日 (木) 04:23 (UTC)
百科事典で特定の作品を解説するのであれば、執筆時点で出ている分について、その作品の肝ともいうべきエピソード等をわかりやすく解説するべきで、ネタバレは当然ではないでしょうか。ネタバレを避けた記事は型録に記載するべき文章であり、百科事典的ではありません。202.233.244.141 2006年10月5日 (木) 05:16 (UTC)
世の中には「程度」ってあるんじゃないでしょうか。ここで言っているのは、そういう問題だと思うのですが。僕は過剰なネタばれは好ましくないと判断しますけどね。--ゆきち 2006年10月5日 (木) 05:34 (UTC)
- まぁ、色々な意見が出るとは思うけど、百科事典だから全てを書いてOKというのは、いかがなのもか…。そもそも、紙媒体の百科事典では、あらすじを20行以上に書いたり、核心のネタばれなんてしてないでしょ? ネット百科事典だから、幅広く扱うべきだとは思うけれど、何でもOKというのは問題ですよ。
- 個人的に、「あらすじ」は最低でも5行は欲しい反面、10行以上になると見づらくなると思います。一部のマニアやファンだけが求めるものでなく、まずは「万人が求めるもの」を提供すべきではないでしょうか? それを満たした上でなら、例えば「別ページに詳しく記す」…といった方法はOKだと思います。ネタばれや核心の記述については、外部リンクして誘導すれば良いだけです。--idea 2006年10月5日 (木) 05:44 (UTC)
- 行数を一律に決めるのは意味がないよ。マンネリ漫画なら5行も可能だろうけど、大河ドラマみたく長大な作品なら100行必要な場合もあると思う。その作品を読んでいないないのに、百科事典の記事を元に、語れる程度の情報がなければ意味がない。百科事典の記事を見て、その作品を買おうと思う人が出ることは否定しないが、それを求めることは許されない。つまり、核心部分を書かないなら、その記事は無用である。202.233.244.141 2006年10月5日 (木) 06:32 (UTC)
- 「紙媒体の百科事典では、あらすじを20行以上に書いたり、核心のネタばれなんてしてないでしょ?」とありますが、紙媒体の百科事典では紙幅が取れないため、あらすじを20行以上掲載することは稀ですが、核心だけが的確に書かれていることはままあります。ネット上のほかの百科事典を調べて見ました。ネットで百科@Homeで「ロミオとジュリエット」、「愛染かつら」を調べてみてください。結末まであらすじが説明されています。Himetv 2006年10月5日 (木) 06:29 (UTC)
- あらすじで100行だなんて、例えだとしてもナンセンスです。ロミオを見ましたけど、たかだか7~8行ですよね。著名な作品ですし、この程度なら何の問題もないですよ。 行数を定めるのは、それなりに効果があると思いますよ。「人気作なら10~15行以内に収めるのが望ましい」といった指針があれば、その中で収まるよう書くのでは? 不人気作であれば、それ以下に自然になりますしね。それ以上に書かなければいけない場合というのは、あくまで「例外」ですので、個別に同意を得ていくべきでしょう。--idea 2006年10月5日 (木) 07:24 (UTC)
- 「個別に同意を得」ることができないから、この議論になったのでしょ? むりに収束させないでください。このテーマで嫌な思いをしている方々がたくさんいるのですから。--Saimon 2006年10月5日 (木) 07:57 (UTC)
確かに上記の2作品は「登場人物紹介」にもかかわらず、そのキャラクターに付いて理解しづらい文章になっていますね。ここで提起されている問題はいくつかに分類できると思います。
- コアなファンによってこれでもか!と加筆続けたため、一般層が読んでも理解しづらい。
「登場人物紹介」の上部の数行に、そのキャラクターを理解する上で必要な情報を整理して載せたらどうでしょうか?
- 作品を紹介する上で必ずしも重要ではないトリビアが多い。例:「空条承太郎の時計はタグホイヤー」
トリビアは別枠で載せるか少なくても段落など分けてはどうでしょうか。またあまりにもストーリーと関連の無いと思われる場合は不要かもしれません。
- キャラクターの生死など、ストーリーの核心に迫る様な内容まで書かれている。
作品を読んだことの無い人がウィキペディアを見て、その作品を読む気がなくなるようなネタバレは当然控えるべきですね。改善案としてはこんなところでしょうか--Takora D 2006年10月5日 (木) 08:03 (UTC)
- 長文化
- トリビア化
- ネタばれ化
- 簡潔に言えば、こんな感じですかね。本来なら、個別に議論すべき問題ですね…。文句を言う人も出てくるだろうけど、多くの編集者に分かりやすい指針を決めようと思ったら、何らかの行数なり方向性を決めなきゃ、話にならないでしょ? いつまで経っても、曖昧になってしまって、議論が蒸し返されるだけだよ。
- 指針はあくまで指針であって、「例外」も認めています。しかし、例外を書く場合には、ノートで議論するなり、同意を得るべきだと思うのです。--idea 2006年10月5日 (木) 08:14 (UTC)
百科事典は調べ物をする人に役立つことが第一なのだからいわゆる"ネタバレ"というのは考慮する必要がないでしょう。ストーリーの完結までを簡潔にまとめてあるのが望ましいのではないかと。 ただ、ひとつひとつの細かなエピソードをいちいちあらすじの節で紹介するようなのはやり過ぎでしょう。登場人物の項目には単に設定のようなものだけでなく、その人物画かかわったエピソードなどに触れるのも理解の助けになるようならいいと思いますが、これもやり過ぎればかえって邪魔になるように思います。記事を読んで買う気が起きるとかなくすとかそういうことはどうでもいいことです。--Red Star Belgrade 2006年10月5日 (木) 08:19 (UTC)
物語の解説は
- 「物語導入」
- マンガ・アニメの最初の数話や小説などでプロローグとされる部分と、途中で物語の背景が説明されたときの内容をかいつまんで説明した物
- まだ読んでいない人、読んでいる途中の人、ネタバレしたくない人を対象とした内容
- 定義・目次の直下においてそのあとにネタバレのテンプレートを張る
- 行数をできるだけ少なく
- 「物語全容」
- 最初から最後まである程度詳しく書いた物で、登場人物の生死や結末も含むネタバレをした物
- 一度読んで忘れてしまった部分を思い出したい人、読まずに話を知りたい人を対象にした内容
- 現在、登場人物の中に書かれている物語に関する内容を組み込んでいき、その項の最後か別にもう一項作成して記述する
- 行数制限はゆるく、短い物語は短く、長い物語は長く臨機応変に
- 重厚であったり長大な作品を読み解くための手助けになるようにもなると良い
- ネタバレをこの項だけにできるかもしれない
の2つに分割して書くと良いのかなと考えていました。最後もしくは別項に細かい物語解説を作ることのメリットはネタバレに関して「ネタバレを見たくない人」と「ネタバレを見たい人」の両方の要求を満たせるということです。読者には「ネタバレを見たくない人」と「ネタバレを見たい人」がいると私は考えていまが、どうでしょうか?私自身、今から読む物語について調べる時にネタバレがあると躊躇しますが、もう読んだ物語については詳しい内容説明(ネタバレ)があると重宝します。導入部だけの簡潔な記述に留めれば物語への新たな興味を読者にもたらすかもしれませんが、それだけでは百科事典に詳細を求める人の欲求を満たせません。逆に全体の細かい記述があれば長い作品を楽しむ手助けや調べ物、細かい内容への興味をもたらすかもしれませんが、それだけでは物語を追っていく楽しみを阻害し最悪は物語への興味を殺ぐ可能性があり百科事典としてそれだけは避けなければなりません。それぞれ両者に別のニーズが存在するならば、片方だけでは常に帯に短し襷に長しになってしまい、両方ともあれば両者のニーズに応えることができると思うので百科事典として最も適当ではないかと考えます。もちろんドラえもんのように物語として全容が必要ない等の例外はあるでしょうが、一貫したストーリーがあれば導入と全容の2つがあると良いと思います。登場人物に関する記述はその人物の特徴を主とし、重要な行動等は全容のほうに組み込めるようにすれば登場人物の項でのネタバレを避けることができるのではないかと考えます。どうであれ「冗長・まとまりの無さ・エッセイ的」には最大限注意すべきだと思いますが、ファンの方々が大量に書きたい気持ちも理解できますし、彼らの追加したいエネルギーと未読の読者への配慮等から削除しなければならないエネルギーが衝突して編集合戦になるよりは、未読の読者向けの部分と彼らのエネルギーが生かした詳細を求める読者向けの部分を作れば、先ほどの2つのニーズをしてWikipediaに最もいい効果を与えると思います。いかがでしょうか?よくネーミングセンスが無いと言われるので「物語導入」「物語全容」はあくまで例としてお考えください(汗)H.souichiro 2006年10月5日 (木) 11:56 (UTC)
- ダラダラ書きやがって。百科事典で何らの作品を調べるってことは、全巻読む手間を省きたいからに決まってるだろ。単にないようだ、どんな系統だ?って知りたいならファンサイトを見に行くだろ。211.125.13.18 2006年10月5日 (木) 12:02 (UTC)
- それは貴方の勝手な思い込みでしょう。紙の百科事典に粗筋の詳細が記載されているものなんてありますか? また、読者からそんなものが要求されると思いますか? あなたは紙の百科事典を読んだことがあるのですか?--220.212.242.221 2006年10月19日 (木) 04:36 (UTC)
それもおかしい。紙だろうが液晶だろうがブラウン管だろうが文字で書いてあることを肉眼で読むことは同じ。その行為は人類全体同じこと。皆あんたみたいにテレパシーがあるとは思わないで頂きたい。テレパシーが無い奴はファンサイトにいけ。--Saimon 2006年10月19日 (木) 14:24 (UTC)
ある程度、簡素化することは重要だと思います。ただ、この議論でどういう方向付けが出たにせよ、それをもって既存記事をいきなり白紙化とかいう無謀な編集が出ないことを祈るばかりです。あくまでも執筆者間の了解が無いことには早晩、編集合戦劇化でその手の記事が軒並み保護されちゃいそうですし。小生としては以下のような手順をルール化したほうが良いように思います。
- テンプレート貼り付け及び問題個所をコメントアウト。
- ノートで議論
- サブページ上で素案作成
- サブページのノートで一定数の賛同を受けた後、差し替え
ただ、現在様々なテンプレートがありますが、NPOVテンプレートなどの運用上でテンプレートを貼り付けた者が、テンプレートを貼り付けただけで満足しちゃって、どう改善すべきかの提案もせず、またテンプレート貼り付けの可否も議論されず、放置状態にある記事が散見されます。これを防止する上で「テンプレートを貼るなら最後まで面倒見て」と言いたくもあります。
なお上で議論に挙がってますが、瑣末なトリビア開陳というのは頂けませんが、それがキャラクターの性格付けに拘わるなら「常識の範疇内」で構わないと思います。例えばジェームズ・ボンドの映画化で、ショーン・コネリーのボンドはロレックスをしていたけど、他のボンドでは別の時計をしていたとか、演じる俳優によってボンドの性格付けが若干異なり、またそれが小道具にまで影響する…みたいな感じで。--夜飛 2006年10月5日 (木) 13:42 (UTC)
- 有益な提案がいくつも出てきたため、このあたりでご意見をまとめ、反映させた改善版のパイロットを作ってみました。ノート:スターダストクルセイダース異論もあるかと思うのでそのあたりを聞いたうえで修正をして、しかるのち本文に反映させようと考えています。--Takora D 2006年10月6日 (金) 01:44 (UTC)
- 「http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD857/index.html Goo 映画」みたいに、本来なら「あらすじ詳細は別ページ」にすべきなんだろうけど、現状のウィキペディアでは、難しいですよね…。「マリア様がみてる」では、この方法を取りましたが、削除議論ですしね。データー容量はテキストなんだし、そんなに転送に支障は出ないと思うんだけど…。--idea 2006年10月5日 (木) 15:45 (UTC)
リソースの無駄云々の話題は転送量ではなく、履歴保存のための領域がって話ですね。あとあらすじの字数を検討するのに「行」を持ち出すのはWebページとしてはおかしな話。--Goki 2006年10月5日 (木) 15:56 (UTC)
- それ以前に膨大に存在するアニメ漫画作品の内超ローカルな作品への解説まで掲載されている現状に疑問を覚えるのですが。Wikiでこういうものを掲載する必要があるのでしょうか?--Sinapusu 2006年10月5日 (木) 20:14 (UTC)
- Wikipediaに掲載する必要があるかなんて議論は意味がありません。それを言い出せばWikipediaの存在自体に必要性がないのですから。紙の辞書なら、量が増えれば扱いが不便になる一方ですが、ネット上の事典なら量が増えて困ることはありません。書くべきではない事以外はいくらでも書けばイイのです。211.133.18.199 2006年10月7日 (土) 08:46 (UTC)
- >ネット上の事典なら量が増えて困ることはありません。
- 確かに、それは仰るとおりです。しかし、問題なのは「1ページ内での分量が増えると、不便になる」のは、ネット上でも変わりないことなのです。普通のサイトなら、項目毎にリンクページに記することが出来るでしょう。しかし、現状のウィキペディアでは、無制限にページ分割することが出来ない状態ですので、「分量的な規制による取捨選択」が必要と思われます。--idea 2006年10月7日 (土) 09:25 (UTC)
Wiki≠Wikipedia。それに話題がどんどん発散してますよ。(人のこと言えないけど)--Goki 2006年10月6日 (金) 01:19 (UTC)
- ルール違反をしてまで勝手な解説を書き加えずとも、読者の方々は公式やファンサイトで正しい情報を得ると思います。--かびお 2006年10月16日 (月) 05:12 (UTC)