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*[[中日新聞]][[社会福祉]]賞、[[京都新聞]]社会福祉賞、[[小原教育賞]]、毎日社会福祉顕彰を受賞。 |
2012年8月27日 (月) 13:21時点における版
福井 達雨(ふくい たつう、1932年 - )は、滋賀県近江八幡市生まれの教育者。
経歴
- 1956年、同志社大学神学部卒業、学生時代から障害者問題や差別問題に関心を寄せていた。その後、大阪基督教学院で、教育心理学を学ぶ。
- 1962年4月に、同志社大学神学部の緒方純雄教授のグループに参加する。知能に重度の障害を持つ子供たちの学園を設立する活動を始めて、同年8月に止揚学園を近江八幡市の古い廃寺を借りて設立する。1966年に能登川町(現在の東近江市)に移転して、今日に至る。
- 『止揚』はヘーゲル哲学の弁証法の用語から取られている。
- 中日新聞社会福祉賞、京都新聞社会福祉賞、小原教育賞、毎日社会福祉顕彰を受賞。
- 学園運営、「障がい児」への差別・偏見をなくするための講演活動は、韓国、東南アジア、ヨーロッパにまで及ぶ。
- 京都教育大学、盛岡大学で、「障がい児」教育の特別講義もしている。
著作
- 「僕アホやない人間だ」(柏樹社)
- 「生命をかつぐって重いなあ」(柏樹社)
- 「僕たち心で勝つんや」(柏樹社)
- 「僕たち太陽があたらへん」(柏樹社)
- 「心のひびきのつたわりを」(柏樹社)
- 「ほんものとの出会い」(現代出版)
- 「心に燃えるもの」宮城まり子氏との対談(現代出版)
- 「生きるって悲しくて楽しいなあ」(柏樹社)
- 「子どもに生かされ子どもを生きる」(柏樹社)
- 「子どものためにではなく共に」(明治図書出版)
- 「嫌われ恐がられ嫌がられて」(明治図書出版)
- 「一人は力です」(海竜社)
- 「あなたは何処に行くのですか」(海竜社)
- 「子どもは闇の中に輝いている」(いのちのことば社)
- 「愛が咲いたよ」(いのちのことば社)
- 「見えないものを」(いのちのことば社)
- 「およげなかったカモ」(偕成社)
- 「子どもの笑顔を消さないで」(日本基督教団出版局)
- 「子どもの心に燃える火を」(日本基督教団出版局)
- 「ゆっくり歩こうなあ」(海竜社)
- 「愛がいっぱい いっぱい」(偕成社)
- 「僕アホやない人間だⅡ」(海竜社)
等。
外部リンク
- ゆっくりいこうな止揚学園学園の公式サイト