福田己津央
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福田 己津央(ふくだ みつお、1960年10月28日 - )は、日本のアニメーション監督、演出家。かつては福田満夫及び、ふくだみつお名義で活動していた。栃木県出身。血液型はA型。
略歴
高校卒業後、1979年にサンライズに19才で入社[1]。 『銀河漂流バイファム』、『超力ロボ ガラット』、『機甲戦記ドラグナー』などの監督を務めた神田武幸の弟子[2]を自認する。 OVA作品『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』において、家庭内での仕事についての話し相手だった妻の両澤千晶を脚本家に抜擢し、以降は自らの作品でほぼ一括してシリーズ構成を両澤に任せている。 主な作品は『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』『GEAR戦士電童』『機動戦士ガンダムSEED』シリーズ等。
逸話
- 家業の呉服問屋を継ぐため『無敵ロボ トライダーG7』の途中でサンライズを退職したが、後に出渕裕の口利きで『超力ロボ ガラット』より復職している[3]。
- ダメなアニメは子供に見せていないと言い、『ドラえもん』をその代表に挙げ、「人に頼るような主人公はダメだ。男は自分の力でやらなくちゃいけない。もっと教訓的なものを子供に見せなくては」と批判している。[4]。
- なるべく台詞を少なくして、台詞の裏にあるべき感情を表現することに、こだわりがあるという[4]。
- 「自分はストーリー主義であり、脚本に一番時間をかける。脚本とコンテに時間をかけるため、作画する時間が短くなったりする」と発言している[4]。
- 最近のテレビアニメ作品は質、程度が昔より良くない、と評じていた。「作画はいいのに話が駄目」といった作品がある、とも[4]。
- 電童をやるにあたり、(その少し前から)サンライズがガンダムシリーズ以外のロボットものをあまりやっていなかったのが如実に出たと語っている。曰く「(サンライズは)あまりカッコイイ系のロボットをやっていなかった。 ロボットの見せ方は初代ガンダムみたいなの(見栄の切り方、格好良さ、動き方)でいいと思う」とのこと[4]。
- サイバーフォーミュラOVAの後期のリリースが遅れていったのは、「狙った感情表現などが、かなり微妙で自分の意図を伝えられないのが嫌だった」などの理由から、自分が演出を全て担当するなど、メインスタッフを極端に少なくしたためであるという。これについて「自分の責任で自分が悪いが、後悔してはいない。技術的な問題」と弁じている[4]。
- 「今のアニメの技術は落ちたと思う。 全体的に技術面に関し地盤沈下している。きちんとモノ作りをやってきていない。自分の若いころは先輩達に叱られても耐えたが、 今の若い人はそうではない。 先輩達は本当はアニメではなく映画等を作りたかったなどといった向上心があったが、今の若い人達はただアニメを作りたくてアニメをやっている」という評論をしている[4]。
- 「ドラマを描いてるのに芝居がちゃんとできていない、なっていないのは嫌だ」「自分はアニメじゃなくドラマが作りたい。アニメの表現を逸脱せず、アニメの表現でのドラマにしたい。初期のガンダムなどは、ちゃんとドラマになっている。自分は画面内でキャラ達だけが勝手に盛り上げって視聴者を置いていくようなアニメは嫌だ」とドラマに対し、こだわりがある事を自負した発言をしている[4]。
- 「TVアニメはエンターテイメントである事が第一で、芸術性を持たせる、作家のメッセージ性を強く出すなんてあり得ない。そういうものは小説やドキュメンタリーの仕事」と持論を述べている。 [5]。
- 「今の子供たちの価値観は大きく変わっていて第二次世界大戦のテイストを出してもピンと来ない。『このガンダムは僕達の話だよね』と子供たちが思える作品にしなきゃいけない。要するに、子供たちが共感できるドラマであることが重要。それには子供たちがおかれている状況、見てきたもの、悩んでることや考えを理解しなければならない」「戦争を描くなどというのは正直無理で、アニメはドキュメンタリーじゃない。作品は視聴者に『感動』を送るもの。そのためには人間を描く以外に無い。大切なのはキャラクターの思いを届けること。そのためにストーリーをドラマにしなければならない。最近ではドラマとストーリーの意味を履き違えている作品が多い気がする、実に嘆かわしい」とガンダムSEED制作においての己の考えを発言している。[6]。
- 現在の所属はフリーであるが、スタッフとしての参加はサンライズの作品がほとんどである。現時点でサンライズ作品以外への参加は、記録にあるものとしてはOVA『新海底軍艦』全2巻のうちの後半1本と、アニメフリークFXに収録されたアニメ版『プライベート・アイ・ドル』(短編3本)が挙げられる。
- 『ウルトラマンガイア』のDVDを全巻所持。『GEAR戦士電童』を製作する際参考にしていた[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。。
- ガンダムの監督になるには、富野由悠季の下で2、3年は修行しなければならないのだが、福田はそれをやっていなかったと講演会において発言している。
- 翼の生えたロボットデザインが好みで武器に関しては剣を好んでいる[7]。
- 『機動戦士ガンダムSEED』の企画立ち上げの際、スポンサーから『とにかく、売れるモノを創れ』[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。との厳命が下っている。これに関して、セルDVDのセールスが非常に好調だったため、制作の遅滞から考慮されていた福田の監督降板が白紙となったことをプロデューサーの古澤文邦が[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。明らかにしている。
- 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のシン・アスカ役、鈴村健一はオーディションではなく福田自身の推薦により選ばれた[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。。
- 福田が監督を務める作品には必ずといっていいほど三石琴乃が出演している。また保志総一朗曰く、アフレコ後も声優を拘束して居酒屋などで自分の演技論を語って聞かせているという(ラジオ番組[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。)。
- 『機動戦士ガンダムSEED』の放送中、富野由悠季の「これでガンダムを終わらせるつもりでやってほしい」という願望とは裏腹に続編が続くような終わらせ方であったため、酷くお叱りを受けたらしい[8]。
- 『機甲戦記ドラグナー』でドラグナーにはナイフが存在したが、監督である神田武幸がナイフは不良犯罪の象徴だとして映像に映さなかった。福田はそれを悔しがり[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。、自身が監督を務める『機動戦士ガンダムSEED』シリーズの作品に「ナイフ」を登場させた。
- 妻の両澤千晶 による脚本執筆が遅れたため、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』最終話の製作がバンクなどを乱用しなければならない悲惨な状況になっていたにも関わらず、両澤と伴に『西川貴教のオールナイトニッポン』最終回の観覧に行っていたとして、作画監督であった椛島洋介に自身のブログで福田己津央・両澤千晶夫妻は痛烈に批判されたが、同時に福田については「福田の演出は好きであり、尊敬している」とも言われていた。しかし放送終了後、福田は「TVシリーズは忘れてほしい」と発言している。
- 1996年以降に監督したアニメ作品のほとんどの劇伴音楽に作曲家の佐橋俊彦を起用している。
- 2006年5月に『ガンダムSEED』の劇場版の製作が発表され、福田の監督就任が発表されるが、シリーズ構成である妻の両澤千晶によれば、自身の健康状態の不良が原因で制作が遅れているという[9]。2009年1月に、福田は「今年中になんらかの発表ができたらよいと思う」旨の発言をしたが、2009年にその発表が来ることはなかった。
- 「脚本家が病気なら担当を変えろ」という指摘に対しては、「脚本を変えろ、などと言う人はこの業界から出ていってもらいたい」と、脚本を変えることを拒否するコメントを『SEED Club mobile』のコラムで出した。
- 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』以降はガンダムSEED関連のプロモーション用映像や、AMC(ミュージッククリップ)といった過去に手がけた作品関係を除き、新たな仕事の情報は確認されていない。
主な作品
テレビアニメ
- 無敵ロボ トライダーG7(1980年)設定製作(福田満夫名義)
- 最強ロボ ダイオージャ(1981年)立ち上げ(福田満夫名義)
- 超力ロボ ガラット(1984年)設定製作(福田満夫名義)
- ダーティペア(1985年)設定製作(福田満夫名義)
- 機甲戦記ドラグナー(1987年)演出、ストーリーボード(福田満夫名義)
- 魔神英雄伝ワタル(1988年)演出(福田満夫名義)、ストーリーボード(ふくだみつお名義)
- 魔動王グランゾート(1989年)演出(福田満夫名義)、ストーリーボード(ふくだみつお名義)
- 勇者エクスカイザー(1990年)演出チーフ(福田満夫名義)、演出、ストーリーボード(ふくだみつお名義)
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラ(1991年)監督、演出、ストーリーボード
- 伝説の勇者ダ・ガーン(1992年)絵コンテ、演出(ふくだみつお名義)
- 機動戦士Vガンダム(1993年)絵コンテ
- 獣戦士ガルキーバ(1995年)絵コンテ
- GEAR戦士電童(2000年)総監督、絵コンテ
- 激闘!クラッシュギアTURBO(2001年)3D演出チーフ
- 機動戦士ガンダムSEED(2002年)監督、演出、絵コンテ
- 機動戦士ガンダムSEED DESTINY(2004年)監督、演出、絵コンテ
OVA
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラ11(1992年)総監督、ストーリー原案、脚本、絵コンテ、演出
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラZERO(1994年)総監督、ストーリー原案、脚本、絵コンテ、演出
- 新海底軍艦(1995年)監督(後半1話のみ)
- プライベート・アイ・ドル(1995年)監督
- 機動戦士ガンダム第08MS小隊(1996年)プロモ絵コンテ
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラEARLYDAYS RENEWAL(1996年)監督、脚本、演出
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA(1996年)総監督、ストーリー原案、絵コンテ、演出
- 新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN(1998年)総監督、ストーリー原案、ストーリーボード
脚注
- ^ 『公式ガイドブック機動戦士ガンダムSEED-運命の再会-』(角川書店・2003)掲載のインタビューより。
- ^ 神田の監督する『機甲戦記ドラグナー』で福田が演出などにスタッフとして参加していた。
- ^ BEAT☆Net Radio!『BURNING EMOTION 熱きBOX 魂』トライダーG7後編での出渕の発言より。
- ^ a b c d e f g h 『この人に話を聞きたい』(飛鳥新社)より。
- ^ 『別注カドカワ 総力特集 西川貴教』より
- ^ 『機動戦士ガンダム30周年画集 天地創造』より
- ^ マスターグレード版ストライクフリーダムガンダムに付属『ガンプラエース』での大河原邦男発言より
- ^ 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ハイ・ストリーマー3 シャア篇』より
- ^ 「アニメージュ」2008年4月号インタビューより