反差別国際運動
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設立 | 1988年1月25日[1] |
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所在地 |
東京都中央区入船1-7-1 松本治一郎記念会館6階[2] 北緯35度40分23.5秒 東経139度46分40.5秒 / 北緯35.673194度 東経139.777917度座標: 北緯35度40分23.5秒 東経139度46分40.5秒 / 北緯35.673194度 東経139.777917度 |
主要人物 | 理事長:ニマルカ・フェルナンド(スリランカ、弁護士)[1] |
収入 | 同和事業による「部落解放同盟」への税金による補助金など |
従業員数 |
東京事務所:専従2人インターン1人、 大阪デスク:専従1人、 ジュネーブ事務所:専従1人、 アジア委員会(スリランカ):専従2人パート1人 2012年8月現在[1] |
ウェブサイト | https://imadr.net/ |
反差別国際運動(はんさべつこくさいうんどう、英語: The International Movement Against All Forms of Discrimination and Racism ; IMADR )は、日本で設立された部落解放同盟系NGO[3]。
概要
1988年に部落解放同盟の呼びかけで設立[4]、1982年から部落解放同盟中央実行委員長となった上杉佐一郎がトップに就任。退任後は名誉理事長に就任[5]。
1993年、日本発祥の人権関係NGOとしては初の、国際連合との協議資格を取得した[6]。本部事務所は東京都中央区にあり、部落解放同盟中央本部の所在地と同一箇所にある。海外事務所はスリランカとジュネーヴにある。
共同代表理事は組坂繁之とスリランカ人で弁護士のニマルカ・フェルナンドである[7]。
1996年に上杉死亡後の名誉理事長は武者小路公秀。事務局長は西島藤彦。東日本大震災における被災自治体での悪態や「書いたら終わりだぞ」というマスコミ恫喝で有名になった、民主党議員(前:日本社会党)で部落解放同盟副委員長、元環境大臣だった松本龍[8]が顧問をつとめていた[9]。2022年時点で代表理事に前部落解放同盟中央執行委員長、専務理事に部落解放同盟中央執行委員長、理事に日本教職員組合委員長、幹事に部落解放同盟中央書記長[9]。
略史
- 1988年、部落解放同盟の呼びかけで設立、同時に国連NGO登録の申請、反差別国際会議を開催。
- 1991年、反差別国際運動への国連NGO資格の授与をめぐって部落解放同盟が、資格を与えるべきではないと批判していた全国部落解放運動連合会や部落問題研究所を京都地裁に提訴した。
- 1993年、国連との協議資格を取得。翌1994年、国連NGO資格を手に入れたため、部落解放同盟は提訴を取り下げた(「解同」暴力糾明裁判)。
関連項目
脚注
- ^ a b c 団体概要
- ^ 事務所アクセス
- ^ a b “「同和事業を完全廃止」/長野・御代田 茂木町長が宣言”. www.jcp.or.jp. 2022年8月11日閲覧。 “長野県御代田町は同和予算が「解同」(部落解放同盟)言いなりに、小さな町にもかかわらず年間4000万円以上も使われてきました。「解同」への補助金は年600万円も支出。「解同」役員の海外旅行の費用をはじめ反差別国際運動資金や高速道路の通行料などに税金が使われてきました”
- ^ “国際政治学者の武者小路公秀さん死去 92歳、人権問題に情熱注ぐ”. 朝日新聞. (2022年7月12日) 2022年7月13日閲覧。
- ^ しんぶん赤旗評論特集版 第 810~834 号 -p22
- ^ 反差別国際運動 IMADRと国連
- ^ “役員スタッフ”. 2020年7月26日閲覧。
- ^ “共産党・小池前参院議員「松本大臣発言は部落解放同盟の地金」”. J-CAST ニュース (2011年7月5日). 2022年8月11日閲覧。
- ^ a b 役員スタッフ 役員スタッフアクセス 反差別国際運動(IMADR)役員一覧 顧問
外部リンク
- 反差別国際運動 (IMADR)
- 反差別国際運動(IMADR) (@IMADR_JC) - X(旧Twitter)
- 反差別国際運動 (imadrjc) - Facebook
- IMADRCHANNEL - YouTubeチャンネル