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アドホックな仮説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アドホックな仮説(アドホックなかせつ、: ad hoc hypothesis)とはある理論が否定、反証されたときに、その理論を守るために後から付け加えられるとってつけたような仮説のことである[1]。ad hocとはラテン語で「そのためだけの」といったような意味である。

概説

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ある理論、仮説が否定されたときに、後付けで仮説を加えれば、その理論を守ることができる。例えば、ある人が空中浮遊できると主張した際に、実際に観察、実験を行なって空中浮遊を確認できなくても、その人が「今日は調子が悪かった」と言えば、空中浮遊ができるという主張は守られることになる[1]。こういったとってつけたような仮説がアドホックな仮説である。もちろんこのようなアドホックな仮説は正当な仮説ではない。

しかし全ての仮説は単独では検証できず、検証の際には補助仮説を必要とする(デュエム-クワイン・テーゼ[1]。そして補助仮説は正当な仮説である。例えば、ガリレオが月には山があると主張した際に、ガリレオに批判的な人は望遠鏡は存在しないものを見えるようにする道具であるという理由でガリレオを信じなかったのだが、月に山があるという主張を受け入れるためには望遠鏡は遠くのものを正確に観察することができる道具であるという補助仮説も受け入れなければならない[1]

ただ、もしも空中浮遊できると主張する人が検証前に「調子が悪い日もある」と言っていたとするとそれは補助仮説ということになってしまうという問題が存在する[1]

事例

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科学哲学の解説書などでは、この種の仮説として、燃焼に関する「フロギストン仮説」についてのもの(フロギストン説本体にさらにつけ加えられた仮説)が挙げられることが多い[2]

一般に、ものを燃焼させれば煙が立ち上ることから、なにものか(フロギストン)が燃焼中に放出されているのではないかと見なしたのがフロギストン仮説である。この仮説に従えば、燃焼後の物体は質量が減少しているはずである。フロギストン仮説そのものは、立派に科学的な法則になりうる。

しかし、後にラボアジエによって精密な燃焼実験が行われ、燃焼すれば質量はむしろ増加することが分かった。現代科学の仮説では、燃焼とは酸化のことであり、酸素が加われば質量も大きくなる、ということになるが、それは後の時代になってからの解説である。

この実験結果によりフロギストン仮説は否定されようとしたが、一部の科学者はすぐには仮説を偽であるとは認めず、新たな補足を加えた。それは、「フロギストンはマイナスの質量を持つから、フロギストンが燃焼中に出て行けば逆に質量は増加する」というものだった。 このケースでは、マイナスの質量を検出することが不可能であるため(燃焼の前後の質量を比較する、という方法が提案されたが、それはマイナスの質量を持つことを必ずしも裏付けない)、反証主義の立場では こういった仮説まで認めると説全体が反証可能性を持たなくなってしまう、とし、このような補足的な仮説をアドホックな仮説と呼んでいる。同主義では、このようなアドホックな仮説まで認めて行くと、科学的に有意義なはずのフロギストン仮説を巡ってただ空疎な議論が展開されることになりかねず、反証可能性を持たなければ一連の仮説の全体が崩れてくるのだ、と説明することが多い[3]

他の事例としては、天動説に関する周転円[4]年周視差が観測されないという地動説の反証に関する恒星が遥か彼方にあるという仮説[5]重力に関する渦動説[6]エントロピーに関する嘗ての分子的混沌や現在の量子デコヒーレンス[7]などが挙げられることがある。

脚注

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  1. ^ a b c d e 前田なお『本当の声を求めて 野蛮な常識を疑え』SIBAA BOOKS、2024年。 
  2. ^ 関雅美 1988, p. 237.
  3. ^ SAMA企画 2021, p. 125.
  4. ^ 高増明 1991, p. 3.
  5. ^ 伊勢田哲治 2001, p. 33.
  6. ^ 金子務 2002, p. 12.
  7. ^ 島田一平 2002, p. 34.

関連項目

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参考文献

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