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エレナ・イワシェンコ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エレナ・イワシェンコ
基本情報
ラテン文字 Elena Ivaschenko
原語表記 Елена Иващенко
ロシアの旗 ロシア
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国オムスク
生年月日 (1984-12-28) 1984年12月28日
没年月日 (2013-06-15) 2013年6月15日(28歳没)
ロシアの旗 ロシアチュメニ[1]
身長 184cm
選手情報
階級 女子78kg超級
JudoInside.comの詳細情報
獲得メダル
柔道
世界柔道選手権
2007 リオデジャネイロ 無差別級
2008 ルヴァロワ=ペレ 無差別級
2011 パリ 78kg超級
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エレナ・イワシェンコロシア語: Елена Иващенкоラテン語: Elena Ivaschenko1984年12月28日 - 2013年6月15日[1])はシベリア連邦管区オムスク出身の女子柔道家[2]。78kg超級。身長184cm。体重103kg[3]

来歴

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柔道は17歳の時に始めた[2]。2005年からは、ウラジーミル・プーチンが名誉会長を務めるヤワラ・ネヴァ柔道クラブに所属することになった[2]。2007年の世界選手権無差別で3位となった。2008年の北京オリンピックには国内予選でテア・ドングサシビリに敗れて出場できなかった。無差別の世界選手権では3位になった。2011年の世界選手権78kg超級でも3位となった。2012年8月のロンドンオリンピックでは準々決勝でキューバのイダリス・オルティスに指導2で敗れると、敗者復活戦でもウクライナのイリーナ・キンゼルスカに指導2で敗れて7位に終わった[3]

死去

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2013年6月に自宅のマンションから飛び降り自殺した。チュメニ柔道センター責任者のヴャチェスラフ・ユルロフによれば、オリンピックでメダルを獲得できずに意気消沈するあまり、深刻な精神状態に陥っていたという。ロンドンオリンピックで優勝したオルティスには過去2度勝っていながら、オリンピックの舞台で敗れてしまったことで自らを苛み抑鬱状態になってしまった。さらに脚の負傷を抱えて、来月にも手術予定だった。内側に秘めていた精神的な負担にこれ以上耐えられなくなり、自殺を選択してしまったのではないかとユルロフは語った[4][5][6]

主な戦績

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(階級表記のない大会は全て78kg超級での成績)

脚注

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  1. ^ a b “五輪にも出場 28歳女子柔道選手 自宅建物15階から飛び降り自殺”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年6月16日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/06/16/kiji/K20130616006026190.html 2018年11月19日閲覧。 
  2. ^ a b c Иващенко Елена[リンク切れ]
  3. ^ a b Yelena Ivashchenko Biography and Olympic Results[リンク切れ]Archived 2020年4月17日, at the Wayback Machine.
  4. ^ 尚、マラソン選手である円谷幸吉、テニス選手である佐藤次郎も彼女と同様の動機で自殺を遂げている。柔道イワシェンコさん自殺=世界選手権メダリスト-ロシア
  5. ^ Russian Judo Star, Yelena Ivashchenko, Passed Away”. 2013年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月19日閲覧。
  6. ^ 2012 failure prompted judoka suicide - coach”. 2014年2月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月19日閲覧。

関連項目

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