オグチ・オニェウ
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南アW杯でのインタビューにて(2010年) | ||||||
名前 | ||||||
本名 |
オグチアル・チジオケ・オニェウ Oguchialu Chijioke Onyewu | |||||
愛称 | Goochi(グーチ) | |||||
ラテン文字 | Oguchi Onyewu | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
アメリカ合衆国 ベルギー ナイジェリア | |||||
生年月日 | 1982年5月13日(42歳) | |||||
出身地 | ワシントンD.C. | |||||
身長 | 195cm | |||||
体重 | 91kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | DF (CB) | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
1999 | IMGアカデミー | |||||
2000-2001 | クレムゾン・タイガース | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2002-2004 | メス | 3 | (0) | |||
2003-2004 | → ラ・ルヴィエール(loan) | 24 | (1) | |||
2004-2009 | スタンダール | 139 | (11) | |||
2007 | → ニューカッスル (loan) | 11 | (0) | |||
2009-2011 | ミラン | 0 | (0) | |||
2011 | → トゥヴェンテ (loan) | 8 | (0) | |||
2011-2013 | スポルティングCP | 17 | (4) | |||
2012-2013 | → マラガ (loan) | 2 | (0) | |||
2013-2014 | QPR | 0 | (0) | |||
2014 | シェフィールド・ウェンズデイ | 18 | (0) | |||
2014-2015 | チャールトン | 3 | (0) | |||
2017 | フィラデルフィア・ユニオン | 22 | (1) | |||
2002-2017 | 通算 | 247 | (17) | |||
代表歴2 | ||||||
1999 | アメリカ合衆国 U-17 | 5 | (2) | |||
2001 | アメリカ合衆国 U-20 | 4 | (0) | |||
2004-2014 | アメリカ合衆国 | 69 | (6) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2019年2月22日現在。 2. 2019年2月22日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
オグチアル・チジオケ・"オグチ"・オニェウ(Oguchialu Chijioke "Oguchi" Onyewu, 1982年5月13日 - )は、アメリカ合衆国・ワシントンD.C.出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションはDF(センターバック)。
両親はナイジェリアからの移民。ベルギー国籍も保有する[1]。
来歴
[編集]スタンダール
[編集]20歳で欧州のリーグでプレーし、2004年に移籍したスタンダール・リエージュでブレイク。5シーズンで179試合に出場し16ゴールを挙げ、2007-08、2008-09シーズンのジュピラー・リーグ連覇に貢献した。
ミラン
[編集]スタンダールとの契約満了後の2009年7月7日、イタリアのACミランへ移籍[2]。アメリカ人選手がセリエAのクラブに所属したのはアレクシー・ララス(カルチョ・パドヴァに在籍)以来13年振りであった。ミランでは即戦力として期待されていたが、10月14日に行われた2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選のコスタリカ戦で着地に失敗し左膝蓋腱を断裂[3]。結局この怪我でシーズンを棒に振る結果となった。
2010年5月17日、負傷中のクラブによる支援に謝意を示すため無報酬で契約を1年間延長した[4]。11月5日の練習中にズラタン・イブラヒモヴィッチと口論となる[5]。イブラヒモヴィッチのオニェウに対する強烈なタックルが事の発端と見られ、このプレーに激怒したオニェウがイブラヒモヴィッチに飛び掛かったことで一触即発の事態に発展することとなった。
結局ミランでは出場機会に恵まれず、2011年1月11日にオランダのFCトゥヴェンテにレンタルに出された[6]。シーズン終了後にミランに復帰したが、すでにセンターバックにはアレッサンドロ・ネスタ、チアゴ・シウヴァの2人が不動のレギュラーとして君臨しており、さらにバックアッパーにもマリオ・ジェペスやASローマから獲得したフィリップ・メクセスがおり余剰戦力となったため構想外となった。
スポルティングCP
[編集]6月28日、ポルトガルのスポルティングCPに移籍した[7]。
2012年8月31日、ロケ・サンタ・クルスと共にスペインのマラガCFにレンタル移籍[8]。
イングランド復帰
[編集]2013年10月23日にイングランド2部のクイーンズ・パーク・レンジャーズFCに加入したが[9]、翌年1月に契約を解除しシェフィールド・ウェンズデイFCに加入した[10]。シーズン終了後にフリーとなったが、10月31日にチャールトン・アスレティックFCと翌年1月までの契約を締結[11]。12月29日にはシーズン終了まで契約を延長した[12]。
フィラデルフィア・ユニオン
[編集]シーズンを終えイングランドを去ると、1年半の間無所属となる。2017年1月30日、以前よりトレーニングに参加していたフィラデルフィア・ユニオンへ加入[13]。15年間の欧州でのプレーを経て、初めて母国でプロとしてプレーすることとなった。
2018年9月17日、自身のInstagramにて現役を引退することを発表した[14]。
代表
[編集]アメリカ代表としては2004年10月13日のパナマ戦でデビュー。2005年のゴールドカップではホンジュラス戦で代表初ゴールを決めるなどチームの優勝に貢献し、大会ベストイレブンにも選出された。ドイツW杯にも出場したものの、ガーナ戦で決勝点となるPKを与え、この試合でチームのグループリーグ敗退が決定した。2009年のコンフェデレーションズカップではジェイ・デメリットとのコンビで準決勝のスペイン戦を無失点に抑えるなどチームの準優勝に貢献。決勝ではブラジルに2-3で逆転負けしたものの、前半に2点を先制するなど健闘した。
引退後
[編集]2018年12月6日、USLリーグ1(アメリカ3部相当)に所属するオーランド・シティSC・Bチームのスポーティングディレクターに就任した[15]。
人物
[編集]両親はイボ族出身であり、勉学のためにナイジェリアからワシントンD.C.へ移住した[16]。それぞれ2人ずつ兄弟と姉妹がいる。母国語である英語の他、フランス語、イタリア語、ポルトガル語が堪能[17]。カトリックを信仰している[18]。
2018年2月、ヴァージニア州リッチモンドにジムを開業している[19]。
代表歴
[編集]出場大会
[編集]試合数
[編集]- 国際Aマッチ 69試合 6得点(2004年-2014年)[20]
アメリカ代表 | 国際Aマッチ | |
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年 | 出場 | 得点 |
2004 | 2 | 0 |
2005 | 9 | 1 |
2006 | 6 | 0 |
2007 | 11 | 1 |
2008 | 10 | 3 |
2009 | 13 | 0 |
2010 | 7 | 1 |
2011 | 4 | 0 |
2012 | 4 | 0 |
2013 | 2 | 0 |
2014 | 1 | 0 |
通算 | 69 | 6 |
タイトル
[編集]- クラブ
- ラ・ルヴィエール
- ベルギー・カップ : 2003
- スタンダール
- ジュピラー・リーグ : 2007-08, 2008-09
- ベルギー・スーパーカップ : 2008
- トゥヴェンテ
- KNVBカップ : 2011
- 代表
- アメリカ合衆国
- 個人
- ジュピラー・リーグ ベストイレブン : 2004-05, 2007-08
- ジュピラー・リーグ 最優秀外国人選手 : 2003, 2004, 2005
- USサッカー・アスリート・オブ・ザ・イヤー : 2006
脚注
[編集]- ^ Belgian citizenship makes Onyewu a more appealing transfer target in Europe. at the Wayback Machine (archived 2008-08-03)
- ^ ミランがオニェウを獲得 Goal.com 2009年7月7日
- ^ “オニェウ、全治6カ月と判明”. Goal.com (2009年10月22日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “ミランDF、無報酬で契約を延長”. asahi.com (2010年5月18日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “ミランでケンカ イブラとオニェウが衝突で練習中断”. ライブドアニュース (2010年11月6日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “オニェウ、トゥエンテへの完全移籍はなし”. Goal.com (2011年5月27日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ スポルティング、ミランDF獲得へ Goal.com 2011年6月29日
- ^ マラガ、オニェウ&サンタクルスを獲得 Goal.com 2012年9月1日
- ^ QPRがオニェウと契約 Goal 2013年10月24日
- ^ International ace checks in シェフィールド・ウェンズデイ公式サイト 2014年1月11日
- ^ “Oguchi Onyewu: Charlton Athletic sign USA defender”. BBC Sport (2014年10月31日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Oguchi Onyewu: Charlton Athletic defender extends contract”. BBC Sport (2014年12月29日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Philadelphia Union sign veteran defender Oguchi Onyewu”. MLSsoccer.com (2017年1月30日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “元アメリカ代表オニェウ、36歳で現役引退 ミランではイブラとの“大喧嘩”も”. サッカーキング (2018年9月19日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “OCB Names Oguchi Onyewu as Sporting Director”. USLLeagueOne.com (2018年12月6日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Oguchi Onyewu to stay with Charlton Athletic”. Star1960 (2014年12月30日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Champions League adventure for Malaga's Oguchi Onyewu”. BBC Sport (2012年12月3日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Q. & A. With A.C. Milan’s Oguchi Onyewu”. The New York Times (2009年8月21日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ “Sports trainer, soccer star opening gym in Richmond”. richmond.com (2018年2月22日). 2019年2月22日閲覧。
- ^ オグチ・オニェウ - National-Football-Teams.com
外部リンク
[編集]- Oguchi Onyewu (@OguchiOnyewu5) - X(旧Twitter)
- Official Page of Oguchi Onyewu (Official-Page-of-Oguchi-Onyewu-315067019479) - Facebook
- Oguchi Onyewu (@oguchionyewu5) - Instagram
- オグチ・オニェウ - National-Football-Teams.com
- オグチ・オニェウ - Soccerway.com
- オグチ・オニェウ - Soccerbase.comによる選手データ
- オグチ・オニェウ - FootballDatabase.eu
- オグチ・オニェウ - WorldFootball.net
- オグチ・オニェウ - Transfermarkt.comによる選手データ
- オグチ・オニェウ - Transfermarkt.comによる指導者データ
- オグチ・オニェウ - FIFA主催大会成績
- オグチ・オニェウ - UEFA
- オグチ・オニェウ - メジャーリーグサッカー
- アメリカ合衆国のサッカー選手
- ベルギーのサッカー選手
- ナイジェリアのサッカー選手
- サッカーアメリカ合衆国代表選手
- アフリカ系アメリカ人のサッカー選手
- FCメスの選手
- スタンダール・リエージュの選手
- ニューカッスル・ユナイテッドFCの選手
- ACミランの選手
- FCトゥウェンテの選手
- スポルティング・クルーベ・デ・ポルトゥガルの選手
- マラガCFの選手
- クイーンズ・パーク・レンジャーズFCの選手
- シェフィールド・ウェンズデイFCの選手
- チャールトン・アスレティックFCの選手
- フィラデルフィア・ユニオンの選手
- FIFAコンフェデレーションズカップ2009出場選手
- FIFAワールドカップアメリカ合衆国代表選手
- 2006 FIFAワールドカップ出場選手
- 2010 FIFAワールドカップ出場選手
- 在イギリス・アメリカ人
- ナイジェリア系アメリカ人
- ワシントンD.C.出身の人物
- 1982年生
- 存命人物