オルガニザツィオーン
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オルガニザツィオーン | |
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出身地 | ドイツ |
ジャンル |
クラウトロック 前衛音楽 実験音楽 |
活動期間 | 1968年 - 1970年[注 1] |
レーベル | RCAレコード |
共同作業者 | コニー・プランク |
旧メンバー |
ラルフ・ヒュッター フローリアン・シュナイダー・エスレーベン バージル・ハムモウディ ブッチュ・ハウフ フレート・メーニクス |
オルガニザツィオーン またはオルガニザツィオーン・ツア・フェアヴィルクリッヒュンク・ゲマインザーマー・ムジークコンツェプテ (独: Organisation zur Verwirklichung gemeinsamer Musikkonzepte/英: Organisation for the Realization of Common Music Concepts/日: 共通の音楽概念を具現化するための組織) は、1968年に結成された西ドイツのバンドである[1]。またクラフトワークの前身と言えるバンドとして知られている。
概要
[編集]- 当時デュッセルドルフ音楽院で音楽を学んでいたラルフ・ヒュッター、フローリアン・シュナイダーの2人と他3人のミュージシャンにより結成されたバンドであり、ライブ公演もたびたび行われた[2]。
- クラフトワークに収録されている「Ruckzuck」も当時のライブでは演奏していた。
- アルバムは1969年に録音された『トーン・フロート』一枚のみを発表しているが、ドイツのレコード会社では扱ってもらえず、1970年に漸くイギリスで発売された。また、本作をクラフトワーク自身は「失敗作」と扱っており、正式にCD化はされておらず、現在はイタリアで発売されたブートレグのみでしか聴けないアルバムとなっている。
- また、『トーン・フロート』発売時には既にOrganisationは解散同然の状態であり、『トーン・フロート』の裏ジャケットには初期クラフトワークのトレードマークでもあるトラフィック・コーンのマークが載っているため、この時期からクラフトワークは結成されていたとも言える。
- アルバムはコニー・プランクがプロデュースしており、その後しばらくクラフトワークのプロデュースも手掛けている。
- ラルフ、フローリアン以外のメンバーは、現在ほとんど音楽活動を行っていない。
- バージル・ハムモウディは脱退後にクラフトワークの初期メンバー、アンドレアス・ホーマンらとIblissというバンドを結成し1970年代初期に活動した。2003年に自身の出自についてインタビューに答えている[3]。
- ブッチュ・ハウフは1970年代半ばから1980年代前半頃までの約8年間、結成初期に元クラフトワークのカール・バルトスも所属していたジャズ・ポップスライブバンドThe Jokers/The Jolly Jokersで活動をしていた[4]。
- フレート・メーニクスは1990年代半ば[要出典]と2002-2003年にインタビューを受け、『トーン・フロート』のレコーディング後まもなくバンドをクラフトワークに改名して演奏活動をしていたことや、ラルフ、フローリアン以外のメンバー3人の脱退の経緯についてバンドの英米ツアー計画よりも学業を優先するためであったことを明らかにした[5]。
メンバー
[編集]オリジナル・メンバー
[編集]- ラルフ・ヒュッター (Ralf Hütter) - ハモンドオルガン、オルガン
- バージル・ハムモウディ (Basil Hammoudi) - グロッケンシュピール、コンガ、ゴング、オルゴール、ボンゴ、ボイス
- フローリアン・シュナイダー・エスレーベン (Florian Schneider-Esleben) - 電気フルート、アルトフルート、ベル、トライアングル、タンブリン、エレクトリック・ヴァイオリン
- ブッチュ・ハウフ (Butch Hauf) - ベース、サウンドチューブ、スレイベル、プラスチックハンマー
- フレート・メーニクス (Alfred "Fred" Mönicks) - ドラム、ボンゴ、マラカス、カウベル、タンブリン
1970年ツアー参加ミュージシャン
[編集]- パウル・ローレンツ (Paul Lorenz) - トランペット
- ペーター・マルティーニ (Peter Martini) - パーカッション
- シャーリー・ヴァイス (Charly Weiss) - ドラム
ディスコグラフィ
[編集]アルバム
[編集]- 『トーン・フロート』 - Tone Float (1970年)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 他言語版wikipediaでは結成時期を1967年、1969年、解散時期を1971年とする記述も見られる。
出典
[編集]- ^ ARNO FRANK / DAS ARTE MAGAZIN, ed. (2013年8月30日), KRAFTWERK - MUSIC NON STOP _ Das ARTE Magazin _ de - ARTE / web.archive.org (ドイツ語) 2016年12月29日閲覧。
- ^ Pascal Bussy: "Kraftwerk: Man, Machine and Music", SAF Publishing Ltd., Reprinted 1993, 1997, 1999
- ^ “Germankraft.de News-Archiv 2003 Kraftwerk Chronik Interview mit Basil Hammoudi am 12. 01. 2003 über seine Zeit bei Organisation” (German). Marko Schmidt (12 January 2003). 2 July 2004時点のオリジナルよりアーカイブ。11 May 2017閲覧。, “Germankraft.de News-Archiv 2002 Kraftwerk Chronik Interview mit Andreas Hohmann am 05. 09. 2002 über seine Zeit bei Kraftwerk” (German). Marko Schmidt (5 September 2002). 17 September 2004時点のオリジナルよりアーカイブ。11 May 2017閲覧。
- ^ “Germankraft.de Kraftwerk Chronik Interviews mit anderen Musikern der Düsseldorfer und Krefelder Musik-Szene Franz Josef Krähahn (The Jokers)” (ドイツ語). Marko Schmidt (December 2003). 12 August 2004時点のオリジナルよりアーカイブ。11 May 2017閲覧。 “Jolly Jokers 2001 Neue Seite 1 Die Jokers 1977 vor dem Capitol in Washington D.C. Klaus Rybinski, Hank Hauf, FJ, Reinhold Nickel,Butch Hauf, Wolfgang Keller” (ドイツ語). Franz Josef Krähahn (July 2003). 2003-2005年?時点のオリジナルよりアーカイブ。26 May 2017閲覧。 “Jolly Jokers 2001 Neue Seite 1 1983: Michael Claudi, John Emms, FJ, Wolfgang Keller, Butch Hauf, Klaus Rybinski” (ドイツ語). Franz Josef Krähahn (December 2001). 7 December 2001時点のオリジナルよりアーカイブ。26 May 2017閲覧。
- ^ “Germankraft.de News-Archiv 2002 Kraftwerk Chronik Hier nun ein Rückblick auf die Zeit bei Organisation von Alfred Mönicks, geboren am 01.10.1950 in Aachen.” (German). Marko Schmidt (2003年). 2004年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月11日閲覧。, “An interview with the website Germankraft.de, Alfred Mönicks (Rough translation)” (English). The KRAFTWERK Archives (2007年5月15日). 2017年4月2日閲覧。