オンジ
オンジ(遠志、おんじ)はイトヒメハギ根を基原とする漢方に用いられる生薬の一つのこと[1]。漢方では帰脾湯、加味帰脾湯、人参養栄湯等に用いられる[1][2][3]。2017年以降は「中高年以降の物忘れ改善」の効能が注目され、オンジ含有の製品が製薬各社から発売されている[4][5][6]。
概要
[編集]オンジは、2000年前に成立したとされる医薬書『神農本草経』にその名前を見つけることができる[7][8]。神農本草経は植物薬252種、動物薬67種、鉱物薬46種の合計365種を上品・中品・下品の三品に分類して記述しているが[9]、オンジは上品に分類されている[10]。オンジ(遠志)は古来より物忘れなどに効果があるとされ、初心を呼び起こし、志を遠くに持つための薬草として、「志が遠大になる」ことから名づけられたと言われている[7][11]。
2015年12月に厚生労働省の「生薬のエキス製剤の製造販売承認申請に係るガイダンスについて」(日薬生審査発 1225 第6号)通達において、オンジの効能として「中年期以降のもの忘れの改善」と記載されたことにより[4]、2017年以降製薬会社各社からオンジ含有の製品が発売された[3]。その後、2017年に厚生労働省は、2015年のガイドラインでオンジに記載した「中年期以降のもの忘れの改善」は従来からの漢方製剤で用いられていた効能に最新の科学的知見を補足したものであり、また、「中高年以降の物忘れの改善」とは加齢による「正常な物忘れ」のことであり、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー型認知症などの予防及び治療に関する効能等は確認されていないとの通達を出した[4]。
効能・効果
[編集]前述の厚生労働省の通達にもあるように「加齢による正常な物忘れの改善」に効果があり、日本医師会も2017年11月8日の会見で「認知症の予防や治療に用いるものではない」としている[5]。
成分
[編集]主な成分はテヌイフォリン、オンジサポニン(A~G)、キサントン類、ケイヒ酸誘導体、ポリガラキサントンIIIなど[2][7]。
産地
[編集]中国の山西省、陝西省、河南省、河北省、内蒙古、シベリア、朝鮮半島北部など[7]。
臨床研究
[編集]2009年4月、Lee らのグループがラットにおいてオンジを投与するとアセチルコリンエステラーゼの活性を阻害し、ストレス誘発性健忘症を改善したことを報告した[12]。また、同グループは健常成人のグループにオンジ成分配合薬と偽薬を二重盲検法で、1日3回4週間投与行い、言語記憶と作業記憶を評価したところ、オンジに記憶力の向上作用があったと報告している[12]。同グループは2009年12月には対象者を高齢者に変更し同様の試験を行ったところ、認知機能検査テストの1つであるCERAD batteryでオンジ投与群で成績が有意に向上し、特に単語リスト認識、構造的想起の成績は著しい改善をみせたと報告している[13]。
神農本草経による扱い
[編集]紀元頃の成立とされる「神農本草経」では薬物が薬効別の上品(じょうほん)(120種)・中品(ちゅうほん)(120種)・下品(げほん)(120種)の3種に格付けされて収載されている[14]。
- 上品薬は養命薬(精神・肉体をともに養う)で、無毒で副作用がなく、長期服用・大量摂取してもよい。身体が軽快になり、元気を益し、老化防止・長寿作用がある[14]。
- 中品薬は養性薬(体力増進の滋養強壮薬)で、無毒・有毒のものがあるから要注意である。病気を予防し、虚弱な身体を強くする[14]。
- 下品薬は治病薬(病気の治療薬)で、有毒であるから長期服用してはならない。邪気を駆除し、胸腹の病巣を破壊する[14]。
と規定されている[14]。オンジはこの分類で上品に分類されている[7][15][16]。
脚注
[編集]- ^ a b 公益社団法人東京生薬協会公式サイト - 新常用和漢薬集 - オンジ ( 遠志 )
- ^ a b 「生薬『オンジ』中のポリガラキサントンIIIに係る定量」著者:西原ら BUNSEK KAGAKU Vol66 No8 pp613-617(2017)
- ^ a b “もの忘れはクスリで治る? 漢方薬のエキスに各社大注目 〈週刊朝日〉”. AERA dot. (アエラドット) (2017年9月18日). 2019年1月9日閲覧。
- ^ a b c “オンジ製剤の広告等における取扱いについて”. www.mhlw.go.jp. 厚生労働省. 2019年1月9日閲覧。
- ^ a b Online, D. I. (2019年11月15日). “「オンジは認知症に効果なし」と日医も強調”. DI Online. 日本経済新聞社. 2019年1月9日閲覧。
- ^ “医薬品「オンジ」の表示問題が浮上、「物忘れ改善」に日本医師会が横やり”. www.tsuhanshinbun.com. 通販新聞 (2017年10月19日). 2019年1月9日閲覧。
- ^ a b c d e “生薬オンジの魅力”. クラシエ. クラシエ. 2019年1月9日閲覧。
- ^ “注目“物忘れ改善薬”の主成分 生薬「オンジ」はどう効くの|日刊ゲンダイヘルスケア”. 日刊ゲンダイヘルスケア. 日刊ゲンダイ (2017年7月21日). 2019年1月9日閲覧。
- ^ 大塚敬節『漢方医学』(第3版)創元社〈創元医学新書〉、1990年2月1日(原著1956年7月25日)、38-39頁。ISBN 4-422-41110-1。
- ^ “遠志の恵”. shop.eisai.jp. 2019年1月9日閲覧。
- ^ “生薬遠志は物忘れ症状等に有効か?【抗痴呆効果,脳内神経成長因子の産生促進などがin vivoの実験で認められている】”. www.jmedj.co.jp. 日本医事新報社 (2018年1月13日). 2019年1月9日閲覧。
- ^ a b Lee J-Y, Kim KY, Shin KY, Won BY, Jung HY, Suh Y-H. Effects of BT-11 on memory in healthy humans. Neuroscience Letters. 2009 Apr 24;454(2):111–4.
- ^ Shin KY, Lee J-Y, Won BY, Jung HY, Chang K-A, Koppula S, et al. BT-11 is effective for enhancing cognitive functions in the elderly humans. Neuroscience Letters. 2009 Nov 13;465(2):157–9.
- ^ a b c d e 日本薬学会 ファルマシア Vol.52 No6.2016「過去からのメッセージ中国日本の伝統医薬学」著者:小曽戸洋
- ^ “伝統医薬データベース 遠志 生薬学術情報”. dentomed.toyama-wakan.net. 2019年1月11日閲覧。
- ^ JIM 14巻5号 pp.443-445「EBM時代の生薬・方剤の使い方 [第5回・生薬編]遠志と神経」著者:矢部 武士 、山田 陽城 (北里大学北里生命科学研究所和漢薬物学研究室)