カシアス・マーセラス・クレイ・シニア
カシアス・マーセラス・クレイ・シニア | |
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Cassius Marcellus Clay, Sr. | |
生誕 |
Cassius Marcellus Clay 1912年11月11日 アメリカ合衆国 ケンタッキー州ジェファーソン郡 |
死没 |
1990年2月8日 (77歳没) アメリカ合衆国 ケンタッキー州ルイビル |
職業 | 画家、ミュージシャン |
配偶者 |
オデッサ・グレーディ(結婚 1934年) |
子供 |
モハメド・アリ(カシアス・クレイ・ジュニア) ラーマン・アリ(ルディ・クレイ) |
カシアス・マーセラス・クレイ(Cassius Marcellus Clay、1912年11月11日 - 1990年2月8日)は、アメリカ合衆国の画家、ミュージシャンである。子にボクサーのモハメド・アリ(カシアス・クレイ・ジュニア)、ラーマン・アリ(ルディ・クレイ)、孫にレイラ・アリがいる。
1934年にオデッサ・リー・オグレーディと結婚し、画家、ミュージシャンとして活躍した。彼は「ハンサムで、気立てがよく、騒がしく、喧嘩っ早い、失敗した夢想家」[1]あるいは「大酒飲みで女たらしのダンディな父親」[2]と表現されていた。息子のモハメド・アリは、彼を「ルイビルで最もファンシーなダンサー」と評した[3]。
生涯
[編集]クレイはケンタッキー州ジェファーソン郡で1912年11月11日にハーマン・H・クレイ(1876年3月 - 1954年2月1日)とエディス・E・グレートハウス(1889年12月 - 1972年12月30日[4])の息子として生まれた。クレイにはナサニエル・クレイを始めとする弟4人、妹1人がいた[5][6]。クレイの父方の祖父母はジョン・クレイとサリー・アン・クレイだった。妹のエヴァによると、サリーはマダガスカル出身であるという[7]。DNA調査によると、モハメド・アリの父方の祖母はアーチャー・アレクサンダー(1815-1880)の曾孫娘であった[8]。カシアス・マーセラスという名前は、同じケンタッキー州出身で、19世紀の共和党の政治家であり、厳格な奴隷制廃止論者であったカシアス・マーセラス・クレイ(Cassius Marcellus Clay)にちなんで名づけられた[9]。
クレイは掲示板や看板の絵を描く画家だった[9]。1933年頃、オデッサ・リー・オグレーディと結婚した[10]。クレイは大酒飲みであり、そのために無謀運転、風紀紊乱、暴行など何度も問題を起こした[11]。1970年、なぜ息子のようにムスリムにならなかったのかと尋ねられたとき、彼は「私の宗教は自分の才能であり、それは私を支えてくれるものです」と答えた[12]。
クレイは1990年2月8日、ケンタッキー州のデパートを出たときに心臓発作を起こして77歳で亡くなった[6]。
大衆文化において
[編集]モハメド・アリの生涯を描いた1977年の映画『アリ/ザ・グレーテスト』ではアーサー・アダムスが、2001年の映画『ALI アリ』ではジャンカルロ・エスポジートがクレイを演じている[13]。
脚注
[編集]- ^ Lipsyte, Robert (March 7, 1971). “I Don't Have to Be What You Want Me to Be”. The New York Times. オリジナルのJuly 23, 2018時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧。
- ^ “Ali”. The Guardian (London). (November 2, 2003). オリジナルのJune 4, 2011時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧。
- ^ Lee Eisenberg (September 1984). Fifty who made the difference. ISBN 0-394-53912-5
- ^ “Ancestry of Muhammad Ali”. 2007年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月18日閲覧。
- ^ “Barber Can Relax Hair”. The Philadelphia Inquirer. (October 15, 1997). オリジナルのOctober 25, 2012時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧。
- ^ a b “Cassius Marcellus Clay., Former Champion's Father, 77”. Associated Press in The New York Times. (February 10, 1990) 2009年9月4日閲覧。
- ^ Egerton (1991), p. 134
- ^ DNA evidence links Muhammad Ali to heroic slave, family says Archived 2019-04-04 at the Wayback Machine. Ben Strauss, Washington Post, October 2, 2018
- ^ a b “The Dream”. Time magazine. (March 22, 1963). オリジナルのAugust 24, 2013時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧. "But the Clays have been there for six generations—ever since their ancestors worked first as slaves, then as farm laborers on the plantation of Cassius Marcellus Clay, who was Lincoln's Minister to Russia."
- ^ Egerton, John (September 28, 1980). “Ali's Kentucky Roots”. The New York Times. オリジナルのJune 30, 2018時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧。
- ^ “Growing Up Scared in Louisville”. Sports Illustrated. (April 18, 1966). オリジナルのJanuary 27, 2014時点におけるアーカイブ。 2009年9月4日閲覧. "More than once Odessa Clay had her husband brought into court for roughing her up. Cassius Sr. was also arrested for reckless driving, disorderly conduct and assault and battery, always after he had been drinking.... [He] "isn't a criminal or even an evil man. He's just a frustrated little guy who can't drink. He never served any time and he never will.""
- ^ “Words of the week”. Jet magazine (Johnson Publishing Company). (November 12, 1970) 2009年9月4日閲覧。
- ^ “Ali (2001)”. The Internet Movie Database. 2009年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月4日閲覧。
参考文献
[編集]- Egerton, John (1991). Shades of Gray: Dispatches from the Modern South. LSU Press. ISBN 0807117056 2012年10月23日閲覧。