キャラクター・ボーカル・シリーズ
キャラクター・ボーカル・シリーズ(Character Vocal:CVシリーズ)とはクリプトン・フューチャー・メディアの販売している音声合成・デスクトップミュージック(DTM)ソフトウェアのシリーズである。2007年8月31日に第1弾の「初音ミク」がリリースされ、その後同年12月に第2弾の鏡音リン・レン、2009年2月に第3弾の巡音ルカが発売された。ヤマハの開発した音声合成エンジン「VOCALOID」を使用し、歌声ライブラリのデータに声優を起用。各歌声毎にキャラクターとしての設定を用意しており、それぞれの製品名がキャラクターの名称にもなっている。その特性から動画投稿サイトなどインターネット上で注目を浴び、一大ムーブメントを巻き起こした。
シリーズ
2007年から2009年にかけて初音ミク、鏡音リン・レン、巡音ルカの3製品が発売され、その後追加ライブラリやVOCALOIDのバージョンアップに対応した製品も発売されている。声優はアーツビジョン所属の声優から選ばれた。キャラクターデザインはすべてイラストレーターのKEIが手がけているが、追加音声やバージョンアップ版のパッケージイラストについてはKEI以外の作家が起用されている。
なお、CVシリーズの企画の中で、試作品として声優中村繪里子を起用した音声「CV-4Cβ」が作られており、製品化はされていないが、産業技術総合研究所が開発している人型ロボット「HRP-4C」の声として使用されている[1]。
- CV01:初音ミク(はつね ミク)
- 声優:藤田咲
- 発売:2007年8月31日
- キャラクター・ボーカル・シリーズ第1弾。16歳の少女という設定。
- CV02:鏡音リン・レン(かがみね リン・レン)
- 声優:下田麻美(二役)
- 発売:2007年12月27日
- 女声の鏡音リンと男声の鏡音レン、2人のキャラクターの音声を同一パッケージに収録している。年齢はどちらも14歳とされている。
- CV03:巡音ルカ(めぐりね ルカ)
- 声優:浅川悠
- 発売:2009年1月30日
- 20歳の女性という設定。最初の製品は日英2言語のライブラリを収録したバイリンガルとして発売されたが、元々は日本語と英語の別パッケージの構想で、CV01の初音ミクより先に企画されていたもので、スケジュールが折り合わなかったことからCVシリーズ第3弾としての発売となった[2]。
関連製品
同社の「バーチャルシンガー」製品群[1]として、CVシリーズとそれ以前に発売した製品がある。以下はCVシリーズでないためCVナンバーと担当声優の表記はない。
- MEIKO(めいこ)
- リリース時期:2004年11月
- 初代VOCALOIDエンジンにて発売された。女性ボーカル。CVシリーズ発売後の2014年2月にVOCALOID3に対応したMEIKO V3が発売された。
- KAITO(かいと)
- リリース時期:2006年2月
- 初代VOCALOIDエンジンにてMEIKOに続き発売された。男性ボーカル。2013年2月、VOCALOID3に対応したKAITO V3がCVシリーズのVOCALOID3製品に先行して発売された。
製品のコンセプトとその受容
キャラクター・ボーカル・シリーズ(以下CVシリーズ)は各音声のキャラクターを架空のボーカリスト、バーチャルシンガー(バーチャルアイドル)とし、それをユーザーがプロデュースするというコンセプトの製品である。発売元のクリプトン・フューチャー・メディア(以下クリプトン)は先代の合成エンジンVOCALOIDを使用した「MEIKO」(2004年発売)がパッケージに女の子のキャラクターイラストを使用して一定の成功を収めたことから、次世代エンジンのVOCALOID2を使用した新製品にはかわいい女性の声を入れ、アニメ風のイラストを使用することを決めていた[3]。しかし新製品の企画を立ち上げた当初はバーチャルアイドルを志向していたわけではなく[4]、かわいらしい声の歌手10人ほどに声をオファーした際に「自分のクローンが作られる」「オリジナル作品のカバー曲がはんらんする」といった理由で軒並み断られ[5]、それを機に発想を転換、実際の歌手の声で歌うソフトという発想から離れ、人間の真似ではなく一つの新しいキャラクターが歌うというCVシリーズが立ち上がることとなった。ライブラリの音声には歌手ではなく声に特徴のある声優を起用した[6]。なおライブラリの音声については歌はうまくなくてもかまわず、歌手である必要はないという[7]。CVシリーズでは製品のイメージに見合ったキャラクターの外見、それに年齢・身長といったキャラクター設定も定められることになったが、これは自由すぎるのはかえって不自由であり、ある程度はイメージに制限を設けたほうが良いと考えられたからである[8]。一方で、キャラクターを色付けしすぎないことも考慮され、設定は最低限に抑えられた。初音ミクでは当初「「歌」が失われた近未来の世界で、歌う技術を持ったアンドロイド「初音ミク」が発見され、人々が歌うことの素晴らしさを知っていく……というストーリー的なもの」も考えられていたが、公式プロフィールへの採用は見送られている[9]。キャラクターイラストは前述の「MEIKO」ではクリプトンの社員が描いていたが、CVシリーズでは本職のイラストレーターに依頼し、萌えを意識したキャラクターが描かれた。
CVシリーズのキャラクターはかわいらしいキャラクターに歌わせるというイメージを演出することで、合成音声であることによるリアリティの不足を補うとともにソフトを使用するユーザーのモチベーションを刺激する[10]狙いから設定されたものである。しかし、このキャラクターの存在により、CVシリーズは音楽ソフトとしての枠にとどまらない発展を見せる。2007年8月にCVシリーズ第1弾の「初音ミク」が発売されると、初音ミクを使用した動画がニコニコ動画、YouTubeといった動画投稿サイトに次々と投稿されて人気を博し、それらが初音ミクのプロモーションとなって新たなユーザーによる動画の投稿を促すという好循環により爆発的なヒットとなったが[11]、それらの動画の多くは合成音声とキャラクター画像とを合わせキャラクターが歌っているという体裁をとっており、ソフトウェアとしての性能をアピールするだけでなくキャラクターとしての人気を呼び込み、初音ミクはインターネット上で生身の肉体を持たないアイドル[12]としての成立を見ることとなる。これにより初音ミクという製品は、「音楽というメディアの中で振る舞うキャラクターを操作可能にした画期的な製品」[13]としても位置づけられることとなった。すなわち、製品を購入したユーザーの誰もが、メディアの中にいるアイドルのプロデュースに参加できるのである[14][15]。CVシリーズなどのVOCALOIDを用いて作品を発表する作者に対しては、プロデューサーの略である「P[注 1]」と言う敬称が用いられるようになっており[18]、虚構キャラクターをプロデュースするプロデューサーとみなす形となっている[19]。
しかしその一方で、音楽製作者のための電子楽器のひとつとして捉える立場からは、キャラクターを余計なものとする見方も存在するという[13]。またその逆に、音楽製作を目的としないファンの購入も多いとされ、2008年の夏までに「初音ミク」は約4万本、「鏡音リン・レン」は約2万本を出荷したがクリプトンは実際に音楽製作に使用しているのは購入者のうち1万から1万5000人ほどと見ておりキャラクターがパソコンの中にいるという所有感が購入を後押ししていると分析している[20]。
なお、こうした流れに伴って「MEIKO」「KAITO」といったCVシリーズではない過去のVOCALOIDについても関連キャラクターとしてファンに受容されるようになり[21][22]、またクリプトン以外の会社からも「がくっぽいど」をはじめキャラクター設定を伴った製品が発売されている[23]。初音ミクの発売から始まったブームは、架空のキャラクターを使って音楽を作るという特徴をもつ新しい音楽ジャンルとしての発展を見せている[24]。
脚注
注釈
- ^ 「P」の由来はアイドルプロデュース体験ゲーム『THE IDOLM@STER』のプレイヤーネームの慣習を引き継いだものと言われる[16]。作者に対しファンから「〜P」とついたハンドルネームが贈られることもある[17]。
出典
- ^ “新VOCALOID「CV-4Cβ」、CEATECで歌う 声は中村繪里子さん”. ITmedia. (2009年10月8日) 2011年4月21日閲覧。
- ^ “英語に苦心 大人なVOCALOID「巡音ルカ」ができるまで”. ITmedia. (2009年2月10日) 2011年4月21日閲覧。
- ^ 岡田 2009, p. 1
- ^ デジタルコンテンツ協会 2008, p. 44
- ^ 岡田 2007, p. 1
- ^ 根津 & 2008.3, p. 129
- ^ 高橋暁子 (2008年5月13日). “クリエイターを支えるクリエイターでありたい クリプトン・フューチャー・メディア社長 伊藤博之氏(後編)”. Impress Watch (インプレス) 2009年7月10日閲覧。
- ^ 島田昇 (2007年10月23日). “創業社長が明かす、仮想歌手「初音ミク」にかける想い”. CNET 2009年7月10日閲覧。
- ^ KEI; 熊谷友介(インタビュアー:前田久 平岩真輔)「電子の歌姫『初音ミク』――キャラクターと歌声が出会った日」『ぷらちな』、2007年11月 。2015年6月4日閲覧。
- ^ 根津 & 2008.3, pp. 128–129
- ^ 根津 & 2008.2, p. 108
- ^ 森川嘉一郎「オタク文化の現在(12)アイドルの理想形」『ちくま』(通号 443)[2008.2]、筑摩書房、38-41頁、NAID 40015845889。
- ^ a b 増田 2008, p. 170
- ^ 太田 2011, pp. 265–267
- ^ 井手口 2010, pp. 19–20
- ^ 増田 2008, p. 175
- ^ 岡田有花 (2008年2月25日). “クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(3):初音ミクが開く“創造の扉””. ITmedia 2009年7月10日閲覧。
- ^ 岡田有花 (2008年7月3日). “遅く来た春 ミク×ニコ動がうんだ36歳の人気者”. ITmedia NEWS (ITmedia) 2009年7月10日閲覧。
- ^ 増田 2008, p. 171
- ^ “「初音ミク」生みの親らが語る、CGMのビジネス化や権利の課題”. Impress Watch. (2008年7月23日) 2008年11月10日閲覧。
- ^ DTMマガジン×ゲーマガ 2010, p. 118
- ^ 井手口 2010, p. 22
- ^ 川上 2010, p. 28
- ^ 川上 2010, pp. 27–33
参考文献
- 岡田有花 (2007年9月12日). “異例の売れ行き「初音ミク」 「ニコ動」で広がる音楽作りのすそ野”. ITmedia 2008年11月1日閲覧。
- 根津禎「実録 開発物語 パソコン用歌声合成ソフト「初音ミク」(第1回)出会いは着メロから」『日経エレクトロニクス』(971)[2008.2.11]、日経BP社、107-110頁、ISSN 0385-1680。
- 岡田有花 (2008年2月22日). “クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(2):「初音ミク」ができるまで”. ITmedia 2008年11月1日閲覧。
- 根津禎「実録 開発物語 パソコン用歌声合成ソフト「初音ミク」(第2回)コア・ユーザーはあえて狙わない」『日経エレクトロニクス』第972号、日経BP社、2008年2月25日、127-130頁、ISSN 0385-1680。
- 伊藤剛「オタク文化の現在(13)ハジメテノオト、原初のキャラ・キャラの原初」『ちくま』(通号 444)[2008.3]、筑摩書房、38-41頁、ISSN 0914-9163。
- 『デジタルコンテンツの知的財産権に関する調査研究:進化するコンテンツビジネスモデルとその収益性・合法性-VOCALOID2、初音ミク、ユーザ、UGMサイト、権利者:報告書』(PDF)デジタルコンテンツ協会、2008年3月 。2008年11月10日閲覧。
- 増田聡 著「データベース、パクリ、初音ミク」、東浩紀・北田暁大編 編『思想地図. v.1』 特集・日本、日本放送出版協会、2008年、151-176頁頁。ISBN 978-4-14-009340-5。
- DTMマガジン×ゲーマガ責任編集 著、ゲーマガ編集部 編『初音ミク -Project DIVA- マスターブック』ソフトバンククリエイティブ、2010年、116-120頁頁。ISBN 978-4797356601。
- 佐川慎悟「動画投稿サイトの現実と将来」(PDF)『パテント』第62巻第9号、日本弁理士会、2009年8月、49-58頁、ISSN 0287-4954、2009年12月30日閲覧。
- 井手口彰典「現代的想像力と「声のキャラ」--初音ミクについて」『福祉社会学部論集』第29巻第2号、鹿児島国際大学福祉社会学部、2010年、18--32頁、NAID 40017386392。
- 川上量生「ボーカロイドが起こす"革命"」『熱風』第8巻第12号、スタジオジブリ、2010年12月、27--33頁。
- 太田省一『アイドル進化論-南沙織から初音ミク、AKB48まで』筑摩書房、2011年、262--270頁頁。ISBN 9784480864086。
関連項目
外部リンク
- バーチャルシンガー・ラインナップ - クリプトン