コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

キュルセ=シュル=ディーヴ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Curçay-sur-Dive
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏
(département) ヴィエンヌ県
(arrondissement) シャテルロー郡
小郡 (canton) ルーダン小郡
INSEEコード 86090
郵便番号 86120
市長任期 ブリュノ・ルフェーヴル
2014年-2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du Pays Loudunais
人口動態
人口 208人
2014年
人口密度 13人/km2
住民の呼称 Cursayais/Cursaillais[1].
地理
座標 北緯47度00分45秒 西経0度03分20秒 / 北緯47.0125度 西経0.0555555555556度 / 47.0125; -0.0555555555556座標: 北緯47度00分45秒 西経0度03分20秒 / 北緯47.0125度 西経0.0555555555556度 / 47.0125; -0.0555555555556
標高 平均:?m
最低:39m
最高:122m
面積 15.79km2
Curçay-sur-Diveの位置(フランス内)
Curçay-sur-Dive
Curçay-sur-Dive
テンプレートを表示

キュルセ=シュル=ディーヴCurçay-sur-Dive)は、フランスヌーヴェル=アキテーヌ地域圏ヴィエンヌ県コミューン

地理

[編集]
ディーヴ運河

県最西端に位置するキュルセ=シュル=ディーヴは、ドゥー=セーヴル県と接している。

コミューンの南西においては、ディーヴ川が2kmにわたって流れており、そこはディーヴ運河から200mほどしか離れていない。運河はコミューンの南西から西にかけてほぼ4kmを灌漑している。

キュルセ=シュル=ディーヴは、県道19号線と39号線の交差地点にあり、直線距離ではルーダンの西12km、トゥアールの東北東に位置している。

歴史

[編集]

1756年から1789年の間フランスを代表する地図であったカッシーニ地図において、村はCursayというつづりで記されていた。

人口統計

[編集]
1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2005年 2014年
347 287 216 245 257 217 231 208

参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[2]、2006年以降INSEE[3][4]

経済

[編集]

ポワトゥー=シャラント地域圏食糧・農業・林業管理局によると、2000年に町には16軒の農家があったが、2010年には12軒に減少した[5]。農業用地は、2000年に1021ヘクタールだったが2010年に951ヘクタールに減少した。農業用地の54%は穀物用(主にコムギだがオオムギやマイスも)で、18%が油脂を抽出するためのナタネおよびヒマワリ用、3%がタンパク質の多い穀物、6%が飼料用作物であった。

2010年にはもはやブドウは栽培されていないものの、2000年には16ヘクタールがブドウ栽培にあてられていた[5]

養鶏場は2010年にはなくなっている(2000年時点で11軒の農家で461匹がいた)[5]

史跡

[編集]
  • ダンジョン - 1350年。ユエ・ド・キュルセが建設した古い城の跡。歴史的記念物[6]
  • サント・カトリーヌ教会 - かつては城付属の礼拝堂であった。クワイヤは13世紀からのもの
  • 旧サン・ピエール教会 - 12世紀から17世紀まで。ディーヴ川と町の中間に位置する。外壁のみが残る。歴史的記念物[7]
  • レーヌ・ブランシュ橋 - ガロ=ローマ時代からこの位置には橋があった。歴史的記念物[8]

脚注

[編集]