クライズミュア男爵
表示
クライズミュア男爵 | |
---|---|
Crest:A Hind's Head erased proper.Escutcheon:Argent a Cross Moline Sable on a Chief of the last a Thistle slipped proper between two Bulls' Heads also Argent.Supporters:Dexter: a Roebuck; Sinister: a Doe, both proper
| |
創設時期 | 1948年3月5日 |
創設者 | ジョージ6世 |
貴族 | 連合王国貴族 |
初代 | 初代男爵ジョン・コルヴィル |
現所有者 | 3代男爵デイヴィッド・コルヴィル |
相続資格 | 初代男爵の嫡出直系男子 |
付随称号 | なし |
現況 | 存続 |
モットー | 我、忘るるあたわず (Oublier Ne Puis) |
クライズミュア男爵(英: Baron Clydesmuir)はイギリスの男爵、貴族。連合王国貴族爵位。政治家ジョン・コルヴィルが1948年に叙されたことに始まる。
歴史
[編集]コルヴィル家は鉄鋼業によって勃興した一族である[1]。ジョン・コルヴィル(1852-1901)はD.コルヴィル&ソンズ社取締役を務めたほか、自由党の政治家としてノース・イーストラナークシャー選挙区選出の庶民院議員を務めた[1]。
その子ジョン・コルヴィル(1894-1954)はスコットランド統一党の政治家で、ネヴィル・チェンバレン内閣下ではスコットランド担当大臣を務めた[2][3]。彼はその後の1948年3月5日に連合王国貴族としてラナーク州におけるブレイドウッドのクライズミュア男爵(Baron Clydesmuir, of Braidwood in the County of Lanark)に叙されて、男爵家を興した[3][4]。
2代男爵ロナルド(1917-1996)はスコットランド銀行総裁やラナークシャー統監を務めている[3][5]。
2021年現在、その息子の3代男爵デイヴィッド(1949-)がその当主である。
男爵家の紋章に刻まれるモットーは『我、忘るるあたわず(Oublier Ne Puis)』[3]。
クライズミュア男爵(1948年)
[編集]- 初代クライズミュア男爵デイヴィッド・ジョン・コルヴィル (1894–1954)
- 第2代クライズミュア男爵ロナルド・ジョン・ビルズランド・コルヴィル (1917–1996)
- 第3代クライズミュア男爵デイヴィッド・ロナルド・コルヴィル(1949-)
爵位の推定相続人は現当主の息子リチャード・デイヴィッド・ロナルド・コルヴィル閣下(1980-)。
脚注
[編集]- ^ a b "Obituary - John Colville, MP". The Times (36541). London. 23 August 1901. p. 8.
- ^ “No.15504”. The Edinburgh Gazette 28 June 1938. 2019年11月16日閲覧。
- ^ a b c d “Clydesmuir, Baron (UK, 1948)”. Cracroft's Peerage. 2019年11月16日閲覧。
- ^ “No.38227”. The Gazette 5 March 1948. 2019年11月16日閲覧。
- ^ Cameron, Alan (1996), ‘Bank of Scotland (1695-1995)’ Mainstream Publishing