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ケント・デリカット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ケント・デリカット
Kent Derricott
生年月日 (1955-03-03) 1955年3月3日(69歳)
出生地 カナダの旗 カナダアルバータ州レスブリッジ(国籍:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
身長 180cm
職業 タレント
配偶者 あり
事務所 三桂
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ケント・デリカット(Kent Derricott、1955年3月3日 - )は、日本で活動していた外国人タレント俳優バラエティ番組のゲストとして出演することが多かった。アメリカ合衆国ユタ州在住。既婚、3女2男あり。

略歴

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人物

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身長180cm、体重75kg。家族構成は7人、趣味はゴルフ。所属事務所三桂

モットーは"All you can do is the best you can do"(出来る限りのことをやったらそれが最善だ)。

凸レンズの丸眼鏡を着用(遠視)し、この眼鏡を前後に動かして目を大きく見せる芸が有名。「ケント・ギルバートさんです」と紹介され、「違うよー。それケント違い」と言うやりとりがよく知られる(註:「見当違い」にかかっている)。「ユタ田舎じゃないよー」「ユタは土地が安くていいんだよ」「ユタを馬鹿にするでないよー」のフレーズでお馴染みで、関根勤物真似された。また、の「デリカット」を「ドゥェリィクゥワットだよ」と言っていた時もある。日本ではユタ州のイメージが強いので、カナダ生まれであることはあまり知られていない。

敬虔なモルモン教徒であるため、下ネタを嫌う。ゲスト出演した「世界まる見え!テレビ特捜部」での海外セクシー番組では、常に苦々しい表情で目を背ける様を所ジョージビートたけしに度々からかわれた。他にも、「お笑いマンガ道場」に出演した際に、ヌード漫画を描いた富永一朗に対して、「そんなもの描いちゃダメだよ!!」と怒った唯一のゲストでもある[3]

1990年に第3回日本メガネベストドレッサー賞(芸能文化界部門)を受賞している。

眼鏡をはずすと俳優のカーク・ダグラスやプロゴルファーのジャック・ニクラスに似ていると共演者に評されることもある。外国人タレントの中でも穏やかな人柄が特徴で、近年はを蓄えて軟弱な芸風のイメージから脱却した。

地元のユタ州で開催された2002年ソルトレークシティオリンピックではボランティアを務めた。

日本通

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  • 大の日本通で、アメリカの自宅部屋の一部は敷きで土足厳禁、コタツ完備である。彼の母親が畳を特に気に入っており、近所の知人友人を家に招いては、皆で畳部屋で裸足でくつろぎ、好評を得ている。

主な出演

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CM

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バラエティ番組

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テレビドラマ

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映画

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子供向け番組

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ラジオ

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著書

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  • 『英語は外人にまっかせなさい』(1985年、ベストセラーズ
  • 『ケントとヒロシの英会話生中継』(1986年、講談社) ※生島ヒロシとの共著
  • 『ケントのケントーつかないニッポン人』(1988年、実業之日本社
  • 『ケント・デリカットのだいじょうぶ!英会話』(1989年、竹書房
  • 『ケント・デリカットのアイスブレーカー』(1991年、竹書房)
  • 『ケント・デリカットのだいじょうぶ!英会話2』(1991年、竹書房)
  • 『ケント・デリカットの外国人は英語をこう話す』(1992年、ベストセラーズ)
  • 『パパになる!』(1999年、中央出版

音楽作品

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作詞

脚注

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関連項目

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外部リンク

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