ザバーブ
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ザバーブ | |
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The Barb (1863-1888) | |
欧字表記 | The Barb |
品種 | サラブレッド |
性別 | 牡 |
毛色 | 青鹿毛 |
生誕 | 1863年 |
死没 | 1888年12月5日 |
父 | Sir Hercules II |
母 | Fair Ellen |
生国 | オーストラリア(イギリス領) |
生産者 | George Lee |
馬主 | John Tait |
調教師 | John Tait(オーストラリア・NSW) |
競走成績 | |
生涯成績 | 23戦16勝(異説あり) |
獲得賞金 | 記録なし |
ザバーブ(The Barb、1863年 - 1888年)とは1866年のメルボルンカップに勝った有名なオーストラリア(当時はイギリス領ニューサウスウェールズ州)のサラブレッド競走馬である。
経歴
[編集]ニューサウスウェールズ州・バサーストで、父サーハーキュリーズと母フェアヘレンの間に生まれ、200ギニーで売られた。非常に強く怒りっぽい性格で有名で「ブラックデーモン」という名で知られていた。試走ではスタートするや後退し、他馬がゴールすることにはむしろ下がっていた。デビュー戦でも騎手を振り落とし、2戦目でも暴れて勝負にならなかった。このあとなんとか初勝利を上げ、3歳の春(つまり9月)、ぶっつけで第6回オーストラリアンダービーに挑戦、2馬身差で逃げ切り勝ち。メルボルンカップもハナ差で勝った。地元シドニーカップは1868年と1869年の2回勝っている。とくに1869年は10ストーン8ポンド(約67kg)というシドニーカップのハンデレコードで優勝。生涯で23戦走り、うち16戦で1着になっている(22-24戦、15-17勝と推定されているが、記録がはっきりとは残っていない)。
競走馬引退後、チャールズ・レイノルズに売られ、彼のトカル牧場で種牡馬になった。種牡馬としては優秀な子を送り出すことなく終わったが、母の母の父としてウォレス(カーバインのオーストラリアでの最良馬。ヴィクトリアダービー、ヴィクトリアセントレジャー、シドニーカップ、豪リーディングサイアー5回)を出している。1888年ミタミタで死亡。ザバーブは2004年にオーストラリア競馬名誉の殿堂に殿堂馬として加えられた。
年度別競走成績
[編集]- 1865/1866年(3戦1勝)
- AJCナーサリーハンデキャップ
- 1866/1867年(8戦5勝)
- オーストラリアンダービー、メルボルンカップ、チャンピオンシップ、ホームブッシュプレート
- 1867/1868年(5戦3勝)
- シドニーカップ、ポートフィリップステークス、ラウンセストンタウンプレート
- 1868/1869年(7戦7勝)
- シドニーカップ、AJSクイーンズプレート、グレートメトロポリタンステークス、クレイヴァンプレート、ランドウィックプレート、ポートフィリップステークス
外部リンク
[編集]- 競走馬成績と情報 JBISサーチ