ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン
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名前 | ||||||
本名 |
ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン José Antônio Martins Galvão | |||||
ラテン文字 | GALVÃO | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | ブラジル | |||||
生年月日 | 1982年7月8日(42歳) | |||||
出身地 | リンス | |||||
身長 | 187cm | |||||
体重 | 80kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
利き足 | 左足 | |||||
ユース | ||||||
1999-2000 | ウニオン・サンジョアン | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2001-2002 | ウニオン・サンジョアン | |||||
2002-2003 | セルヴェット | 13 | (0) | |||
2003 | ウニオン・サンジョアン | 11 | (6) | |||
2003-2004 | イトゥアーノ | |||||
2004 | パラナ | 42 | (16) | |||
2005 | サンフレッチェ広島 | 33 | (9) | |||
2006 | サントス | 8 | (0) | |||
2006-2007 | アトレチコ-MG | 16 | (1) | |||
2008 | サンカエターノ | |||||
2008 | バイーア | |||||
2009 | ヴィラ・ノヴァ | |||||
2009 | ヴァンフォーレ甲府 | 10 | (2) | |||
2010-2011 | ボアヴィスタ | |||||
2011 | → ドゥケ・デ・カシアス (loan) | 16 | (2) | |||
2012 | ウニオン・サンジョアン | |||||
通算 | 149 | (36) | ||||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン(José Antônio Martins Galvão、1982年7月8日 - )は、ブラジル・サンパウロ州リンス出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。登録名はガウボン (Galvão) 。
来歴
[編集]ブラジルのウニオン・サンジョアンECの下部組織出身。
トップチーム昇格後、その活躍が認められ2002年からスイスのセルヴェットFCへ移籍するも1シーズンで帰国。2004年、パラナ・クルーベでプレーし、チーム最多得点を記録した。
2005年からサンフレッチェ広島へ加入[1]。長身を生かしたヘディングの強さと足技から、当初は3トップのセンターフォワード、その後戦術変更に伴い2トップの一角として、佐藤寿人や前田俊介らとプレーした。ただ、ポストプレイヤーとしての働きを期待していたクラブの望む動きは出来ず、1シーズンで退団。
2006年にサントスFCへ入団し、同年途中にはアトレチコ・ミネイロへと移籍。以降いくつかの国内クラブを渡り歩いていた。
2009年6月、J1昇格を目指すヴァンフォーレ甲府に切り札として完全移籍[2]するが、直後に左太ももに怪我を抱えていることが発覚。チームも3トップからマラニョンと金信泳の2トップに移行したこともあり、途中交代出場が続いた[3]。同年末、甲府の外国人選手枠の関係から戦力外通告される[4]。
2010年、母国に戻りボアヴィスタSCに在籍。
プレースタイル
[編集]俊足と足元のテクニック、187cmの長身を生かしたヘディングが武器の万能型FW。強力なミドルシュートを持つ他、運動量もあって献身的な前線からの守備も欠かさない。[1][2]
個人成績
[編集]国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2001 | U-サンジョアン | 0 | 0 | ||||||||
2002 | 25 | 14 | |||||||||
スイス | リーグ戦 | スイス杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2002-03 | セルヴェット | 13 | 0 | ||||||||
ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2003 | U-サンジョアン | 11 | 6 | ||||||||
イトゥアーノ | |||||||||||
2004 | イトゥアーノ | ||||||||||
パラナ・クルーベ | 42 | 16 | |||||||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2005 | 広島 | 10 | J1 | 33 | 9 | 5 | 3 | 2 | 1 | 40 | 13 |
ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2006 | サントス | 8 | 0 | ||||||||
2006 | アトレチコ-MG | ||||||||||
2007 | |||||||||||
2008 | サンカエターノ | ||||||||||
ECバイーア | |||||||||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2009 | 甲府 | 15 | J2 | 10 | 2 | - | 0 | 0 | 10 | 2 | |
ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2010 | ボアヴィスタ | ||||||||||
通算 | ブラジル | ||||||||||
スイス | |||||||||||
日本 | J1 | 33 | 9 | 5 | 3 | 2 | 1 | 40 | 13 | ||
日本 | J2 | 10 | 2 | - | 0 | 0 | 10 | 2 | |||
総通算 | 43 | 11 | 5 | 3 | 2 | 1 | 50 | 15 |
脚注
[編集]- ^ a b “体力・技術 高い水準 FWガウボン”. 中国新聞 (2005年2月3日). 2013年7月7日閲覧。
- ^ a b “ガウボン(元広島FW)獲得へ”. 山梨日日新聞 (2009年5月12日). 2013年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月7日閲覧。
- ^ “連載・青き戦士 激闘'09 (5) フロントの取り組み GM制導入、進む環境整備”. 山梨日日新聞 (2009年12月15日). 2010年1月31日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “来季へチームづくり本格化 DF中心に補強へ”. 山梨日日新聞 (2009年12月9日). 2013年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月7日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン - Soccerway.com
- ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン - FootballDatabase.eu
- ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン - WorldFootball.net
- ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン - Transfermarkt.comによる選手データ
- ジョゼ・アントニオ・マルチンス・ガウボン - J.League Data Siteによる選手データ
- Cv Centro Avante - 代理人のサイト
- sambafoot
- ogol
- José Antônio Martins GALVÃO - O Canto de Galo