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チャイナタウン (マンハッタン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
チャイナタウン
チャイナタウンのキャナル・ストリートからモット・ストリート (en) を南に見た光景。
繁体字 紐約華埠
簡体字 纽约华埠
発音記号
標準中国語
漢語拼音Niǔyuē Huá Bù
通用拼音Niǒuyue Húa Bú
ウェード式Niu3yue1 Hua2 Pu4
IPA[njòʊɥɛ́ xwǎ pû]
国語ローマ字Neouiue Hwabuh
粤語
イェール粤拼Nyouywe Hwabu
IPA[nɐ̌ujœ̄ːk wȁːpòu]
粤拼Nau2yeuk3 Waa4 Fau6
閩南語
閩南語白話字Niú-iok Hôa-bú
マンハッタンのチャイナタウンはニューヨーク都市圏に少なくとも9つあるチャイナタウンの中では最古の歴史を持つ。

チャイナタウン(Chinatown, 紐約華埠, ニウユエファーブー)は、ニューヨーク市マンハッタンにある中華街である。

シヴィック・センターの北、リトルイタリーの南、トライベッカの東、ロウアー・イースト・サイドの西に位置する。北米最大規模の中華街であり、西半球で最大の中国人移民人口を抱える[1][2][3][4][5]。中国系移民が経営する商店が並び、漢字の看板が目に付くエリアである。近年は本来のチャイナタウンであるリトルイタリー南方から周辺のエリアに拡大している。

北米の中国人居住地としては最も古いうちの一つである。主に広東語および閩語を母語とする人たちが大部分だが、近年では官話を話す人たちも増えつつある。アジアの外のチャイナタウンでは最大の約735,000人の人口を持つ[6]

チャイナタウンの東のエリアは近年、主に福建省からの中国系移民が流入しており、チャイナタウンの一部と見なされ、小福州 (en) と呼ばれている

ニューヨークの他のチャイナタウンはクイーンズ区(定義により2または3箇所)[7]ブルックリン区(3箇所)、ナッソー郡ロングアイランド、そしてニュージャージー州エジソンなどにある[8]

歴史

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かつて、この地区には20ha程の池が存在したが1811年に埋め立てられ、周囲の道路を延長する形で区画整理が行われた。その結果"五差路"の交差点が出来、この地区はファイブ・ポインツ という地名で呼ばれることになった。地盤が軟弱で水はけが悪いため、低家賃の住宅地となり、主に貧しい移民が住むようになった。最初は黒人やアイルランド人、東欧出身のユダヤ人などが住んでいた。

1812年にはファイブ・ポインツの南にニューヨーク市庁舎が完成し、裁判所や警察署、保健所などの行政機関が次々に建設され、シヴィック・センター と呼ばれる官庁街となった。これらの役所で働く職員を目当てに商売人が次第に集まり始めた。1850年代にはイタリア移民が住むようになり、リトルイタリーが形成され始めた。

1858年、広東省出身のen:Ah Kenという人物が市庁舎の柵の外で葉巻売りの商売を始めたという。これがマンハッタンの中華街の歴史の始まりとされている。1870年には中国人居住者は200人程になり、1882年には2000人に増加した。この当時の中華街は広東省の出身者が独占的であった。

かつては貧困層向けの低家賃の住宅が建ち並び、ニューヨークの代表的なスラムと認識されていた。これらの建物は内部に間仕切り壁を造って部屋を細分化した違法建築である。市当局は建物の取り締まりを強化すると同時に良質な公共住宅の建設を推進して生活環境の改善に取り組んだ。1975年に完成した「孔子プラザ」はその代表的な例である。現在ではファイブ・ポインツという地名は使われなくなり、チャイナタウンまたはリトルイタリーという呼び名が定着している。

位置

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春節祭での獅子舞ワース・ストリート(en) 近くのモット・ストリートにて。

Business Improvement Districtによって地区の境界の目安が提供されているが[9]、チャイナタウンは公式には境界は定義されていない。 しかし、おおよそ以下の定義に従うと一般には見なされている:[10]

通り名の中国語表記

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Baxter Street (巴士特街 Bāshìtè Jiē)
ストリート 中国語表記
Allen Street 亞倫街
Baxter Street 巴士特街
Bayard Street 擺也街
Bowery 包厘
Broadway 百老匯
Broome Street 布隆街
Canal Street 堅尼街
Catherine Street 加薩林街
Centre Street 中央街
Chambers Street 錢伯斯街
Chatham Square 且林士果
Chrystie Street 企李士提街
Delancey Street 地蘭西街
Division Street 地威臣街
Doyers Street 宰也街
East Broadway (Little Fuzhou) 東百老匯 (小福州)
Eldridge Street 愛烈治街
Elizabeth Street 伊利莎白街
Forsyth Street 科西街
Grand Street 格蘭街
Henry Street 顯利街
Hester Street 喜士打街
Madison Street 麥地遜街
Market Street 市場街
Mosco Street 莫斯科街
Mott Street (Little Hong Kong/Little Guangdong) 勿街 (小香港)/(小广东)
Mulberry Street 摩比利街
Orchard Street 柯察街
Park Row 柏路
Pell Street 披露街
Pike Street 派街
Worth Street 窩夫街[13][14]

関連項目

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脚注

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  1. ^ Lawrence A. McGlinn, Department of Geography SUNY-New Paltz. “BEYOND CHINATOWN: DUAL IMMIGRATION AND THE CHINESE POPULATION OF METROPOLITAN NEW YORK CITY, 2000, Page 4”. Middle States Geographer, 2002, 35: 110–119, Journal of the Middle States Division of the Association of American Geographers. 2012年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年12月6日閲覧。
  2. ^ Chinatown New York City Fact Sheet”. www.explorechinatown.com. December 6, 2012閲覧。
  3. ^ Chinatown”. Indo New York. December 6, 2012閲覧。
  4. ^ Sarah Waxman. “The History of New York's Chinatown”. Mediabridge Infosystems, Inc.. December 6, 2012閲覧。
  5. ^ David M. Reimers. Still the golden door: the Third ... – Google Books. Books.google.com. https://books.google.co.jp/books?id=NagJFMxtkAcC&pg=PA104&dq=Flushing+Chinatown+Little+Taiwan&hl=en&ei=tHBaTpiYAeWt0AHsrrCTCQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&redir_esc=y#v=onepage&q=Flushing%20Chinatown%20Little%20Taiwan&f=false December 6, 2012閲覧。 
  6. ^ ACS DEMOGRAPHIC AND HOUSING ESTIMATES 2012 American Community Survey 1-Year Estimates New York-Newark-Bridgeport, NY-NJ-CT-PA CSA”. U.S. Census Bureau. 2013年10月27日閲覧。
  7. ^ Lawrence A. McGlinn, Department of Geography SUNY-New Paltz. “Beyond Chinatown: Dual immigration and the Chinese population of metropolitan New York City, 2000, p. 115”. Middle States Geographer, 2002, 35: 115, Journal of the Middle States Division of the Association of American Geographers. 2012年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月30日閲覧。
  8. ^ Lawrence A. McGlinn, Department of Geography SUNY-New Paltz. “BEYOND CHINATOWN: DUAL IMMIGRATION AND THE CHINESE POPULATION OF METROPOLITAN NEW YORK CITY, 2000, Page 6”. Middle States Geographer, 2002, 35: 110–119, Journal of the Middle States Division of the Association of American Geographers. 2012年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年12月2日閲覧。
  9. ^ City Council. “Chinatown BID approved despite opposition”. citylandnyc.org. September 7, 2012閲覧。
  10. ^ Hay, Mark (2010年7月12日). “The Chinatown Question;”. Capital. 2013年9月7日閲覧。
  11. ^ A Journey through Chinatown”. RK Chin. 09-07-13閲覧。
  12. ^ Hay, Mark (2010年7月12日). “The Chinatown Question;”. Capital. 2013年9月7日閲覧。
  13. ^ Historic Pictures of Chinatown”. Ccbanyc.org. November 15, 2009閲覧。
  14. ^ A Journey Through Chinatown”. Nychinatown.org. November 15, 2009閲覧。

外部リンク

[編集]

座標: 北緯40度42分53秒 西経73度59分50秒 / 北緯40.71472度 西経73.99722度 / 40.71472; -73.99722