テキサス・インスツルメンツ TMS1000
TMS1000は、1974年にテキサス・インスツルメンツ(TI)によって発売されたマイクロコントローラーのファミリーである[1][2][3]。
完全な「ワンチップ上のコンピューター」として4ビットのCPU、Read only memory(ROM)、Random Access Memory(RAM)、そして入出力端子(I/O)を統合していた。 TMS1000は、自動車、家電、ゲーム、そして測定機器の中の組み込みシステムを対象としていた。
TMS1000は、最初に大量に使用された商用マイクロコントローラーであった(後述のように前身のTMS0100シリーズはマイクロコントローラと見なされないこともあるため)。 1974年にこのファミリーのチップは、一個約2ドルで大量購入可能であった[4]。 1979年までにこのファミリーの約2600万個が毎年売られていた[5]。
TMS1000は、テキサス・インスツルメンツ自社の教育玩具Speak & Spell[4]、プログラム可能な玩具の自動車Big Trak、そして電子ゲーム「サイモン」[6]で使用された。
歴史
[編集]TMS 0100 シリーズ
[編集]ここでは TMS 1000 シリーズの前身であるTMS 0100 シリーズに簡単に触れる。
スミソニアン博物館は、テキサス・インスツルメンツの技術者であるゲアリー・ブーン(Gary Boone)とマイケル・コクラン(Michael Cochran)が1971年に世界初のマイクロコントローラー(マイクロコンピューターとも呼ばれる)TMS1802NCの開発に成功したとしている。
TMS1802NCは、1971年9月17日に発表されたシングルチップのマイクロコントローラーであり、四則演算電卓のプログラムが内蔵されていた。 TMS1802NCは、その名称にもかかわらず、TMS 1000 シリーズではなかった。 TI Datamath電卓とSinclair Executive電卓に使用された。 後にTMS1802NCは、TMS 0100 シリーズ[7]の一部として TMS0102 と再命名された[8]。
TMS0100シリーズはマイクロコントローラとみなされないこともある[9]。電卓以外の用途で利用できず、ユーザーが作ったプログラムを実行することができないからである。
TMS 1000 シリーズ
[編集]TMS 1000 シリーズは、1974年に発売された。 TI社は、4ビットのTMS1000がプログラム済みの組み込み用途であることを強調した[10][11][12][13][14]。
ワンチップ上のコンピューター(computer-on-a-chip)は、マイクロプロセッサコア(CPU)、メモリ、そしてI/O(入出力)端子を一つのチップに統合した。 当時、「マイクロコンピューター特許(microcomputer patent)」と呼ばれたワンチップ上のコンピューターの特許アメリカ合衆国特許第 4,074,351号は、TI社のゲアリー・ブーンとマイケル・J・コクランに与えられた。 この特許は別にして、マイクロコンピューターの通常の意味は、CPUとして一つ以上のマイクロプロセッサを使ったコンピューターのことであるが、この特許で定義された概念は、マイクロコントローラーに似たものである。
解説
[編集]
|
TMS1000ファミリーは、最終的にオリジナルのPMOSロジックだけでなく、NMOSロジックとCMOSロジックの品種も含まれるようになった。 各種製品は、異なる大きさのROMとRAM、異なるI/Oの数、そして開発向けあるいは外部ROMを使用するROMなし版を含んでいた。 オリジナルのTMS1000は、1024バイトのROM、64ニブルのRAM、そして23の入出力端子を備えていた。
TMS1000ファミリーは、マスクROMを使った。 ユーザーがデバッグされたプログラムを生産に委託する準備ができたら、テキサス・インスツルメンツへプログラムを送ることになる。テキサス・インスツルメンツは、チップ内のROMをプログラムするための特製マスクを作る。 ROMは、現場で変更できない。その内容は、製造者によってチップ内に置かれたパターンによって決定された。 この過程は、高額な初期費用がかかったが、製造費用は非常に安かったので、大量生産品(年間数千個以上販売される)に向いていた。
プロセッサの全てのデータパス(RAMへのパス)は、4ビット幅(ニブル)だった。 ハーバードアーキテクチャのようにプログラムROMとデータRAMのアドレスは分かれていた。ハーバードアーキテクチャは、他の多くの製造者によるマイクロコントローラーの一般的な特徴になった。
ALUは、オーバーフローを示すためにキャリーフラグを搭載しており、2倍の精度(つまり8ビット)の計算の手助けになった。 チップ内蔵RAMは、XレジスタとYレジスタによってアドレッシングされた。ここでYレジスタは4ビットであり、XレジスタはRAMのサイズに依存して2ビットあるいは3ビットだった。 プログラムカウンターは、6ビット幅だった。1024バイトまでのプログラム用メモリであるROMにアドレスするためにpageレジスタ(4ビット)も搭載していた。 TMS1000ファミリーの一部は、2048バイトまでのROMを扱えるようにchapterビットを搭載していた[15]。
スタックはなかったが、プログラムカウンターを保存するためのレジスタが提供された。そして、1レベルのサブルーチンのためにキャリーフラグが利用可能であった(TMS1000ファミリーの一部は、2あるいは3レベルのサブルーチンが利用できた)。割り込み機能はなかった。
一部のモデルは、4つのI/O端子しか搭載していなかった。なぜなら、それらのモデルは、ROMを内蔵していなかったので、外部プログラムメモリにアクセスするためにパッケージの限られた数の端子を使う必要があったからである。 あるバージョンは、蛍光表示管を駆動するための特別な出力を搭載していた。そして、7セグメントディスプレイを駆動するのに役立つPLAを搭載しているモデルもあった。 4つの入力端子がキーボード検出などの目的で提供された。そして、可変数の出力端子は、外部デバイスの制御あるいはキーボードのROWをスキャンするために提供された。
PMOS版は、-9 Vあるいは-15 Vで動作し、およそ6 mAを消費した。そのため、出力ロジックレベルは、TTLと互換性がなかった。 NMOS版とCMOS版は、TTLと同じ電圧の+5 Vで動作したので、5 Vロジックとの相互運用が可能であった。
命令セットはモデルによって多少変化した。基本命令セットは43命令であり、TMS1000ファミリーの一部は54命令が利用可能だった。命令長は8ビットだった。 BCD演算命令が提供されたが、レジスタのANDあるいはOR論理演算をするために利用できる命令はなかった。 サブルーチンは、一部のモデルで1レベルに制限された(サブルーチンは他のサブルーチンを呼べない)。他のモデルでは2あるいは3レベルが利用可能であった。
一つの命令は、NMOS版やPMOS版で実行するのに10から15マイクロ秒必要だった。しかし、一部のCMOS版は6マイクロ秒程度の速さで実行できた。内部発振器は、約0.3 MHzの実効クロック速度を提供した。
TMS1000は、28または40ピンのスルーホールDIPパッケージに収められていた。しかし、製品試作用の一部のモデルは、64ピンパッケージであった。 全モデルは、摂氏0度から摂氏70度の範囲の温度で動作した。
TMS1000は、単一チップの組み込みシステムを意図していたので、TMS1000ファミリーのために特別に作られた特別なサポートチップ(UARTなど)は存在しない[16]。
出典
[編集]- ^ Texas Instruments (2006年). “Texas Instruments History 1970's”. 18 January 2006時点のオリジナルよりアーカイブ。23 February 2023閲覧。 “1974: Introduces TMS1000 one-chip microcomputer.”
- ^ Texas Instruments (2005年). “TMS 1000 One-Chip Microcomputers”. 13 February 2005時点のオリジナルよりアーカイブ。23 February 2023閲覧。 This is Texas Instruments' original 1974 announcement of the TMS1000 family.
- ^ Siewiorek, Daniel P.; Bell, C. Gordon; Newell, Allen, eds (1982). “Part 3: Computer Classes, Section 1: Monolithic Microcomputers”. Computer Structures: Principles and Examples. McGraw-Hill. p. 583. ISBN 0-07-057302-6 8 November 2017閲覧. "The TMS1000 was introduced in 1974 and used in the SR-16 calculator."
- ^ a b Zurawski, Richard (2009). Embedded Systems Handbook: Embedded Systems Design and Verification (2nd ed.). CRC Press. pp. 12–13. ISBN 978-1439807637
- ^ Morton Jr., David L.; Gabriel, Joseph (2007). Electronics: The Life Story of a Technology. JHU Press. pp. 113. ISBN 978-0801887734
- ^ Austin, Michael (2016). “Ch. 1”. Music Video Games: Performance, Politics, and Play. Bloomsbury Publishing. ISBN 978-1501308505
- ^ Texas Instruments Calculator Chips (Calculator Technical Information)
- ^ "The Arrival of the "Calculator-on-a-Chip".
- ^ 1974: GENERAL-PURPOSE MICROCONTROLLER FAMILY IS ANNOUNCED (Computer History Museum)
- ^ Seitz, Frederick; Einspruch, Norman G. (1998). Electronic Genie: The Tangled History of Silicon. University of Illinois Press. pp. 229. ISBN 0252023838 "Electronic Genie: The Tangled History of Silicon", Frederick Seitz, Norman G.. Einspruch, University of Illinois
- ^ U.S. Patent no. 4,074,351 (TMS1802NC.)
- ^ Shirriff, Ken (August 30, 2016). “The Surprising Story of the First Microprocessors”. IEEE Spectrum 53 (9): 48–54. doi:10.1109/MSPEC.2016.7551353 .
- ^ Augarten, Stan (1983). The Most Widely Used Computer on a Chip: The TMS 1000. New Haven and New York: Ticknor & Fields. ISBN 0-89919-195-9. オリジナルの2010-02-17時点におけるアーカイブ。 2009年12月23日閲覧。
- ^ "STANDARD CALCULATOR ON A CHIP ANNOUNCED BY TEXAS INSTRUMENTS" (Press release). Texas Instruments. 19 September 1971. 2006年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ TMS 1000 Series Data Manual, 3.2 ROM OPERATION
- ^ Money, S. A. (2014). Microprocessor Data Book (2nd ed.). Academic Press. pp. 35–37. ISBN 978-1483268705
参考文献
[編集]- The Engineering Staff of Texas Instruments Incorporated, Semiconductor Group (1975). TMS 1000 Series MOS/LSI One-Chip Microcomputers
- “Reverse engineering RAM storage in early Texas Instruments calculator chips” (November 2020). 23 February 2023閲覧。
- OpenCores (August 2021). “Verilog implementation of the TMS1000 chip”. 23 February 2023閲覧。