ディリクレの単数定理
数学において、ディリクレの単数定理(Dirichlet's unit theorem)は、ペーター・グスタフ・ディリクレ (Dirichlet 1846) による代数的整数論の基本的な結果である[1]。ディリクレの単数定理は、代数体 K の代数的整数がなす環 の単数群 の階数を決定する。単数基準(あるいはレギュレータ)(regulator)とは、どれくらい単数の「密度」があるかを決める正の実数である。
ディリクレの単数定理
[編集]ディリクレの単数定理は、単数群が有限生成であり、階数(乗法的に独立な元の最大数)が
- r = r1 + r2 − 1
に等しいと主張する。ここに r1 は、代数体 K の実埋め込み[2]の数で、r2 は虚埋め込みの共役ペア[3]の数である。この r1 と r2 は、複素数体への K の埋め込みが次数 n = [K : Q] と同じだけあるという考えの元に特徴付けられている。これらの埋め込みは、実数への埋め込みか、または、複素共役のペアとなる埋め込みのいずれかであるので、
- n = r1 + 2r2
となる。
K が Q 上のガロア拡大であれば、r1 と r2 のいずれかは 0 でないが、両方が同時に 0 にならないことに注意する。
r1 と r2 を決定する他の方法は以下のとおりである。
- 体のテンソル積 K ⊗QR を体の積として書くと、これは、r1 個の R のコピーと r2 個の C のコピーの積である。
例として K を二次体とすると、実二次体ではランクは 1 であり、虚二次体ではランクは 0 である。実二次体の理論は本質的には、ペル方程式の理論である。
ランクが 0 の Q と虚二次体を例外として除くと、全ての数体に対するランクは正になる。単数の「サイズ」は一般に単数基準と呼ばれる行列式により測られる。原理上は、単数の基底は実効的に計算することができるが、実際の計算は n が大きいときには非常に煩雑になる。
単数群の捩れは、K の 1 のすべての冪根の集合で、有限巡回群となる。少なくとも 1つの実埋め込みを持つ数体では、捩れは {1, −1} のみとなるはずである。虚二次体のように、単数群の捩れが {1, −1} であるような実埋め込みを持たない数体もある。
総実体は単数の観点からは特別に重要である。L/K を次数が 1 より大きな有限次拡大として、L と K の整数体の単数群が同じランクとすると、K は総実で、L は総虚な二次拡大となり、逆もまた正しい。(例として、K が有理数体、L が虚二次体の場合、双方ともランク 0 である。)
ヘルムート・ハッセにより(後日、クロード・シュヴァレーにより)単数定理は一般化され、整数環の局所化での単数群の階数を決定するS-単数(S-unit)の群の構造が記述された。また、ガロア加群構造 が決定された[4]。
単数基準
[編集]u1, ..., ur を 1 のべき根を法とした単数群の生成元の集合とする。u が代数的数であれば、u1, ..., ur+1 を R や C への埋め込みとして、Nj をそれぞれ実埋め込み・虚埋め込みに対応して 1, 2 とすると、各要素が である r × (r + 1) 行列は、どの行の和も 0 であるという性質をもつ(何故ならば、全ての単数はノルムが 1 であり、ノルムの log は、行の要素の和とであるからである)。このことは、任意の列を除去して作られる部分行列の行列式の絶対値 R が除去した列に依存しないことを意味する。数値 R は代数体の単数基準(あるいはレギュレータ)(regulator)と呼ばれる(この値は ui の選び方には依存しない)。この値は単数の「密度」を測るものであり、単数基準が小さければは単数が「多く」存在することを意味する。
単数基準は次のように幾何学的に解釈される。単数 u を、要素 からなるベクトルへ写す写像は、Rr+1 の r 次元部分空間の中に像を持ち、要素の和が 0 となる全てのベクトルからなり、ディリクレの単数定理により像はこの空間の中の格子となる。この格子の基本領域の体積は、R√(r+1) である。
次数が 2 以上の代数体の単数基準の計算は、普通は非常に難しいが、現在は多くの場合に計算可能なコンピュータ用の代数パッケージが存在する。普通は類数公式を使い類数 h に単数基準をかけた積 hR の計算は容易であるので、代数体の類数の計算における困難な点は、主に単数基準を計算することにある。
例
[編集]- 虚二次体や有理整数体の単数基準は 1 である。(0×0 行列の行列式は 1 とする)
- 実二次体の単数基準は、基本単数の log である。例えば、Q(√5) の単数基準は log((√5 + 1)/2) である。このことは次のようにして分かる。基本単数は (√5 + 1)/2 であり、R への 2つの埋め込みの像は (√5 + 1)/2 と (−√5 + 1)/2 であるので、r × (r + 1) 行列は、
- である。
- α を x3 + x2 − 2x − 1 の根とすると、巡回三次体 Q(α) の単数基準は、およそ 0.5255 となる。べき根を法とした単数群の基底は、{ε1, ε2} である。ここに ε1 = α2 + α − 1 であり、ε2 = 2 − α2 である[5]。
高次単数基準
[編集]高次単数基準とは、単数群に対する古典的な単数基準を、n > 1 における代数的K-群 Kn 上の函数として拡張したものである(古典的な単数基準は、群 K1 の場合に相当する)。この理論は発展途上であり、アルマン・ボレルらが研究している。このような単数基準は、例えばベイリンソン予想で利用され、整数引数のL-函数の評価時に現れると期待されている[6]。
スターク単数基準
[編集]スターク予想の定式化により、ハロルド・スタークは、現在スターク単数基準(Stark regulator)と呼ばれているものを提唱した。これは古典的な単数基準の類似物として、任意のアルティン表現に対応する単数の log の行列式としたものである[7][8]。
p-進単数基準
[編集]K を数体とし、K の各々の固定された有理素点上の素点 P に対して、局所単数を UP で表し、U1,P で UP の中での主単数の部分群を表すとする。さらに、
と置き、E1 で大域的単数 ε の集合を表すとする。ここで ε は E の大域的単数の対角埋め込みを通して U1 へ写す。
E1 は大域的単数の有限指数部分群であるので、E1 は階数 r1 + r2 − 1 のアーベル群である。p-進単数基準(p-adic regulator)とは、この群の生成元の p-進対数で作られた行列の行列式である。レオポルドの予想は、この行列式が 0 ではないと予想している[9][10]。
脚注
[編集]- ^ Elstrodt 2007, §8.D.
- ^ 代数体 K から Q の代数体閉包 Q の中への同型写像のうち、像が R の中にあるもの
- ^ 虚埋め込みとは、同型写像の像が R にないものを指す。写像の像について複素共役をとったものも同様に同型写像となるため、この共役ペアを単位に数える。
- ^ Neukirch, Schmidt & Wingberg 2000, Proposition VIII.8.6.11.
- ^ Cohen 1993, p. 511, Table B.4.
- ^ Bloch, Spencer J. (2000). Higher regulators, algebraic K-theory, and zeta functions of elliptic curves. CRM Monograph Series. 11. Providence, RI: American Mathematical Society. ISBN 0-8218-2114-8. Zbl 0958.19001
- ^ PDF Archived 2008年5月10日, at the Wayback Machine.
- ^ Neukirch et al. (2008) p. 626–627
- ^ Iwasawa, Kenkichi (1972). Lectures on p-adic L-functions. Annals of Mathematics Studies. 74. Princeton, NJ: Princeton University Press and University of Tokyo Press. pp. 36-42. ISBN 0-691-08112-3. Zbl 0236.12001
参考文献
[編集]- Cohen, Henri (1993). A Course in Computational Algebraic Number Theory. Graduate Texts in Mathematics. 138. Berlin, New York: Springer-Verlag. ISBN 978-3-540-55640-4. MR1228206. Zbl 0786.11071
- Dirichlet, G. L. (1869) [1846]. “Zur Theorie der complexen Einheiten”. In L. Kronecker. G. Lejeune Dirichlet's Werke. 1. pp. 641–644. Zbl 0212.00801
- Elstrodt, Jürgen (2007). “The Life and Work of Gustav Lejeune Dirichlet (1805–1859)” (PDF). Clay Mathematics Proceedings 2010年6月13日閲覧。.
- Lang, Serge (1994). Algebraic number theory. Graduate Texts in Mathematics. 110 (2nd ed.). New York: Springer-Verlag. ISBN 0-387-94225-4. Zbl 0811.11001
- Neukirch, Jürgen (1999). Algebraic Number Theory. Grundlehren der mathematischen Wissenschaften. 322. Berlin: Springer-Verlag. ISBN 978-3-540-65399-8. MR1697859. Zbl 0956.11021
- Neukirch, Jürgen; Schmidt, Alexander; Wingberg, Kay (2000). Cohomology of Number Fields. Grundlehren der Mathematischen Wissenschaften. 323. Berlin. ISBN 978-3-540-66671-4. MR1737196. Zbl 0948.11001