ノート:グレート・ゲーム
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修正したほうがよさそうなところを書きます。以下、2007年3月2日 (金) 23:34 壽日の版から引用。
- イギリスは王のアブドゥッラフマーン・ハーンを見捨て、。唐突。
- Panjdehを音訳する。
- 「我々が完全に理解していないのなら、私(イギリス獅子)は君(ロシア熊)がそこで小さな遊び友達(ペルシアネコ)としていることしたいという誘惑に駆られるかもしれない。」意味が分からん。
- アフガニスタン政府の政策がデュラン線の両側でパシュトゥン語を話す人々全てを支配しようとこの条約への応答の形で小規模な制裁と外交上の侮蔑を行った。意味が分からん。
- 1923年、アマーヌッラーは(中略)これに答えた。の「これ」とは。
- 兄は3日後に退位した。「兄」?
--壽日 2007年3月2日 (金) 14:46 (UTC)
- グレート・ゲームを翻訳した者です。
- 1番目と5番目は、原文がそうなっていますので、私も分かりません。2番目は日本式の読み方をご存知の方にお願いしたいと思います。3番目と4番目は、翻訳能力が未熟なため、訳がこなれていません。失礼しました。6番目は改めて確認したところ原文の誤りと分かりましたので、修正しておきます。--Bletilla 2007年3月3日 (土) 03:51 (UTC)
- グレート・ゲームの依頼者です。
- 関連する本はたくさんありますので、それらと付き合わせながら、修正・加筆してまいりましょう。
- 6番目の「跡を継いだけれど、3日で退位した長男」は、イナーヤトゥッラー・シャーです。ただし、英語版の解説ではアマーヌッラー・ハーンの子ではなく、ハビブッラー・ハーンの子となっています。アマヌッラー(1892生)が弟、ナスルッラー(1888年生)が兄でしょう。一応、本で確認を取ります。--MZM-MSYK 2007年3月3日 (土) 05:19 (UTC)
広義のグレートゲーム?
[編集]web上に「広義のグレートゲーム」という語がwikipedia関連以外一切見あたらないのですが。また、英語版にも独語版にも「日本」の語すら出てきません。英露抗争をグレートゲームと呼ぶ出典の提示をお願いします。--模様砂漠2 2009年5月25日 (月) 11:42 (UTC):
- 同意見です。「広義のグレートゲーム」は独自研究ではないですか。そうでないとするならば、典拠を示してください。--rshiba 2009年7月22日 (水) 08:36 (UTC)
- 広義のグレートゲームという言葉を外しても、意味の通るように書き直しました。極東についての記述が多すぎてバランスが悪い。本来、「ユーラシア大陸国際政治史」とでも名付くべき項目で書くべきことを、「グレートゲーム」というその下位項目に盛り込もうとしたことに無理があるようです。--rshiba 2009年8月3日 (月) 13:23 (UTC)
合意確認
[編集]- 上記の書き替え[1]の結果、独自研究タグを外せる形となったと思います。一週間経過して異議が出ないならば、外します。--rshiba 2009年10月25日 (日) 00:14 (UTC)
- 1週間経ちました。合意ありとみなし、外します。--rshiba 2009年11月1日 (日) 06:32 (UTC)
- 上記の書き替え[1]の結果、独自研究タグを外せる形となったと思います。一週間経過して異議が出ないならば、外します。--rshiba 2009年10月25日 (日) 00:14 (UTC)
新グレート・ゲーム
[編集]本項目における記述(アフガニスタンをめぐる現代の紛争)の内容は、「新グレート・ゲーム」および英語版「en:The New Great Game」(中央アジア諸国における資源争奪)とは異なっています。
また、現時点では、「グレート・ゲーム#新グレート・ゲーム」節には、一切典拠の提示がありません。典拠が提示されるまでは記述すべきではないように考えますが、いかがでしょうか。特にご異論がなければ、1週間程度待って、「新グレート・ゲーム」へのリンクだけを残し、記述を除去します。--山田晴通(会話) 2020年12月19日 (土) 18:46 (UTC)
- 取り紛れてしまい、対処が遅れました。相当の時間が経過しましたが、この間に特に語彙論はありませんでしたので、上記に宣言した通りの編集に着手します。--山田晴通(会話) 2021年2月10日 (水) 10:23 (UTC)