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ノート:中井正広のブラックバラエティ・BGM一覧/削除

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このページは中井正広のブラックバラエティ・BGM一覧の過去の版について削除依頼の議論内容を保存した物です。

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関連項目 : Wikipedia:削除の過去ログWikipedia:削除の過去ログ 2004年12月Wikipedia:削除記録/過去ログ 2004年12月

削除依頼での議論[編集]

wikiは各種の専門書ではない。テレビ番組の情報を必要以上に載せるのはテレビ番組専門誌の仕事であってwikiの仕事ではない。百科事典的でない。--210.249.72.122 2004年11月11日 (木) 04:32 (UTC)[返信]

(コメント)同番組はBGMの選曲に特徴があり、それが番組のアイデンティティでもあることから、記事として有効と考えています。尚、テレビ番組専門誌で同番組のBGMに言及した例はないはずです。Hitam1200 2004年11月11日 (木) 08:40 (UTC)[返信]
(コメント)「同番組はBGMの選曲に特徴があり、それが番組のアイデンティティでもある」というのは、Hitam1200さんのテレビ番組構成分析・研究の成果、意見であって「事実」ではありません。wikiは事実を書く場所であって研究の発表場所ではありません。だいたい、BGMやSEを映像の効果に使うのは一般的手法であり、特にこの番組だけをとりあげて記事を立てる必要性を感じません。また、専門誌の仕事だといったのは分野としてそういうものであるということを申し上げたのであって、現実に記事になっているかどうかは問題ではありません。--210.249.72.122 2004年11月12日 (金) 00:35 (UTC)[返信]
  • 番組を知らないので外しているかもしれませんが、中井ではなくて中居正広ではないでしょうか。Tamago915 2004年11月11日 (木) 11:32 (UTC)[返信]
  • (削除)「独自の研究を発表するところではない」に該当するかと。wikicities で独自プロジェクトを立ち上げられてはいかがですか?--[[利用者:Aphaia|Aphaea*]] 2004年11月13日 (土) 00:00 (UTC)[返信]
  • (存続)冒頭の文章について書かれた部分は、Wikipedia:中立的な観点に即していない部分があると思いました。また、番組が放映中であれば、このページが完成しなかった時のことも心配ではあります。ですが、当面は冒頭文が修正され、特に異論の余地のなさそうな点・傾向を紹介した文章になるなら、削除の必要はないと思いました。いわゆる総合系百科事典に掲載されるような情報ではありませんが、専門家(研究者・実務家共)にとって意味のない情報ではなく、テレビ番組のみを扱う百科事典でこういう情報が提供されないのは予算や紙幅の都合であって無意味だからではない、とも思いました。ただ、ウィキペディアは何を受け付けるべきで、何を受け付けないべきかは方針が曖昧なので、とりあえずの一意見ということで。Tomos 2004年11月16日 (火) 18:50 (UTC)[返信]
  • (削除)意見を変えました。現在の方針に照らすと、この記事の内容は専門的過ぎるので削除が適当だと思いました。詳細は以下と、ノートでの議論にある通りです。Tomos 2004年11月24日 (水) 00:37 (UTC)[返信]
(コメント)。Tomos さま、こんにちは。「テレビ番組のみを扱う百科事典」ってなんですか? それを「テレビ番組専門誌」というのではないですか? 百科事典の意味や歴史をご存知ですか? 大衆が、科学的な知識について横断的に理解する助けをし、啓蒙するのが百科事典の役割です。フランス革命時の文化史、とりわけ百科全書を調べてみてください。私は合意形成に参加できる立場ではないですし、ここが議論の場でないことは承知していますが、あまりに百科事典の意味を取り違えておられるようなのでコメントしました。--210.249.72.122 2004年11月17日 (水) 00:16 (UTC)[返信]
(コメント)どうして広義の百科事典ではなく狭義の百科全書を優先して論を展開しているのでしょうか?ちなみに小学館の大辞泉では「人類の知識の及ぶあらゆる分野の事柄について、辞書の形式に準じて項目を立てて配列し、解説を加えた書物」と、三省堂の大辞林では「社会生活上の各方面の事項や、あらゆる専門分野の言葉についての説明を記述した辞書」と、同じく三省堂の新明解国語辞典では「宇宙観の全ての事柄について、項目に分けて説明した辞書体の本」と解説されています。たしかに特定の分野が肥大化して路線からはずれていくことは危惧すべき事であるとは思いますが、一方で情報量が少ないものは排除の運命にある(解説しなければ掲載そのものの意味がない)とも思われます。--151.8.7.15 2004年11月21日 (日) 23:24 (UTC)[返信]
(コメント)151.8.7.15氏は、投稿記録が上記のコメントが初めてのものであり、どなたかの捨てIP(こういう言い方が正しいかどうかわかりませんが)だと思われます。ここは議論の場ではありませんので、151.8.7.15氏へのコメントは当記事のノートで行います。それから、著作権の問題もありますから、辞書とはいえ、書籍の引用はよくないですよ。--210.249.72.122 2004年11月22日 (月) 00:21 (UTC)[返信]
(コメント)こんにちは。テレビ番組だけ、というのは極端すぎたかも知れないですね。。すみません。ただ、百科事典にも扱っているのがテレビだけとか映画だけといったような、専門系の百科事典が結構あるのでそれを想定してしました。オンラインで見られるものだと、こちらこちらなど。最近では特に、テレビ番組でも文化や文学のように批評・研究する人がいますし、実務家のためのリファレンスも百科事典を含めかなりいろいろあります。それを考えたら、このページにある情報は紙幅の都合で排除されるものではありえても、参考にならないから排除されるという類のものではないんじゃないか、と思いました。Tomos 2004年11月22日 (月) 00:24 (UTC)[返信]
  • (削除)専門性の判断もありますが(百科事典向けとしてはニッチ過ぎるのではないかという気もしますが、それはMy own POVです)、基本的に「個人的な研究」であって、この分野に関心があるかたにとって興味深いものであっても未検証の調査報告であると感じました。sphl 2004年12月5日 (日) 05:29 (UTC)[返信]

ノート:中井正広のブラックバラエティ・BGM一覧より[編集]

削除依頼の場での議論について[編集]

151.8.7.15さん、こんにちは。まず、あなたのおっしゃることを整理すると、

  1. 「百科事典」という集合があり、「百科全書」はその集合の一部にすぎない。
  2. 「百科事典」という集合にはあらゆる分野のあらゆる事項が記述の対象として含まれ、「辞書」的に整理されている。
  3. 「百科事典」という集合に含まれる記述は多すぎても少なすぎてもいけない。

ということになり、論点は3点あると私は理解しました。さて、まず第1点ですが、百科全書は200年も前のものですから、現代の百科事典と比較すれば記述の範囲が狭いのは当然で、特に異論はありません。しかし、これは第2点ともかかわる問題ですが、百科全書の編集方針が現代の百科事典のそれと異なるのかといえば私はそうは思いません。百科全書の果たすべき役割と百科事典の果たすべき役割は時代の差こそあれ、「大衆の啓蒙」という一点に絞られると私は考えています。151.8.7.15さんがいくつかの辞書から引用した定義は確かに百科事典の定義として間違ってはいないとおもいますが、その特徴を述べたものであって、編集方針についての言及はありません。百科事典が編纂される理由についてTomos氏に理解してもらいたかったので百科全書の例を引いたのです。百科全書の成立は啓蒙思想と密接に絡み合っており、現代の百科事典の存在意義にも通じると私は考えています。さて、次に第3点の問題ですが、第3点にも私は基本的に同意します。なぜ百科事典は詳しすぎても記述が足りなすぎてもいけないのかといえば、さまざまなリソースが限られているからです。百科事典を書く側のリソース不足もありますし、大衆が理解できる知識には自ずと限界があります(読者側のリソースの限界)。それは、大衆の知識の獲得、活用能力は専門家と比較して、時間的・能力的に制限されているからです。なぜ百科事典が各種の専門誌のように詳しすぎてはいけないのか、それは上記のような理由があるためです。また、少なすぎる記述は大衆を啓蒙するのに十分でありません。そのために専門家は必要最小限と思われる内容を百科事典に掲載するのです。さて、そうした観点からこの記事を見た場合、果たして百科事典の記事として必要最小限と思われるでしょうか。私には必要がないように思われます。だから削除依頼を出したのです。

さて、上記が私の意見です。回答になっていれば幸いです。それからこれは意見とは関係ありませんが、wikiでは著作権について完全にフリーであり続けるという立場から、著作物の引用は許されていません。その点にご配慮いただき、今後の書き込み、投稿の際には辞書等の書籍やインターネットのホームページ等の著作権フリーでないソースの引き写しはご遠慮ください。--210.249.72.122 2004年11月22日 (月) 01:17 (UTC)[返信]

Wikipedia:ウィキペディアは何でないかの一番最初に、紙媒体でないことが述べられていますが、それをどう解釈するかが考えどころでしょうか。僕はウィキペディアは紙媒体ではないのだから、一般教養のための百科事典と、研究者や実務家など専門家のための研究資料と、兼用でいいだろうと思ったのですが、210.249.72.122さんの意見としては、ウィキペディアは前者を中心にするべきであって、後者は必要ないか、ごく限られた範囲で受け付ければいい、ということでしょうか。

紙でないとは言え、何でも受け付けるわけにはいかないので、どこで線をひくかについてはこれまでも議論がありましたし(例えばノート:大阪大学共A掲示板ノート:あずまんが大王この版にある写真展関連の記事、など)、英語版などでもたびたび議論しているのを見ました。

特に決まった方針があるわけでもないので、僕としては、このページが削除されてしまうのはウィキペディアのポリシーに反する、とは思いませんし、逆に削除しないことがポリシーに反するとも思えませんでした。そこで、多くの方が削除が適切、と考えるならそれに従うのがいいんではないか、と思いました。

ただ、この記事は無用ということはないので、完結性や中立性に問題がないなら、わざわざ削除する必要はないだろう、と僕は思いました。番組自体を扱う記事と統合してしまうと、記事全体のバランスを欠いてしまうことになるので問題かとも思いましたが、独立記事になっていてその心配もないと思いました。Tomos 2004年11月22日 (月) 05:50 (UTC)[返信]

Tomosさん、こんにちは。このたびの削除依頼の論点は、紙媒体で情報量に制限があるか否かではないと私は考えています。Wikipedia:ウィキペディアは何でないかの2.25に「wikiは各種の専門書ではない」と書かれています。専門家のための資料は、専門書に当てはまるのでwiki的ではありません。wikiが詳しすぎる情報を受け付けないのは、それが書く側の問題ではなく、読む側に不便だからなのではないでしょうか。読み手の側にたった編集をしなければ、wikiは、「声優事典」だの、「ガンダム事典」だの、「アナウンサー事典」だのという謗りを免れることはできなくなってしまいます。--210.249.72.122 2004年11月22日 (月) 06:48 (UTC)[返信]

お返事ありがとうございます。読み手としては、興味がないものは読まないので、ひとつの記事に統合されているのでなければ問題にならないんじゃないかな、と思うのですがどうでしょうか。
ただ、2.25については、僕も気になっていたのですが、あるいはおっしゃるとおりかも知れない、と思いました。2.25で挙げられている例はどちらも実用書の類なので、ハウツーものはウィキブックスへどうぞ、という英語版にあった規定でも持ってきたのかな、と思っていたのですが、だったら専門書と書かずに実用書と書くはずだとも考えられますし、210.249.72.122さんの言う通りかも知れないと思いました。そして専門性の高い記述・情報はウィキペディアでは受け付けない、ということであれば、確かにこの記事は削除が適当だと思いました。また、百科事典的でない、という削除の理由を見て、僕は、専門系百科事典にはあってよさそうなものだから、と考えたわけですが、そうした専門系百科事典も専門書の類であることには変わりがないと考えると、削除依頼の理由にも納得が行きました。まあ、何が専門であり何が入門であるかについてはいろいろ線引きが難しいところもあると思いますが、例えば大学の一般教養課程で習得する程度の知識ということであれば、この記事はそういう範囲を遥かに超えていると思います。
そこで、読みやすさの点とは別に、専門的な内容であるという理由から削除するべきということなら、ちょっと反論しがたいように思いました。
#個人的にはウィキペディアには一般百科事典にとどまらず、IT事典や仏教事典や中央アジア事典や文化財事典なども兼ねたものになって欲しいと思っていたので、専門的な内容を受け付けないというのは残念ですが、まあそれは別の場所で提起して合意をとりつけるべき問題だろうと思いました。
最後に、声優、ガンダム、アナウンサー系の記事を擁護するというのは、専門的な百科事典を認める、という立場を仮に採用するとしてもまあ難しい部分はあると思いますが、ずっと前にメインページの改訂をやった時に、それまで学問の名前だけを並べていたのを、娯楽や趣味も含めたものに変えた経緯があるので、それを考えるとウィキペディアから趣味・娯楽分野を排するのは不適切で、声優事典やガンダム事典もあり、ということになってるんじゃないかと思います。変更がきかないものとは思いませんが。あとは、読者の注目度、執筆者の活動レベルなどが高いことをどう考えるかでしょうか。Tomos 2004年11月23日 (火) 01:24 (UTC)[返信]
Tomosさん、こんにちは。この記事の削除依頼についてある程度ご理解をいただいたようでありがとうございます。その他おっしゃられる課題については、また別の場所で議論されるのがよいだろうと私も思います。そこで、削除依頼の(存続)意見について、取り消していただけると幸いです。よろしくお願いいたします。もしまた別の機会に議論の場等でお会いすることがありましたらそのときはよろしくお願いします。--210.249.72.122 2004年11月24日 (水) 00:14 (UTC)[返信]

そうでしたね。今、訂正しておきました。こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします。Tomos 2004年11月24日 (水) 00:39 (UTC)[返信]

どちらかといえば放送分野は縮小されるべきだと考えているので、ポータルには参加しません。議論のほうをきちんと読んでくださいね、Projectさん。それから、ギター侍はサムイですから、やめたほうがいいと思いますよ。ああ、もしかして、地雷踏んじまったかな(苦笑)? --210.249.72.122 2004年12月3日 (金) 00:08 (UTC)[返信]
ウィキポータルはアニメもあります。ウィキポータルの特集分野についてはドイツ語のウィキポータルを読んでください。(ドイツ語が読めないんですか?私はまったく読めません)
放送分野が縮小されてるというのなら、地上デジタル放送は何のために開始されたのか?という疑問も残りますし、放送などの通信分野を総務庁(旧郵政省・逓信省)が扱っているのも疑問があります。どうせならいっそのこと、ウィキポータル 通信で、放送分野を扱うことにしますか?
テレビ局の番組一覧は、テレビ局のページが表示できなくなるために作られたものですが、これ以上一覧を削除依頼すると、すべての放送局の番組の一覧を、放送局の記事ページに収録しなければなりません。このため、放送局の記事ページが表示バグになる可能性も指摘されます。
この会話ページ、記事が削除されたら移動しますか?
ところで、ユーザー名は何にしますか?これ以上一覧削除依頼荒らしをやらないためにも。--Project 2004年12月3日 (金) 03:17 (UTC)[返信]
利用者‐会話:Projectの問題がクリアになれば議論に応じます。--210.249.72.122 2004年12月3日 (金) 07:21 (UTC)[返信]