ノート:二律背反

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2009-03-02 12:30:45の{{出典の明記}}貼付について[編集]

2009-03-02 12:30:45の{{出典の明記}}貼付について説明します。

まず、セクション冒頭の「元来は同一法典内での個々の法律間の矛盾をいう」(二律背反2009-03-02 10:14:03)と、セクション最後の「概念自体は古代ギリシアのギリシャ哲学のエレア派に見られた」(同)の関係は、矛盾とまでもいえないまでも、私の浅薄な歴史知識からはやや奇異な印象を受けます。もし、古代ギリシアの哲学学派が冒頭の意味で使っていたのであれば、当時「法典」があったことになりますが、古代ギリシアのポリスに「法典」があったという話は聞いたことがありません(あっておかしくはないですが)。

おそらく、前者は用語について、後者は概念についてということで矛盾はないのでしょう。しかし、それならばそれで、あるいはいずれにせよ、前者がどの用語についての話なのか(日本語の「二律背反」について? しかし、それならば、明治期に西洋語の翻訳として作られたのであれば、そのとき、すでにカントの用語として使われたのではないか?)、後者がどの概念についてなのか(法律学的? 経済学的? 哲学的?)、はっきりさせる必要があります。

また、そもそも「同一法典内での個々の法律間」という用語自体が、奇異な印象を受けます(「同一法典内での個々の条文間」とか、「同一法体系内での個々の法律間」とかなら分かりますが)。

次に、「転じて哲学用語として矛盾する二つの命題をいう」という記述は、記事冒頭の「二つの法則が現実的にであれ見かけ上であれ相互に両立しないことを意味する」という記述(これは英語版の翻訳のようです)と齟齬しています。前者は複数の命題の集合として定義しており、後者は複数の命題の関係として定義しているからです。おそらく、前者が間違いでしょう。

他方で、「経済学では二つの政策が同時に成立し難い状況をいう」という記述は、おそらく正しいのでしょう。しかし、「二律背反」という言葉は、たいていの分野で両立しがたい二つのものの関係を指す用語として(ややラフに?)用いられているため、経済学での使用にとくに言及することを示すような出展が必要であるように思います(何らかの論文で、経済学用語としてしっかり定義されたとか、評判のある教科書で経済学用語として定義されているとか)。このような出展がなくとも記述するのであれば、「工学においては…」「医学においては…」「経営においては…」と無限にほぼ同じ内容を書き連ねる意味のないリストが出来上がるように思います。

最後に、「法典では例えば江戸幕府が死刑や殺生を前提とする鷹狩を制度化しつつ、生類憐みの令を出している」「経済学ではたとえば失業対策に景気拡大政策を行うと物価問題が深刻化し、逆に、インフレーション対策に景気縮小政策を行うと、失業が増大する」という記述は、これ自体が間違っているということはないでしょうが、これが二律背反の例として適切だという出展を求めます。私には、適切な例であるように思えません。--mizusumashi月間感謝賞を応援します) 2009年3月2日 (月) 12:55 (UTC)[返信]