ノート:八代将軍吉宗
- 登場人物の簡略紹介部分で、大岡忠相が「寺社奉行という閑職に追いやられる」とありますが、本当でしょうか?寺社奉行は閑職などではありませんし、異例の出世と評されるほどです。寺社奉行は大名が奏者番と兼ねる役職であるため、晩年の忠相が年若の同役からいびられ、吉宗が詰め所を与えるなど配慮をしたという逸話がありまして、これはドラマでも描かれていた覚えはありますが、ちょっと記憶は遠いし参照できないので、本当に「閑職に追いやられる」描写だったのかもしれないので編集は控えますが、正確なことがわかる方がおりましたら訂正おねがいします。全般的に本項は褒めすぎで中立的でない印象もっちゃいますね。--でここ 2007年2月19日 (月) 07:17 (UTC)
まず、「史実では大岡忠相が藩主(大名)になった」という事は劇中でも述べられています。本丸能興行の饗膳のシーンで、これは本文を修正させて頂いています。このシーンは津本陽氏の「大わらんじの男」にも記載があり、共通のタネ本があるのかもしれません。滝田越前が「ワシは大名であるぞ!」と言い放つシーンを記憶しております。
また、でここさんがご指摘のように寺社奉行は閑職ではないと思いますし、劇中にそのような表現もなかったと記憶します。若手のエリートの中に紛れ込んだ忠相が追い出され、廊下の欄干にもたれ掛かり、地べたの蟻を呆然と見つめていたシーンでしたね。近松のナレーションは(正確に記憶していませんが)「哀れモーレツサラリーマンのリストラ」というようなものだった気がします。(その後のエピソードで前述の饗膳のシーンがあるわけで、「不屈の男忠相」として復活しています。)
ご参考までに大石慎三郎氏の「徳川吉宗とその時代」(中公文庫)で寺社奉行について「相役の平均年齢33歳強、老中・若年寄にもなるべき譜代大名の中の前途有望な若者が就く」とあります。これらを勘案して「祭り上げられた」としたのですがいかがでしょうか。
蛇足ながら、童門冬二氏の「人を育て人を活かす」(講談社文庫)には奏者番に部屋を追い出された忠相が彼らの用人を一人ずつ訪問し「よろしくご主人におとりなしを」と頭を下げて周る逸話を紹介しています。吉宗の寵臣である忠相の謙虚な態度に恐縮・感激した用人が主人を諌め、反省させたとのことです。
また、忠相を追い落としたのはドラマの中では北町奉行・稲生正武でした。寺社奉行になった忠相が捕縛していた両替商を全員釈放してしまった。劇中では近松のナレーションで当時流行していた物揃「「人をはめるもの、落とし穴に稲生次郎左衛門」が紹介されています。
最後に、忠相は敬して遠ざけられた面はあるものの、なお関東地方御用掛などで活躍。奏者番は死ぬまで辞任を認められず。劇中、吉宗の死の床にあって「老中にしてやりたかった」というシーンがあります。少なくともドラマ上で「干された」イメージはありません。
以上をまとめて極力私見を排して修正させて頂いた次第。--以上の署名のないコメントは、鳥居ハンター(会話・投稿記録)さんが 2007年7月5日 (木) 11:44 (UTC) に投稿したものです(都市高502による付記)。
- これは、昨年末くらいに刊行された大石学氏の忠相評伝を読んでいたときに感じた疑問だったと思います。原作本も確認した覚えがありますが、ジェームス三木は左遷であったかのような描き方であったかと記憶しております。大石さんの著作では、吉宗の信頼は変わらず、公文書システムの整理ですとか、いろいろ仕事してるのですよね。実際はこうだけど、作中では閑職に追いやられると描写されていたと記されていれば宜しいかと思います。--でここ 2007年7月5日 (木) 14:18 (UTC)
大河では「不本意な異動」「いじめにあった」という表現ではありましたが、寺社奉行が「閑職であった」かどうかは触れられていなかったと思います。ある種の左遷であるのは間違いないですが、その職務がヒマかどうかは別問題だと考えます。むしろ既存大名である若手エリート官僚から(そこそこ名門の旗本出身ではあるが)寵臣として成り上がってきた忠相への嫌がらせと考えるほうがあのシーンは納得感があります。この部分が印象に過ぎないのであれば劇中で触れらていない「閑職」も然りだと思うので、「寺社奉行に追いやられた」程度がよろしいのかもしれませんね。--以上の署名のないコメントは、鳥居ハンター(会話・投稿記録)さんが 2007年7月6日 (金) 12:31 (UTC) に投稿したものです(都市高502による付記)。
エピソード
[編集]本作主演の西田敏行がこの年・1995年に放送が始まった、「スタジオパークからこんにちわ」の第1回のゲストである。ちなみに息子・徳川家重役の中村梅雀は西田の同番組出演のちょうど1年後にゲスト出演をした。
その他
[編集]2010年時点でNHK大河ドラマでの徳川吉宗の登場作品は、意外にも主人公となった本作のみである。大岡忠相らにおいても同様である。