ノート:加茂町 (徳島県名東郡)
加茂地区・入田地区・沖洲地区・加茂名地区・八万地区の分割提案
[編集]徳島市のいくつかの地区は、編入した旧町村と似た(「町」「村」を「地区」に変えただけの)名前ですが、さまざまな経緯で、その領域は異なります。
特に違いが大きいのは加茂町・入田村で、大字単位での違いがあります。加茂町上助任は加茂地区ではなく渭北地区で、入田村矢野は入田地区ではなく国府地区です。また境界が変更されたわけではありませんが、東沖洲は沖洲村には存在しなかった埋立地です。
そのほかにも、おそらく1960年代の住所改革が原因と思われる、大字レベル未満での違いがいくつかあり、沖洲村と沖洲地区(渭東地区との境)、加茂名町と加茂名地区(佐古地区との境)、八万村と八万地区(新町地区・東富田地区との境)で、微妙な違いがあります(角川日本地名大辞典より)。
しかしこれらの記事は、これらの違いを無視して(あるいは知らずに?)編集されています。(なお国府町も国府地区とは大きく違いますが、それを考慮に入れた内容になっています)
廃止町村の地理について記述するなら、基本的には、当時の町村域の、当時の状態について記述すべきでしょう。領域が一致する現行の地区があるなら現状について書いてもいいでしょうが、領域が一致しないなら、加茂町と異なる加茂地区についての記述を加茂町という記事名で書くのはおかしいです。しかし現在の記事はそうなっているようです。
これを通常編集で改善するとしたら、加茂町の領域の現状を書くことになるでしょう。しかし、そのような記述の有用性は疑わしいです。「合併後の加茂町は~」のような大局的な記述は有用ですが、「現在の施設を過去の市町村境で分けたリスト」などは不要でしょう。またそもそも、徳島市のように番地単位で境界が変わっていると、このようなリストは古地図と照らし合わせでもしないかぎり作成不可能です。
以上のことから、これらの町村記事から、地区の領域に関する事柄(地理、施設リストなど)を、Wikipedia:ページの分割と統合での「見出し語の解説としては不要な記述だが、百科事典の情報としては有用な場合」とみなし、地区記事に分割することを提案します。町村の記事は、地理に関する記事ではなく、消滅した地方公共団体としての記事としたいと思います。
分割記事名は 加茂地区 (徳島市)・入田町・沖洲地区・加茂名地区・八万地区 を考えています。加茂地区の「(徳島市)」は、鳥羽市にも公式な加茂地区があるからです[1]。入田地区ではなく入田町なのは、入田地区には入田町1町しかなく、地区名より町名を優先させたほうがいいと思うからです(川内町 (徳島県) = 川内地区 も参照)。--Tatase 2011年6月29日 (水) 13:10 (UTC)
- 作業中 順次、分割を進めています。--Tatase 2011年7月28日 (木) 11:00 (UTC)