ノート:名古屋弁/過去ログ2

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正しい表記の仕方[編集]

日本語関係の本にも書いてありましたが、「~かいやぁ」や「~けぇが」という表記の仕方は正しくありませんね。
拗音ではないのですから。
それで、「~かいやー」や「~けーが」という表記も正しくありません。
平仮名に「ー」は使いませんから。
正しくは、「~かいやあ」や「~けえが」です。
それで、名古屋弁のページにはちゃんと「やあ」とか「よう」とか表しているようなので、直すところは特にないようですね。
もしも、「~けえが」が「~けぇが」のようになっていたら、直しておきましょう。
デビット 2006年8月14日 (月) 22:13 (UTC)

遠州弁と三河弁のページで、平仮名なのに「ー」を付けて表記していたり、拗音ではないのに「ぁぃぅぇぉ」を付けて表記している単語を直しました。
それで、遠州弁の「~ごー」(~してごらんという意味)は「~ごう」が正しいのでしょうか?それとも、「~ごお」でしょうか?
それと、三河弁の「おーし」(あなたという意味)は「おうし」でしょうか?それとも「おおし」でしょうか?
どっちが正しいか分からなくて困っております。
モノノハズミさんはどっちだと思いますか?
名古屋弁の「げー」は、「げい」ではなく「げえ」が正しいのですね。
デビット 2006年8月14日 (月) 22:55 (UTC)

現代仮名遣いによれば、オ列の長音は原則として「う」と書き、例外として歴史的仮名遣いで「ほ」または「を」と書いていたものだけを「お」と書きますので、

  • ごう
  • おうし

だと思います。ただし、語源をそれぞれ「ごらん」「おぬし」と仮定した場合です。

モノノハズミ 2006年8月14日 (月) 21:57 (UTC)

(追記)それ以前に現代仮名遣いを方言に適用した場合の話です。共通語に無い音に関しては当然ながら現代仮名遣いを逸脱します。例えば名古屋弁の「けぁたる(書いてある)」などは現代仮名遣いでは表し様が無いので名古屋弁のページ限定でこのように表記しています。ケァはカアとケエの中間のような音です。モノノハズミ 2006年8月14日 (月) 22:25 (UTC)

そうなんですね。ご説明ありがとうございます。
僕は「ごお」や「おおし」にしてしまったので、「ごう」や「おうし」に直しておきますね。
デビット 2006年8月15日 (火) 22:15 (UTC)

キリンビールラジオCM[編集]

今車中で聞きましたが、キリンビールのラジオCM(たぶん名古屋限定版)、今年のはちゃんとした名古屋弁になっていますね。去年のは「がや」が語尾につくので名古屋弁のつもりらしいと分かるだけでアクセントもイントネーションも出鱈目の酷いものだったように記憶しておりますが、今年はちゃんと名古屋弁を話せる人を出演させたようです。たぶん去年のものについて「名古屋弁が間違っている」と苦情があったのでしょう。本文に書くには時事的すぎるのでノートにて。mononohazumi 2006年4月25日 (火) 08:46 (UTC)

有名人[編集]

名古屋出身の有名人の名前がたくさん挙がっていますが、名古屋市でなく名古屋弁の項目なので、マスコミに登場する際に名古屋弁を使用しない人は挙げる必要がないと思います。あまりテレビを見ないので分かりませんが、現状挙がっている人が全員公の場で名古屋弁を使っているのでしょうか? mononohazumi 2006年2月24日 (金) 12:22 (UTC)

フィギュア関係の人は、芸能人ではありませんし、名古屋弁を使う人として世間で知られているわけでもないので削除しても良いかと思います。個人的には、山田昌さんを載せるべきかと。--雪風 2006年2月24日 (金) 15:18 (UTC)
コメントアウトしました。mononohazumi 2006年3月14日 (火) 13:16 (UTC)

ぎゃあ[編集]

本文の終助詞「ぎゃあ」の項に「 〔誤用〕「がや」の転か。メディアでは「がや(3)」の意味で現れることがあるが、地元ではふざけて「変な名古屋弁」を使うとき以外には使わない。 」という記述がありますが、私が子供のころ(三、四十年前)の知多市(八幡地区)では「ぎゃあ」は日常的に使われていました。非常に強い憤激の意味合いがあり、特に子供たちが物の取り合いをしてけんかする時などに「おれのだぎゃあ」などという使い方をしていました。また、何らかの試みがどうしても成功しない場合に悲憤をこめて「あかんぎゃあ」などという言い方もあります。この用法では年配者に使われることも多くあります。多分知多弁(の一種)なのではないかと思います。いずれにせよ誤用ではありません。本文の「がやの転か」という推測には無理があると思いますが、同じく知多市近辺で使われる疑問の「きゃあ」(例「東京てゃあ名古屋よりできゃあだきゃあ」)について、もし「かい」という原型を想定できるとするなら、「ぎゃあ」の原型として「がい」を想定することもできるのではないでしょうか。そうすると、「が」に「や」が付加されて「がや」ができるのと並行して「が」に「い」が付加されて「がい」が成立し、それが「ぎゃあ」に変化するという説明ができると思います。--Vuurput 2006年3月23日 (木) 21:10 (UTC)

調査不足でした。知多市出身の祖母(故人)は使いませんでしたが、女性だからでしょうか。それとも知多市内での地域差でしょうか。名和です。
語源については疑問です。「が」に「や」なり「い」が付いて「がや」なり「ぎゃあ」ができたと推測しておられますが、「が」とは何でしょうか? 共通語で「けれども」と類義の「が」とは異なるものですよね。それに「い」自体「や」の転ではありませんか?
いずれにせよ〔誤用〕の記述は外します。
mononohazumi 2006年3月23日 (木) 21:58 (UTC)
私は名古屋の城下町で生まれ育ちましたが、「ぎゃあ」というのは、一つは「がや」が「ぎゃあ」に聞えるというもの。もう一つは、メディアが名古屋弁を強調する場合にふざけて用いる場合(いわゆる「誤用」)に耳にします。「強い憤りを表す」場合に用いたりはしませんし、「がい」などというのも名古屋中心部では聞いたことありません。名古屋弁の範疇から外れると思いますので尾張弁(あるいは知多弁)とすべきものだと思います。Vuurputさんの言われる語法は、知多弁の記事がありますので名古屋弁の記事ではなく、そちらに移すべきではないでしょうか。--雪風 2006年3月24日 (金) 04:58 (UTC)
出勤前にパタパタと編集したのですっかり忘れていましたが、「が」という言葉はありますね。「がや」が縮んで出来た若い世代の言葉だという先入観があったので考えからすっぽりと抜け落ちていました。
しかし、
  1. 今は若い世代を中心に使われている「が」が昔は広い世代に使われていた。または昔は今の「が」とは異なる出自の「が」があった。あるいは「が」が若い世代の言葉だというのは誤り。
  2. これに「い」が付いて「がい」が成立。
  3. 音韻変化で「ぎゃあ」となった。
  4. その後元の形の「がい」は全く使われなくなった。
と考えるよりも
  • 「がや」が転じて「ぎゃあ」となった。
と考えたほうが自然なように思います。
雪風さんは編集前の本文に近い見解のようですね。どうしましょうか。知多弁に移す場合、難しいのは知多半島全域で使われているわけではないことです。少なくとも私が住んでいる大府市では(ふざけて変な名古屋弁を使うとき以外は)使われていません。知多弁の中でもさらに狭い地域の言葉なのではないでしょうか。
mononohazumi 2006年3月24日 (金) 09:04 (UTC)
まず「名古屋弁」の項目で「ぎゃあ」について議論することについてですが、愛知県外の多くの人が「ぎゃあ」は(狭義の)名古屋弁に属すると思いこんでいる以上、できる限り正確な情報を提供するという観点から「名古屋弁」の項目で注意を喚起することは必要だと思います。また、名古屋城下で育ったような人には県外の人が「ぎゃあ」=名古屋弁と思い込んでいるのは不愉快なことかもわかりませんし、逆に私のような知多出身者からみれば、先祖代々使い続けてきた言葉が「ニセ名古屋弁」になってしまっては困るのです。(項目の執筆者の方を非難しようというつもりでは全くありません。でも実際に困るだギャー。)私の提案としては本文を「狭義の名古屋弁では使われない。知多半島の一部では強い自己主張や激しい感情を表現する場合に使われる。(したがってこの語彙は名古屋弁ではなく知多弁に属する)」というような形にしておくのが妥当ではないかと思います。
「ぎゃあ」が使用される範囲についてですが、名和は東海市です。名和近辺で「ぎゃあ」が使われているかどうかはよくわかりません。私が知っているのは知多市北部の八幡地区では実際に使われている(もしくは、使われていた)ということのみです。小学校のときに近隣の学校から転任してきた先生たちが皆異口同音に「八幡の子供は言葉が汚い」と言っていた記憶がありますので、あるいは八幡地区以外ではすでに廃語に近い状態になっていた可能性もあります。八幡でも女性はまず使いません。
「ぎゃあ」の成立過程についてですが、本文では「『がや』から『ぎゃあ』への直接の変遷は法則上問題がある」という点のみを指摘しておくのがよいだろうと思います。この点に関する記述は「知多弁」の方に移したほうがいいかもしれません。ちなみに「がや」と「ぎゃあ」は地域内で並存していますので、この点でも「がや」起源説にはやや問題があるように思われます。つまり何らかの特殊な法則によって「がや」が「ぎゃあ」に変化したと仮定すると、どうして「がや」が廃れずに並行して使われているのかを説明する必要が出てきます。
蛇足ですが、「がい」について。「がい」を想定すること自体には論理的な問題はないと思いますが、問題はMononohazumiさんのご指摘の通り「がい」という語彙またはその痕跡が遺されていないという点にあります。「が」もしくは「がー」という言葉は「がや」と似たような意味で使われています。(逆接ではなく強意です。終助詞の「が」は古語にもあるようです。多分若者の言葉ではなく古語だと思います。)しかし「い」という終助詞の構成要素が見当たらないのはやはり欠陥でした。ただ、「あえ」という音が「えぁー」に変化することもありますので、「ぎゃあ」の原型として「がえ」を想定することは可能です。「え」は終助詞の構成要素として存在しています(「かえ」「ぞえ」など)。また私の記憶では知多半島中部(知多市より南)の方言に「げえ」という終助詞があったように思います。(すぐに確認することができません。すみません。)「ぎゃあ」と「げえ」の共通の祖形として「がえ」を想定するのは私にはごく自然に思われます。もっとも私は方言の専門家でも言語学の専門家でもなくただの通りすがりの者ですので、私の説明を本文に持ち込むべきではありません。
もうひとつ、「きゃあ」について。「きゃあ」と「ぎゃあ」はもちろん相互に何の関係もありません。ただ、同じ音(ここでは「えぁあ」の部分)は同じ条件下でなら同じように変化するはずですので、「きゃあ」をもちだして「ぎゃあ」について考えるのは方向性として誤ってはいないはずです。--Vuurput 2006年3月24日 (金) 22:37 (UTC)
補足ですが、「きゃあ」の原型は「かや」ではなく「かえ」と考えた方がよいのではないかと思います。--Vuurput 2006年3月25日 (土) 09:56 (UTC)

名和は東海市ですね。寝ぼけていました。

「ぎゃあ」の名古屋弁の項目での語釈に関しては、「ぎゃあ」=名古屋弁のステレオタイプを正す記述をぜひ入れたいですが、以前の版のように〔誤用〕と断言するのは問題ありそうですね。Vuurputさんの提案に近い線で、かつ誤ったイメージに釘を刺す記述を入れたものを書いてみますので、問題ありましたらまたご指摘ください。

語源についてはなんとも難しいので、本文からは一旦語源に関する記述を消そうかと思います。私としては、日頃頻繁に耳にする「がや」や「かや」にどうしても結び付けたくなるのです。「かえ」に関しては時代がかったフィクションの中では目にしますが、生では聞いたことがありません。対して「かや」は今日も何度も耳にしましたし、自分でも使いました。「がい」は生でもフィクションでも一度も聞いたことがありません。

オッカムの剃刀という言葉もありますし、

  1. 「かえ」という語がかつては日常的に使われていた。
  2. 「かえ」が転じて「きゃあ」となった。
  3. これとは独立して「かや」という語があった。
  4. 「きゃあ」と「かや」は使われ続け、「かえ」は廃れた。

よりも

  1. 「かや」という語があった。
  2. 地域によっては「かや」が「きゃあ」に変化した。

という単純な解釈を私はしたくなります。

「かや」が「きゃあ」に変化することは絶対に有り得ないのですか? 有り得ないとしたら何故ですか?

mononohazumi 2006年3月25日 (土) 11:13 (UTC)

Mononohazumiさん、本文の変更どうもありがとうございました。
「『かや』が『きゃあ』に変化することは絶対にあり得ないのか」という問題ですが、別に私はそういう変化があり得ないと言っているわけではないのです。ただそういう説明のしかたをすると不必要な法則を立てざるを得なくなるということです。(つまり私の方もオッカムの剃刀を手にしているのです。)われわれに与えられているのは「かや」なり「きゃあ」なりという語彙(事実)であるわけですが、これらの語彙がどのように成立したかを説明するために、できる限り例外が生じないような法則を仮定するわけです。「古典日本語の『アイ』音は現代標準語では『アイ』のままだが、名古屋弁と知多弁では『エァ』に変化する」というようなものがそのような法則の例です。ここで「ぎゃあ」「きゃあ」(より正確には「げぁ」「けぁ」でしょうね)という語彙が一見この法則の例外らしく見えるということに気がつくわけです。この場合、この例外を説明することが必要になります。これは実際に例外なのか、もし例外であるとしたら何らかの特殊な条件(アクセント位置など)によってこの例外が発生しているのか、あるいはこの語彙に関しては未知の特殊な法則が発動しているのかというようなことです。ここで、「『かや』が『きゃあ』に、『がや』が『ぎゃあ』に変化している」と考えると、なぜ「綾」は「えぁー」にならないのか、なぜ「萱」は「けぁ」にならないのかといったことも説明しなければならず、結果として変な法則が乱立して収拾がつかなくなります。またどうして「かや」が「きゃあ」と並んで今でも使われているのか(「あかんだかや」など)ということも説明しなければなりません。「かや」ではなく「かえ」が「きゃあ」に変化したと考えれば、この「例外」は単なる見かけの例外として処理され、いかなる特殊法則も立てる必要がありません。
Mononohazumiさんの
  1. 「かや」という語があった。
  2. 地域によっては「かや」が「きゃあ」に変化した。
という解釈は、実はそのあとに
  1. 「綾」「萱」が「えぁ」「けぁ」にならないのはこれこれこういうわけである。
  2. 「かや」と「きゃあ」が並存しているのはこれこれこういうわけである。
  3. その他もろもろの説明
といったものが省略されているのです--Vuurput 2006年3月25日 (土) 21:11 (UTC)

どういたしまして。

なるほど、Vuurputさんは発音の変化に例外を設けないことを重視する立場なのですね。私は「元の形が跡形もなく消えた」ことにしないことを重視する立場です。

しかし、アイ/アエ→アェの変化で「きゃあ」の成立を説明するのは無理があると思います。なぜなら私の聞いたことがある範囲では「きゃあ」の発音はキャアであってケァではないからです。「無い」をネァ、「とろくさい」をトロクッセァのように発音する人が職場に何人かいますが、その人たちの「きゃあ」はキャアであってケァではありません。ネァやセァの発音が保たれてケァだけがさらにキャアに変化した理由が説明できません。

並存に関しては大根(だいこん)とデァコンとか並存している例がいくらでもあります。というより、並存していない例がありますか?

どちらが単純な解釈かを論じているときに「その他もろもろ」という曖昧な一行を加えるのは止めてください。私が対抗してその他もろもろの一行を書き加えだしたら無駄に行が増えるだけでしょう。かといって「その他もろもろとは具体的にはこういうことだ」と互いに細かい揚げ足取りをしても不毛なので、重点に絞って議論しましょう。

mononohazumi 2006年3月26日 (日) 00:19 (UTC)

あまり紛糾しても何ですので、(Mononohazumiさんがぜひ聞きたいというのでなければ)反論は遠慮します。ただし「きゃあ」の発音に関する問題は解釈でなく事実確認の問題ですのでちょっと一言。(私は上で「きゃあ」という表記を使ったので紛らわしいですが)私の感覚ではこの音は「ケァ」です。Mononohazumiさんの言われるところの「キャア」の母音は「ア」で、「ケァ」の母音は「エァ」ですから、これをテストするには「あかんだきゃあ」の最後の音を口をやや縦に開いて発音できるか、またやや横に開いて発音できるか試してみればよいと思います。私には、口を縦に開いて発音することはうまくできません。口を「エ」の形に開いた場合には自然に発音できます。名古屋市内ではこれと異なった発音になるのでしょうか?(そういう可能性も否定はできませんが。)子音についてはやや英語のcattleの「キャ」に近づいているような感じもしないでもありませんが、ちょっと微妙すぎて何ともいえません。私自身の発音についていえば、舌が口蓋に触れる位置は「カキクケコ」の場合とほぼ同じに感じられます--Vuurput 2006年3月26日 (日) 21:22 (UTC)
今思いつきましたが、「かえ」が「けぁ」に変化したと仮定すると、そこからの類推による「がや」から「げぁ」への変化を想定することもできそうです。(余談です)--Vuurput 2006年3月26日 (日) 21:30 (UTC)

実際の発音についてはVuurputさんと私で話していても平行線です。他の人の発言を待ちましょう。mononohazumi 2006年3月27日 (月) 08:33 (UTC)

大変、深く掘り下げて議論されているようで私が言葉を挟むのは恐縮いたします。「ぎゃあ」ですが、狭義の名古屋弁ではなく、知多弁であるとし、詳細を知多弁で解説するという方向性で良いかと思います。「あかんだきゃあ」は、上町は「あかんかや」、下町は「あかんのきゃあ」と言うと思います。「ケァ」ではないように思います。「かえ」っていうのは、「大根はいらんかえ?」という感じに使いますので、標準語でいう「~かね?」だと思うんですが。--雪風 2006年3月27日 (月) 14:21 (UTC)

率直に申しまして、口の形云々という表現に当惑しております。キャアとケァは単純に「違う」音だと思っていたので、そういう形で意識したことが無かったのです。

口の形を比べてご覧になったという時点で、失礼ながら、Vuurputさんの証言は頼り無いようにも感じました。ケァと発音しているならば、キャアとケァは口の形を確認するまでもなく別の音と感じられるはずだし、耳にも別の音として聞こえるはずなのです。だって耳で聞いて区別できなければ発音が覚えられないじゃありませんか。

でも考えてみれば文字上で客観的に発音を表現するための工夫かもしれず、判断がつきかねています。

大変失礼な質問ですが、Vuurputさん、口の形云々は表現上の工夫ですか? それとも実際にそのようにして区別なさろうとしたのですか?

mononohazumi 2006年3月30日 (木) 20:35 (UTC)

「きゃあ」をケァと発音している例を昨日聞きました。明確にケァの音でした。でも分からないのは同じ人が普段はキャアと発音していることです。アイの音の変化であることが明確な語、例えばトロクセァ(ちなみに私を指しての発言です)などでは一貫してエァの音を使いトロクシャアのような発音は決してしない人なのですが。キャアでよい語を名古屋弁らしさを意識しすぎてケァと発音してしまった例なのか、それとも本来はケァと発音すべき語をキャアと誤って発音してしまっていたのか……。モノノハズミ 2006年7月28日 (金) 21:06 (UTC)

えも[編集]

「なも」と同じような使い方をするようですが、これは「なも」以上に聞かれなくなった言葉です。使い方は「そんでえも」詳しい解説までは出来ないので、とりあえずノートに載せておきます。--雪風 2006年3月24日 (金) 05:55 (UTC)

本文で参考文献に挙げた『名古屋方言の研究』では「上町のナモに対して下町で使う語」のように解説していました。モノノハズミ 2006年7月28日 (金) 21:13 (UTC)

きゃあ[編集]

「ぎゃあ」とは関係ありません。使い方は「(大学に合格した場合、病院を退院した時)そうきゃあ。それは良かったなも。」という感じで用います。私の祖母はよく使っていました。下町言葉になるのかもしれません。--雪風 2006年3月24日 (金) 05:55 (UTC)

濁点のない「きゃあ」ですね。私の周りでは「かや」という発音が主流なので自信が持てず書けずにいました。雪風さん書いていただけませんか。mononohazumi 2006年3月24日 (金) 09:14 (UTC)
原則としては「かや」の変化であると思います。父は「かや」を使います。例「ほんとかや」(疑問)。ただ、「かや」は疑いを持った驚きによく使うように思います。「きゃあ」のように朗報に歓喜した場合には、あまり使わないような気もするんです。もし、詳しく分かりましたら修正していきましょう。--雪風 2006年3月25日 (土) 15:02 (UTC)
本文への加筆ありがとうございます。「きゃあ」との使い分けは気になりますね。mononohazumi 2006年3月26日 (日) 01:47 (UTC)

地域差[編集]

僕が中学1年生のとき(2年前)に、総合学習の時間に、1年生全員の前である先生が、なりきー(標準語:いい加減)や ~だねぁ(標準語:~じゃない)は名古屋弁とおっしゃっていたので、この二つの単語は名古屋弁だと思いました。
しかし、静岡弁のページを見たら、なりきーや~だねぁが載っていたので、静岡でも使うんだなと思いました。本当に、名古屋では「なりき/なりきー」って使わないのですか?静岡で使うなら、名古屋で使ってもおかしくないと思いますが。
現在、僕は中学3年生ですが、その先生に聞いてみたいと思いますが、現在、その先生は産休のため、僕の学校にはいません。なので、その先生と連絡は取れません。ちなみに、その先生が復帰する頃には、僕は中学校を卒業してしまうと思いますので。
その先生は、まさか、名古屋弁を紹介するときに、間違えて静岡弁を存在したってことはないと思います、(笑)
なにせ、~だねぁは確かに愛知でも使われていますからね。

~でしょうを~だらあと言うのは、確認のときだけで、推量のときは言いませんよね。「事故が起こった原因は前方不注意だらあと思われます」なんか言いませんので。
それで、名古屋の場合では、「だろう」は粗野な言葉で、「でしょう」が敬語っぽく感じるなら、普通、名古屋でも「だらあ」を使うと思いますが、どうでしょうかね?
静岡県では、「だろう」は粗野な言葉で、「でしょう」が敬語っぽく感じるから、「だらあ」が使われるようになったと考えられます。
「~かしん/~かしゃん」が使われるようになったのは、多分、男性が~かしらを使ったらおかしいからだと、僕は思います。
他にも、「~だに」が使われるようになったのは、女性が「~だぞ」を使ったからおかしく感じるからだと思います。僕が小さいとき、女性が~だぞを使ってるの聞いて、「使い方が男っぽいぞ」と思いましたので。
そんな感じで、方言っていうのは、標準語だと強く感じる単語を改善して、方言の単語が誕生したのでしょうね。

「いる」と「おる」の境は、静岡と愛知、新潟と富山なんですが、まったく県境とは限りません。調べたところ、新潟もおるって使うようですし、愛知県に近い静岡県湖西市出身の人が、湖西市は「おる」って使うとおっしゃっていました。 やはり、言境と県境は全く一致するとは限りませんね。

そういえば、名古屋でもいるの否定形を「いやへん」って使うのでしょうか?僕が住んでる地域では、「いる」と言っていますので、当然、お年寄りの方とか先生とか親とかは「おらへん」とは言わずに、「いやへん」と言います。
最初、名古屋の人が「おらへんがな」って使ったのを聞いて、僕は、「おら変」→「おいら変」→「俺は変」と誤解してしまいました。さっきも言った通り、僕が住んでる地域は「おる」なんて使いませんので。誤解してしまってすみませんね。
それか、「いやへん」は標準語+関西弁がミックスした地域、静岡県の一部しか使わないのでしょうか?
ちなみに、関西で「いやへん」と言うと「言わない」という意味になるそうです。

デビット 2005年12月30日 (火) 13:30 (UTC)

まず、なりきについて。私はデビットさんの書き込みを見ても「なりき」という言葉の意味が分かりませんでした。それに、「静岡 なりき」でグーグル検索すると静岡の方言を紹介したサイトが色々と引っかかるのに対し、「名古屋 なりき」では無関係のサイトばかりです。先生の勘違いだと思います。
だらあについてはその通りです。少なくとも私はそのように使い分けています。ただし、三河のほうでの使い分けには自信がありません。「だらあ」を使うのは名古屋市緑区あたりまでです。それより北では使いません。かといって「だろう」は粗野で女性が使うには抵抗があるので敬語を使っていないときでも仕方なく「でしょう」を使うようです。私の住んでいる知多半島では「だらあ」を使いますので敬語を使わないときは「でしょう」でなく「だらあ」と言います。
「~かしん/~かしゃん」についてはちょっと違うんじゃないでしょうか。「~かしん/~かしゃん」を使い始めたころの人は共通語のそれも女言葉など知りもしなかったと思いますよ。「~だに」を使い始めた人も共通語の知識はなかったと思います。遠州弁にせよ名古屋弁にせよ共通語より古くからあるものですから。
「いやへん」に関しては「おらせん」が普通です。「おらへんがな」とは言いません。「おらへん」は人によっては言いますが、「がな」は言いません。テレビで覚えた関西弁をふざけて使ったか、関西から名古屋へ越してきた人でしょう。
余談ですが思い出話を。先生がおっしゃる云々で思い出しましたが、私の高校時代は方言漬けでした。まず数学の先生が強烈な名古屋弁でした。北部のものだったので私たち自身が使うものや祖父母が使うものとは違いがあって興味深かった。次に古典の先生が三河弁。国語の教師がこんなことでいいのかと思った。物理の先生は大阪弁。大阪商人のイメージ通りのしゃべり方でびっくりした。世界史の先生は神戸弁(?)。大阪弁とはちょっと違った。思えば今こうして方言関係の編集を色々している切っ掛けはあの頃の経験でした。
mononohazumi 2005年12月30日 (金) 09:01 (UTC)
名古屋弁から入ってきた単語だと思われますが、遠州では、「未然形+すか」を静岡弁の「~け?」と混ざった「未然形+すけ」と使う人も少しいます。「未然形+すか」の方が使う人が多いですんですけどね。
ちなみに、親とか先生とかは、「~すか」と言います。「~け?」は静岡寄りの方言なので、遠州では使う人は少ししかいません。
「~か?」だと強く感じるので、「~け?」と使う人が遠州でもいると思います。
名古屋でも「~か?」を「~け?」と言ったり、「~の?」を「~だ?」と言ったりするのでしょうか?
遠州でも「~すか」を使うなら、もちろん三河でも「~すか」を使いますよね?「~すけ」は名古屋弁と静岡弁が混ざった遠州独特の方言でしょうね。いるの否定形の「いやへん」、「いやせん」とかもそうかもしれません。
方言っておもしろいですね。
デビット 2006年1月7日 (土) 21:58 (UTC)
「~け?」は言いません。「するのだ」を「するだ」とするのは南部だけです。その「だけ」に私の住んでいるところも含まれるのですが。三河で「できすか」の類を使うかどうかは、ちょっと分かりません。たぶん使うんじゃないかな?とは思います。mononohazumi 2006年1月7日 (土) 19:47 (UTC)
僕が言う、「~の?」を「~だ?」というのは、「書いたの?」を「書いただ?」と言ったり、「どこが悪いの?」を「どこが悪いだ?」と言ったりすることです。これは静岡や遠州で使う方言です。
それなので、「するだ?」は「するの?」になります。(例)勉強するだ?→勉強するの?
その使い方は、三河や名古屋でも使いますか?
デビット 2006年1月8日 (日) 16:17 (UTC)
はい、そのつもりで答えました。こちらでは「どこが悪いの?」を「どこが悪いだ?」とするだけでなく「書いたんだよ」を「書いただよ」としたりもするので、「?」の有る無しは関係ないと思って省略しました。三河および尾張南部(主に知多半島)で使います。名古屋市内ではあまり言わないようです。mononohazumi 2006年1月8日 (日) 07:48 (UTC)
そうだったんですか、すみません。こちら遠州でも「書いたんだよ」を「書いただよ」としたり、「これでいいんだね」を「これでいいだね」としたりしますよ。これは方言の関係でしょうか?それとも話し言葉と書き言葉の関係でしょうか?
普通、「だ」(関西では「や」)が省けるのは、動詞や形容詞のときで、「だ」が付くのは名詞や形容動詞のときですよね。それなので、「時間ぞ」とか「車よ」とかは正しい日本語ではありませんね。名詞のときに「だよ」の「だ」を省くのは女性っぽいですけどね。
それなので、「眼鏡かけくんてもいいら」だと「眼鏡をかけなくてもいいでしょ」になり、「眼鏡かけんくてもいいだら」だと、「眼鏡をかけなくてもいいんでしょ」になります。
なので、「作ったに」より「作っただに」の方が「作ったんだよ」という意味になるので自慢するときに使います。
僕が小学校低学年ぐらいのときは、よく「いかんだに~、い~かんだ い~かんだ 先生に言ってやろう」って聞いたんですが、名古屋の小学生でも「いかんだにー」はよく使うのでしょうか?
これは地域によっては、「い~けんとばい いけんとばい せ~んせいにゆうとうこ」とか「い~けんのべ~ い~けんのべ~ せ~んせ~にいっちゃ~ろ~♪」と言うそうです。
標準語だと「い~けないんだぁ~ いけないんだぁ~・・・・・」になると思いますが、名古屋バージョンだとどうなるのでしょうか?
後、思ったんですが、「いけない」を「~ん化」したら「いかん」じゃなくて普通は「いけん」なると思われるのですが、なぜ「いかん」と言うのでしょうか?
関西では「あかん」、岐阜とかでは「いけん」になるみたいですが、名古屋では「いかん」って言うのですか?それとも「あかん」って言うのですか?
金沢では「あほだらまぬけ」、遠州では「あほとろまぬけ」と言いますが、名古屋でも「あほとろまぬけ」って言うのですか?
「とろ」という言葉を覚えたのは、僕が小学校低学年のときで、覚えた理由は、道徳の時間に先生が黒板に、悪いから使ってはいけない言葉を書いたときに、とろと書いたからです。
僕が小学校のときは、「とろい」は標準語かと思ってましたし。
「とろ」は「とろい/とろくさい」から来ているのですよね?「とろ」は「とろい」から来ているんだなって気づいたのは去年です。(笑)なにせ、悪い言葉はあんまり使いませんので。
方言って本当おもしろいですね。
デビット 2006年1月9日 (月) 14:22 (UTC)

(あんまり右へ行き過ぎたので戻して)私が小学生のころは「い~けないんだ、い~けないんだ」でした。なぜか標準語式です。そもそもこのフレーズの出自が気になりますね。テレビか何かから始まったのでしょうか。そちらでは方言に訳されているんですね。

「あほとろまぬけ」のように3つ並べた形式は聞いたことがありません。こちらでは「たわけ」という語もあります。あと、「とろい」は言いますが、「とろ」のようには頭だけでは使いません。

名古屋では「いかん」または「かん」です。方言と共通語で形が違ったら方言の形のほうが古いことが多いので、むしろ、

  • 「いかん」を「~ない化」したら普通は「いない」になりそうなのに、なぜ標準語では「いない」というのか

を考えるべきだと思います。でも、なんででしょう?

mononohazumi 2006年1月9日 (月) 07:40 (UTC)

なぜ、静岡と名古屋で話されるのに遠州、三河で話されていない方言の語彙があるか理由が何となく分かりました。
ちょうど、図書館で磐田地区(遠州)の方言の本を見ると、「なりき」という単語が載っていました。
現在、「なりき」は静岡では使ってるようですが、遠州ではあまり使っていません。静岡弁のページだと「なりき」が載ってることが多いのですが、遠州弁のページだと「なりき」が載ってることはほとんどありません。
かつては、遠州でも「なりき」は使っていたということです。
そのことから推測すると、「~だねぁ」や「~かしん」はかつては、遠州と三河で使っていたのが、今では使わなくなり、そのまわりの名古屋と静岡だけ離れて使うようになったかもしれないということです。
「~だねぁ」は静岡で使うことは確かです。静岡弁のページでも載っていましたし、愛知万博で静岡の紹介をしたときに、静岡弁トークの際に、「~だねぁ」を使っていました。
名古屋の人がそれを聞いたら、「えっ?だねぁは名古屋弁なのに静岡でも使われてるの?」って思うかもしれませんね。
遠州では、「~だねぁ」や「~かしん」は使わないのは確か(ひょっとしたら使ったり)だと思いますが、三河はではどうなんでしょうかね。
静岡県湖西市は愛知県との県境なので、言葉も三河弁独特な方言を使います。
僕が住んでる地域(磐田市)では三河弁の「りん、のん、ほい」などは使いません。
むしろ、湖西市では遠州弁ではなく三河弁が話されていると言った方が近いですね。
湖西市では遠州弁ではなく三河弁が話されているということにしましょうか?
言境と県境は本当に一致するとは限りませんね。むしろ、遠州弁と三河弁の境は、湖西市か新居町あたりでしょうね。
浜松市旧三ヶ日町も愛知との県境ですが、そこも三河弁独特な方言は使うかどうか分かりません。
遠州弁と静岡弁の境はどこなんでしょうかね?
デビット 2006年1月28日 (土) 20:37 (UTC)


実態に合わせて一般的な方言の分類を変更すると一時期の三河弁のページのように荒れる原因になりかねないので止めておいたほうがよいと思います。
遠州弁と静岡弁の境は……浜名湖でしょうか。あてずっぽうですが、川や湖を境に言葉が変わることが多いそうなので。こちらでは木曽川を境に見事に名古屋弁と関西弁が切り替わります。
「~だねぁ」や「~かしん」についてはよく分かりません。そうかもしれないとは思いますが。江戸言葉の「~じゃねえ」や共通語の女性言葉の「~かしら」も元は同じものでしょうね。三河弁が共通語の土台になったということがこちらではよく言われるのでそのせいかな、とも思いますが、共通語の土台になったと声高に言うとこれも荒れる原因になるようです。
mononohazumi 2006年1月28日 (土) 22:47 (UTC)
今思いつきましたが、昔の三河の人たちが「名古屋みたいな話し方してたまるか」と意図的に「~だねぁ」や「かしゃん」の使用を避けた結果かもしれません。三河と尾張名古屋は伝統的に対抗意識がありますから。mononohazumi 2006年2月1日 (水) 12:07 (UTC)
だいぶずれてきてしまうので、ずらしなし(ずらさず)、書き込みますね。
遠州弁と三河弁の境は静岡県と愛知県との県境ではなく、浜名湖だと思います。
浜名湖の場所を知っていますか?愛知県と静岡県の県境近くにある湖ですよ。どうして遠州弁と静岡弁の境が浜名湖になってしまうのですか?(苦笑)
僕が住んでる磐田市では使わない三河弁の単語は、「のん、ほい、~りん、~ことない?」なでです。
なので、のん、ほい、~ことない?の使い方がよく分かりません。~りんの使い方は、三河弁のページを見て覚えました。
方言比較表で軽い命令の遠州弁のところは、「連用形+りん、連用形+ごー」になっていますが、~りんは湖西市あたりでは使うようですが、僕が住んでる磐田市では使いません。湖西市では遠州弁ではなく三河弁が話されてることにしますと、軽い命令の遠州弁のところは、連用形+りんを消して、連用形+ごーだけにしなければなりません。~してごらんの「ごー」は磐田市から静岡市にかけて使うようですが、浜松市ではどうか分かりません。浜松市では、りんだけ使っているのか、ごーだけ使っているのか、それとも両方使っているのか、両方使っていないのか分かりません。
なので、遠州弁のところは、連用形+ごーだけにしようか、「連用形+りん、連用形+ごー」でいいのか悩んでいます。
遠州弁と静岡弁の境は大井川だったり。そういえば、天竜川を境にして使ってるか使っていないかを区別ができている遠州弁の単語もありますよ。
中部地方(北陸も含む)の広い範囲で使う、「けったー」(自転車)は僕が住んでいる磐田市では使いませんが、浜松市では使うようです。
ちなみに、磐田市と浜松市の市境は天竜川ですので、「けったー」の境も天竜川ですね。他にも天竜川を境にして使うか使わないかの区別ができている遠州弁の単語もたくさんあります。
「けったー」は遠州弁のサイトを見て覚えました。なので、「けったー」の発音がよく分かりません。~してごらんの「~ごー」も天竜川を境にしていると思いますが、もしそうだったら浜松市ではごーは使いませんね。
そういえば、親が三ヶ日町(現:浜松市)出身の友達に、「ったーって知ってる?」と聞いたら、「けっーじゃないの?」って発音を直されました。(苦笑)
三ヶ日は浜名湖に面していて、愛知県との境なので、言葉も湖西市と同じく三河系や関西系の言葉を使います。
三ヶ日の名残でその友達の祖父や祖母はよく、関西系の言葉を使うようです。
確かに、湖西市や三ヶ日は関西系の言葉を使うようです。湖西市出身の先生が関西弁で有名な「なんぼ」って使ったのでびっくりしました。
しかし、「~へん」や「~なんだ」は地元出身の僕の親とか地元出身の先生も使っているので、関西弁の単語が天竜川を越えて磐田市でも使っていることがあります。
浜名湖より東の浜松市に住む学生が湖西や三ヶ日の高校を通うと、学校内で地元出身の人と話をしていると、「同じ静岡県でしかも同じ遠州なのに、なんでこっちと言葉が違うんだよ!」ってびっくりしたこともあるでしょうね。そうなると、浜松市に住む中学生がもし、湖西や三ヶ日の高校に通うのなら、三河系や関西系の方言も覚えておかなければなりませんね。
浜松では「いる」、湖西では「おる」って言いますし(笑)
僕も実は、中学3年生で高校は地元の高校へ通う予定ですので、三河系や関西系の方言を覚えなくて安心です。
僕のクラスで浜名湖より西にある新居高校へ通う予定の人がいますので、その人は三河系や関西系の方言も覚えておかなければなりませんね。
mononohazumiさんは豊橋の高校へ通ったんですよね?高校生活の中で友達と話をしていて方言のことで苦労したことってありますか?
デビット 2006年2月3日 (金) 18:10 (UTC)
(署名の字下げ修正しました。今度は逆方向にずらします)
浜名湖の西を遠州というのだと勘違いしていました。勉強不足でした。ごめんなさい。
高校は地元でしたよ。豊橋へ行ったのは大学時代です。ただ、地元の高校とはいっても中学までとは違って他の地域から通学してくる同級生がいたので中学までとは随分違いましたね。前にも書きましたが、先生方も訛りが強い方が揃っていて、興味が尽きませんでした。
方言で苦労した記憶は学生時代にはありません。当時は安易に真似したりして楽しんでいました。
方言で苦労したのはむしろ最近ですね。少し前に名古屋市より北の岐阜県に近いところから来ている人と職場で一緒だったのですが、私が知多弁で話すと聞き返したり笑ったり(失礼な!)するので閉口しました。その前の職場は地元の人ばかりだったのでどんなに訛っても通じないことは無く、知らないうちに訛りが強くなっていたようです。そのとき気づいたのは私は敬語でない共通語が話せないということです。敬語や書き言葉なら平気なのですが、対等な話し言葉の共通語はどうにも気恥ずかしくて話せません。
mononohazumi 2006年2月3日 (金) 13:11 (UTC)
最近、受験勉強で忙しいので久々に書き込みをします。
いつの間にか、静岡弁のページができたんですね。
僕も静岡弁のページを編集しようかなと思っていますが、自分自身では遠州弁を話すので静岡弁には自信がないので、迷っています。
そういえば、湖西市や新居町や浜松市旧三ヶ日町などは遠州弁より三河弁が話されていると言った方が論理的ですが、もしもmononohazumiさんが湖西市や新居町等で産まれたら方言バベルは遠州弁か三河弁かどっちにしましたか?
僕だったら多分、迷って遠州弁・三河弁にしてしまうと思います。(笑)
遠州弁と三河弁の境なので微妙なんですね。○○弁と○○弁の境目に産まれた方は方言バベルをどっちにしてるのでしょうかね?それが不思議です。
名古屋でも「~だら?」を「~ずら?」と言うことはあるのでしょうかね?方言のサイトで調べたところ静岡県や長野県や三河地域ではあるようです。
ただし、「~ずら?」は主に年寄りの方しか使いません。なので絶滅するおそれがあります。
名古屋ではどうなんでしょうか?
ある方言のサイトでは「~づら?」になっていましたけど、「ず」と「づ」はどっちが正しいのでしょうかね?
飯田弁のサイトとかを見ると長野県でも「~だに」や「~だら」は使うようです。
そういえば、長野から来た僕が通ってる学校にきた転入生は言葉がこっちと一緒でした。
やはり、同じ中部地方ですからね。「~だら?」と「~ずら?」はどっちが先に発祥したのでしょうかね?発祥地も気になります。
さっき、静岡県のページを見ましたが、名古屋や遠州では語尾に「で」を付けると「~だから」という意味になりますが。静岡では関西と同じく「~だよ」という意味になるそうです!!
僕は知らなんだのでこれは驚きです!!
関西の影響なんでしょうか?それとも意味を誤解してしまったのでしょうか?
「ので」の「の」が無いだけだから、普通、「で」を付けたら「ので(から)」という意味になると思うんですけどね。
本当、静岡って不思議ですよね。遠州や三河では使わない名古屋弁の単語まで使いますし。
どうして、関西では語尾に「で」を付けると「だよ」っていう意味になるのでしょうかね。
関西の影響か、遠州でも「だよ」と言うつもりで「~で」を使う人も多少います。
僕が「意味を誤解」と言いましたが、それはどういうことか説明しますね。
「ほかす」は関西では「捨てる」で遠州では「置く」になりますが、これは遠州人が「ほかす」の意味を誤解して遠州と関西では「ほかす」の意味が違うと僕が考えました。(実際には理由が違うかもしれません。)
そういえば、遠州では「捨てる」を「うっちゃる」って言いますからね。でも、「投げ捨てる」ことを「ほかし投げる」って言いますが・・・・。
「ほかす」は漢字だと「放す」になりますので「放っておく」っていう意味になりそうなので、「置く」という意味に誤解されてもおかしくはないと思います。
なので、「この紙ほかしておいて」と言うと、関西では「この紙捨てておいて」になりますが、遠州では「この紙置いておいて(置いといて)」になります。
遠州では「ほかす」は「置く」という意味になるというのは最近知りました。
僕に教えてくれた方は、実際に、関西で大学生活していたときに、「置いといて」と言う意味のつもりで「この紙ほかしておいて」と言ったら実際に捨てられてしまったようです。(笑)
その方は遠州出身ですからね。
僕は「~で」の使い方が遠州と関西では意味が一緒と思っていましたので、「ほかす」も遠州と関西では意味が一緒と思っていました。
僕は遠州では「ほかす」は「置く」という意味になるということを知らなんだときは、遠州で「ほかす」を使うと「投げ捨てる(ほかし投げると同じ)」という意味になるかと思っていました。
デビット 2006年3月3日 (金) 21:31 (UTC)
湖西市や新居町等で産まれたら、に関しては、一般的な分類で表示する……かな。私も本当は知多弁と表示したいところです。しかし他所の地方の人には違いが分からないだろうから、とりあえず名古屋弁にしています。名古屋弁の記事は標準的な名古屋弁を意識して書いているつもりですが、ちょっと違うところがあるかもしれません。
「ずら」はこちらでは使いません。豊橋でも聞きませんでしたので、少なくとも若者の間では使われていないと思います。
「ずら」か「づら」かはなんとも分かりません。「ず」と「づ」に発音の区別のある方言なら話が早いのですが、静岡だと多分ありませんよね。
「で」については知りませんでした。不思議ですね。
受験勉強というと、高校受験ですね。頑張ってください。
mononohazumi 2006年3月4日 (土) 20:37 (UTC)
ノートのページが長くなってしまうので、納得した過去の文は消した方がいいでしょうか?
別に、消しても履歴が残っていますし。
そういえば、「じゃん」の使い方って2種類ありますよね?(あるじゃんね)
1、~じゃないか(じゃんか=反問・詰問) 2、~だよね?(じゃんね=念押しの疑問)
~だよね?の意味で使うときには「じゃーん」って延ばします。
例1:「もう6時じゃん」(もう6時じゃない(か))*否定ではなく、反問・詰問を表す
例2A:「湖西市ってさぁ、愛知県との県境じゃーん。だもんで、三河弁が話されてるだに。」
例2B:「あそこに時計があるじゃーん。その時計は電波時計だに。」
例3C:「浜名湖って愛知県じゃなくて静岡県にあるじゃんね。」
こんな感じですよね。
「じゃん」は念押しの疑問・反問・詰問の意味を表し、「みんなで行こうじゃないか」という勧誘の意味は表しませんよね。
念押しの疑問の際には、じゃーんと延ばし、文が続きますよね。文が続かない場合は相手に、「だから何?」とか「それで何?」とか尋ねられますよね。
「反問・詰問」の意味で使われる「じゃん」は標準語化されていますが、「念押しの疑問」で意味で使われる「じゃーん、じゃんね」は標準語化されていませんよね?
念押しの疑問の方で使われる「じゃん」の起源は甲州弁という説があります。甲州人が横浜の人に「じゃん」を使ったので横浜弁という説がありますが、じゃんの起源は横浜弁というのは違います。
念押しの疑問の方で使われる「じゃん」の起源って三河弁じゃないのでしょうか??
反問・詰問の意味で使われるじゃんは、~じゃないを「~ん化」しただけですよね。
デビット 2006年3月5日 (日) 21:19 (UTC)
ノートページの内容は基本的に消してはいけないはずです。長くなりすぎた場合は過去ログのページを作るんじゃなかったでしたっけ。……調べてみたらここに書いてありましたが、具体的な方法は英語のままですね。後で挑戦してみます。
三河では「じゃーん」と伸ばすことはあまり無いように思います。私は三河人ではないので自信はありませんが。名古屋ではまず伸ばさない、というか「じゃん」自体を伝統的な名古屋弁では使いません。
「じゃんね」はテレビで一度聞いたことがあります。2年くらい前に住宅リフォームの番組で田中律子が言っていました。出身地を調べた記憶があります。でも、まだ一般的ではないでしょうね。
起源については諸説あるようです。それぞれの地方で「うちが元祖」と言っているようです。私は三河弁が起源だと思っていますが、記事本文に書くと荒れる原因になるので控えています。
mononohazumi 2006年3月6日 (月) 21:09 (UTC)
受験も終わったので、ウィキペディアの編集をがんばろうと思っています。
それで、中部方言というページを作成しようと思っていますが、中部方言と東海東山方言って一緒なんですか?
中部方言は西日本系の方言と東日本系の方言が混ざっていますね。
中部地方全体に共通して使われる方言の単語は「けった」しかないのでしょうか?
「けった/けったー」は中部・北陸地方の広い範囲で使われますが、発祥地が名古屋弁って本当ですか?
天竜川以西で使われるようですが、僕は天竜川以東の磐田市に住んでいますので、僕が住んでる地域では、「けった/けったー」は使いません。なので、遠州弁のサイトの語彙集を見て覚えました。
浜松市では使っているようです。
西三河は「けった」で東三河は「けったー」っていう説は本当でしょうか?ちなみに、西三河が「だら」で東三河が「だらあ」っていう説は違っていましたよね。
でも、その遠州弁のサイトの語彙集では、「けった/けったー」になっていたので、三河や遠州では確かに、けったーって延ばすかもしれませんね。
けったーって延ばすのは、「蹴った」と聞き間違え防止なんでしょうかね?
「車校」の発祥地は名古屋弁だったんですね。
浜松では、自動車学校のことを「自校」と言ったり「車校」と言ったりするので、なんで二つの呼び方があるのかな?って思いました。
でも、○○自校と書いてあることが多いので、自校って言う人の方が多いと思います。
名古屋では、~ずに(~ないで)を~なしって言うことってあるのでしょか?
例)朝ご飯を食べなし出かけた。→朝ご飯を食べずに出かけた。
そういえば、方言比較表で、「言境と県境は全く一致するとは限らない。」と書いてありますが、全然は確かに打ち消しが入るのが普通なので、「全然~ない」が正しいのですが、全くの場合でも打ち消しの「全く~ない」が正しいと先生から聞きましたがそれは本当でしょうか?
もし本当なら、「全く一致する」は正しい日本語ではありませんね。
ちなみに、僕が受験した私立高校の国語のテストの文章問題の文では、全く~するという感じで、全くを肯定系で使っていましたので、全くの場合は、全然と違い、打ち消しじゃなくてもいいってことでしょうかね?
確かに、言境と県境は全く一致するとは限りませんね。「おる」と「いる」の境は、静岡県と愛知県との県境ではありませんし。県境に近いんですけどね。
でも、愛知県の東側は静岡県との境だから遠州弁が話されているのではなく、静岡県の西側は愛知県との境だから三河弁が話されているっていうのが不思議ですよね。
遠州弁より三河弁の方が強かったからでしょうかね。
笑かすって標準語なんですか?その遠州弁のサイトの語彙集では、「笑かす」が載っていましたけど。
静岡や愛知で使う方言なのでしょうかね?
ちなみに、僕が住んでる地域では、「笑える」ということを「笑ける」って言う人もいます。
それも方言でしょうか?
なんかカ行五段活用動詞の活用になってしまっていますね。
「笑わせる」を「笑わす」と言ったり、「書かせる」を「書かす」と言ったり、使役動詞の「~せる」を「~す」と表すのは方言の関係でしょうか?
使役の場合は、「さ入れ表現」もありますね。
「~す」の場合で使った使役の受け身では、「飲まされる」になり、「~せる」の場合で使った使役の受け身では「飲ませられる」になりますよね。
但し、「飲まさせられる」は「さ入れ表現」ですよね。
デビット 2006年3月11日 (土) 21:46 (UTC)

受験お疲れ様でした。

中部方言の項目は難しそうですよ。自分の住んでいる地域の方言は自然と覚えていますし、本に書いてあるのと違っても「現に今はこう言っているんだ」というだけのことですが、中部方言という大きな括りまでいくと色んなそれぞれの地方の人から反論が出そうです。特に「新説」を発表したりすると荒れる原因になるので無難にまとめて下さい。

中部方言と東海東山方言が一緒かどうかは分かりません。

ケッタ以外にも「疲れた・だるい」という意味の「えらい」も割りと広い地域で使われていると聞いたことがあります。方言と意識しないような方言語彙に、広い地域で使われているものが他にもありそうな気がします。

ケッターと伸ばす形は私は聞いたことがありません。

ケッタや車校が名古屋発祥かどうかは分かりません。

「~ず」を「~なし」と言うことはありません。「なんもしなしに」(なにもしないままで)というふうに「なんも~なしに」という形では聞きますが、どんな動詞でも入れられるわけではなく、「する」以外には「着る」が入っている形しか耳にしたことがありません。慣用句として痕跡的に残っている程度のようです。

「全く」については私は問題ない表現だと思いますが、正しい・正しくないの問題以前に「全く」だと「一致するとは全く限らない」という意味に解釈できなくもないので、「完全に」に置き換えたほうがよさそうですね。

静岡県の西側で三河弁が話されているという考え方はどうでしょうか。似てはいても違う方言として扱ったほうが良くありませんかね。なんだか荒れる原因になりそうです。荒れる心配ばかりしていますが。

笑かすは方言だと思います。変換できませんし。名古屋では「笑わす」より一般的です。笑けるも言います。

「~せる」を「~す」というのは方言とまではいかないと思います。連用形ですが、例えば「任して」などは『天空の城ラピュタ』にも登場します(さっき観ました)。これは本来は「任す」の連用形です。終止形が「任せる」ならば単純に規則を当てはめると「任て」にならなければおかしいところですが、「任して」のほうが一般的なようです。終止形は共通語では「任せる」が優勢なようですが、「任す」が全く使われないわけでもないようです。

さ入れ表現は名古屋でもよく耳にします。……が、名古屋弁の項目には書いてありませんね。書いておきます。

mononohazumi 2006年3月11日 (土) 21:48 (UTC)

ケッタ[編集]

語源は1980年頃のオールナイト日本らしい 最初はケッタグリマシンだったそうだ 詳しい情報求む by らあご --210.230.221.200 2006年6月29日 (木) 03:46 (UTC)

自転車? 「ケッタマシン」って言っていると思います。足で蹴って飛び乗るから。数ヶ月前(放送日は失念)にNHKの『お元気ですか 日本列島』内のコーナー『気になる言葉』で、詳しくやっていましたが、この地方以外にも使われているとのことでした。あまり詳しくなくてすみません。--Smurakam 2006年7月8日 (土) 16:52 (UTC)
いずれにせよ古い言葉ではないようですよ。モノノハズミ 2006年7月9日 (日) 08:43 (UTC)


やらしい[編集]

祖母が名古屋(正確には清洲)出身だったのですが「気持ち悪い」と意味合いで、「やらしい」と使っていました。私は美濃地方のかなり南の方に住んでいるのですが、名古屋弁でしょうか? 使われた方いますか? ひょっとして美濃弁なのかな?--Smurakam 2006年7月21日 (金) 17:03 (UTC)

「気持ち悪い」にも色々あるので判断がつきません。身体の具合が悪い「気持ち悪い」ですか? 精神的嫌悪感による「気持ち悪い」ですか? 人目が気になる「気持ち悪い」ですか? 最後の意味ならば私(大府市在住)も使いますが、共通語のようにも思います。--モノノハズミ 2006年9月17日 (日) 07:41 (UTC)

きもい[編集]

若者言葉のきもいでなく、「小さくてきつい」という意味の「きもい」です。名古屋弁なのか幼児語なのか、微妙ですが……この言葉が若者言葉に転送されるのがちょっと気に入らなかったので…--by らあご 2006年7月24日 (月) 05:48 (UTC)

私の住んでいるところ(大府市)では全く使いませんが、検索してみると名古屋弁のようですね。らあごさんはどちらにお住まいですか? モノノハズミ 2006年7月24日 (月) 10:23 (UTC)

ほ、住んでいるのは名古屋市内中区熱田区近辺です……一応千種区あたりにでも使っていたようなので、名古屋中心部では、使われていると考えられますが……もう私の年代は、発音等TVに影響されて、殆どのこっていませんよ…イントネーションの違いはありますけどね……--by らあご 2006年7月24日 (月) 12:45 (UTC)

中区と熱田区の境目辺りということでしょうか? 千種区でも使っているとなると、広い範囲で使われているのですね。
テレビの影響は大きいでしょうね。最近ラジオで流れている手羽先のCMも「うめぁ」と発音すべきところを「うみゃあ」と発音していて、しかもそれをしつこく連呼するので非常に耳障りです。こんなものが在名ラジオ局で流れてしまうのが今の名古屋弁の現実だと思うと悲しいものがあります。
モノノハズミ 2006年7月24日 (月) 21:57 (UTC)

員弁から、日進、岐阜の人の話のHPは確認できました。brogなのでWiki資料にはなりませんが……追加しておきます。--by らあご 2006年7月26日 (水) 01:49 (UTC)