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ノート:少林寺拳法

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中国の少林拳とは関係ない、について。 宗道臣が中国で学んだ拳技を元に創始した、というのは公式にも書かれていることですが、この拳技が「北派少林義和門拳」という、少林拳系の拳法だ、という話があります。どうでしょうか?

中国で学んだ拳法を元にして創始したということで、その流れは継いでいるんでしょうね。
ただ、少林寺拳法は技法など異なる部分の多いものでありながら、名前から少林拳そのものと同一であると勘違いされる事が多いです。
ですので、記事本文中では関係ない、別のものであるという立場を強く打ち出しているのではないでしょうか。 細かい表現などは一考の余地があるかもしれません。--Snow steed 2004年12月26日 (日) 05:24 (UTC)[返信]

Snow steedさん、フォローしてもらったような形ですみません。 その辺の事を言いたかったのです。 あと、ちょっとだけ、もし上の発言を読んで気分悪くされた方がいたら、ごめんなさい。 記憶違いかもしれないですけど、少林寺だかに記念碑か何かが残ってるとかいう話があったような気がしたので、関係ない、のかな、と思っただけです。 少林拳とは全くの別物である、とか書けばいいのになぁ、くらいな感じでの発言でした。 --一番上のを書いた人

表現を変えてみました。私も詳しくはないので、まだ修正の余地は有ると思います。--Snow steed 2004年12月26日 (日) 23:54 (UTC)[返信]

少林拳とは関係ないのですが、宗道臣自身が中国で義和門拳等の中国武術を修めたのは事実だと思います。あと嵩山少林寺に『日本少林寺拳法記念碑』というのは存在します。あと「少林寺」という名前を使うために中国の嵩山少林寺や中国政府に多大な寄付をしているそうです。私の少林寺拳法の解釈は、開祖が平和日本に合った武道の為に、中国武術を軸として日本古来の柔道や柔術などもエッセンスとして加えた「護身の為の武道」だと考えています。創始当時の開祖の考えと現在の社会状況から来る本部の考えはどうしても異ならざるを得ないようです。だから難しいことは考えず、楽しく修行できたら良いですね。まだまだ私も修行不足の若輩者ですが、一般人からも誤解の無い内容が書けるように協力していきましょう。 。--いち拳士 2006/03/30 2:50

  • 義和拳は別名を「梅花椿」とも称し、現在でも僅かですが台湾などで伝承され続けられております。

その形態は独特で地上に木の杭を打ち付けて、その上を歩いて(走圏)、二人以上の複数人で套路(型)を行う (型を行う者同士が接近した場合は再び離れるまで散手(組手)を行うそうです)など、他の中国武術にはあまり見られない特異な体系を有しています(現在は杭を打つスペースが取り難いので、駐車場の白線の上で練習するなどして代用しているそうです)。またこの門派(流派)は、かっては形意拳八卦掌とも交流が篤く、その為か自分たちを少林派では無く武当派内家拳であると称しております。書物によっては八卦掌の流れを汲むなどとも解説されており、間違い無く少林拳の一種では無いとのことです (ですが左右連続で激しく旋風脚を繰り返すなど、一般的に思われる内家拳の姿とは隔絶した印象があるそうです)。 これとは別に「少林梅花拳」、「梅花蟷螂拳」という少林系の門派もありますが、それらは義和団の拳ではありません。ただ、義和団の乱は当初、義和拳を学ぶ人々が中心に起こした愛国的外国人排斥運動でしたが、 義和団の団員以外にも李存義など、他門派の多くの武術家たちも戦闘に参加したといわれていますが、 これは後に清朝に味方して近代化に抵抗した、時代を逆行させるような運動だったと、 否定的な評価をされましたので、 あまり名誉なこととは思われず、 辛亥革命以後に大っぴらに義和団の乱に参加したと述べる武術家は稀でしたそうです。 ですので宗道臣先生の師父が義和団の乱に参加された武術家であった可能性は否定できないと思います。

2006/08/05 13:11 ヨシ太郎。

少林寺拳法の創始者、宗道臣師家が中国で習得されてきた拳には北少林義和門系、阿羅漢之拳(あらはんのけん)というインド伝来、達磨大師が出現してきます。インドから少林寺に修行にきた大師ですがこの辺までになると崇山少林寺よりも前になってしまいます。ただ、この阿羅漢之拳が少林寺拳法に取り入れられていることは間違いないようです。 宗道臣師家は崇山少林寺において、義和門拳の法脈継承の儀式を昭和11年に受け、北少林義和門拳第21代宗師家となった。その際、宗道臣師家は達磨大師と崇山少林寺に大変感銘され、帰国した後、昭和22年10月25日、香川県多度津に金剛禅総本山少林寺を設立された。--少林拳士 2008年2月14日 (木) 17:36 (UTC)[返信]

宗道臣初世が中国で習得してきた拳の中に少林拳は含まれているかどうか。北少林義和門拳は少林寺の拳の主流であるという説があります。であるならば少林寺拳法の中に少林拳の要素が含まれていると考えるのが自然です。しかし、現在の少林寺拳法連盟に少林寺拳法と少林拳との関係を尋ねたとしたら、否定されるとも思うのです。それは、下記の訴訟も理由のひとつであり、初世が北少林義和門拳の法脈継承されていても、故人であること。発祥の段階では関わりがあったけれども、現在はその形を変え、嵩山少林寺と少林寺拳法は親睦、親善関係にあり、なおかつ少林寺拳法は日本発祥の武道であることも間違いないのである。また、下記訴訟は宗道臣初世よりも古く、嵩山少林寺の少林拳を日本に伝えた武道家がいたことを認定したもので、それ以外なにものでもない。そしてまた、残念ではあるがその不動禅少林寺流拳法は継承されることなく、流派はちりじりばらばらになってしまっている現況がある。--王龍虎 2008年2月24日 (日) 12:55 (UTC)[返信]

1985年、不動禅少林寺流拳法との訴訟が最高裁で棄却されたことが、少林寺拳法が日本の武道であるという立場を明確にさせたと思う。 先の訴訟はシンボルマークの卍や達磨大師の教えを継承する点で、重複し、日本少林寺拳法連盟が不動禅少林寺流拳法を不正競争防止法(卍、達磨大師、少林寺という部分が日本少林寺拳法と混乱を招く畏れがある)を法原に訴えたが最高裁が日本少林寺拳法連盟側の訴えを棄却したもの。不動禅少林寺流拳法は九州、熊本地方を拠点としていて、今現在も卍をそのシンボルとし門下生がいる。最高裁の判決は宗道臣師家よりも昔に崇山少林寺伝来の拳法を日本に伝えたのは不動禅少林寺流拳法であることを認定した。それを受け、日本少林寺拳法連盟は日本で確立、創始した武道である点を明確にする事になった。そして、シンボルは卍から双円へと変わり、日本九大武道のひとつになっている。 つまり、少林寺の少林拳の継承は不動禅少林寺流拳法に委ねられた。最高裁で日本少林寺拳法側の訴えが棄却されていなかったならば、不動禅少林寺流拳法は存続していないことを付け加える。--李王龍 2008年2月15日 (金) 14:46 (UTC)[返信]


「単一流派としては日本最大の会員数を誇る。」とありますが、講道館柔道よりも多いのですか?

調査できておりません。訂正します。会員数は、年ごとに増減がありますので削除します。

開祖、宗 道臣は「北派少林義和門拳」を継いでいます。 崇山少林寺にて伝法の儀式をしたとのことです。 このあたりはカッパブックスにも書かれています。 それより、このノートで比較しているはずの「少林拳」との関係より、 少林寺拳法では「印度伝来」の「阿羅漢乃拳」を強調しています。 --Komohi2222 2011年11月15日 (火) 13:02 (UTC)[返信]

「教え」の項目は、金剛禅のひとつひとつの側面をとらえているものの、「象さんのしっぽ」をつまんでいるようなものです。 人間はなぜ悩むか、先祖まつりと迷信なども含め、金剛禅/少林寺拳法が何を教えようとしているのかを 今後書きたいと思っています。 --Komohi2222 2011年11月15日 (火) 13:54 (UTC)[返信]

「少林寺拳法」はこのWikipediaでは「スポーツ」に分類されているとのことです。 英語版の「Shorinji Kempo」は武道に分類されています。 ここで「釈尊の教え」にまで踏み込むと「金剛禅」と呼ばれている少林寺拳法グループの 宗教法人の領域になりますので現段階では控えたほうが良さそうです。--Komohi2222会話2013年7月4日 (木) 14:18 (UTC)[返信]

すべて中野理男(宗道臣)氏自身書いたことですよね?客観性が全くありません。中国武術研究科の松田氏や笠尾氏ら第三者による検証で、義和門拳という中国武術は中国に存在していないこと、恐らくは義和団事件の残党が義和門と称していたにすぎないことがすでに明らかにされています。また、梅花拳ともまったくちがっていますし、そもそもこの中国武術自体が近代にまとめられたもので伝統的なものではありません(オリジナルに近いものは前からありましたが)。
日本少林寺拳法が中国の少林拳とは何の関係もないことは、もう25年以上前、30年近く前に専門の方々が調べて指摘されています。
記事において客観性を重視するのであれば、こうした第三者からの指摘を含めて記すべきです。骨法も同じですね。
インチキ武道とは言いませんが、戦後の混乱期の中で創始された現代創作武道であることは中野氏も認めておられるところです。その点は明記すべきでしょう。--以上の署名のないコメントは、163.58.157.70会話/Whois)さんが 2018年11月6日 (火) 20:23‎(UTC) に投稿したものです(侵入者ウィリアム会話2018年11月6日 (火) 20:58 (UTC)による付記)。[返信]
コメント 「中国武術研究家による検証」があるのでしたら、出典明記(書籍名や雑誌名、ページ番号などを示す)の上でそのことを加筆すればよいと思います。Wikipedia:出典を明記するWikipedia:中立的な観点をご覧ください。出典が示せないのであれば、それは加筆すべきではありません。--侵入者ウィリアム会話2018年11月6日 (火) 20:58 (UTC)[返信]

「盾卍」の統合について

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盾卍の記事を少林寺拳法に統合することを提案します。理由は、盾卍は少林寺拳法でかつて使われていたマークであり、盾卍の記事のこれ以上の発展が望めないため、少林寺拳法の記事で扱うのが適当だと考えるからです。--春野秋葉Talk / Cont. 2007年3月4日 (日) 11:30 (UTC)[返信]

反対意見がなかったので統合しました。--春野秋葉Talk / Cont. 2007年3月17日 (土) 22:32 (UTC)[返信]


大拳士について書きたいと思います。関連新規ページの提案です。 少林寺の階級制度は少林寺拳法を修行しているものに対し金剛禅総本山少林寺管長より允可される正式の資格や称号、拳の修行進歩を表す武階と精神面の成長を表す僧階と両者を総合した、拳禅一如の修養の階級を表す法階 の三種類がある。


1.武階 学科と実科による。見習→六級→五級→四級→三級→二級→一級(六級から四級は年少部)               

              初段→二段→三段→四段→五段→六段→七段→八段→九段


2.僧階 宗教法人金剛禅総本山少林寺僧侶としての階級。

         少導師→権中導師→中導師→権大導師→大導師→権少法師→少法師→権中法師→中法師→権大法師→大法師

     (二級~九段)


3.法階 初段以上鎮魂行を本山にて一週間以上の合宿に参加、少林寺拳法部員などで道院に籍をおかない者対象。           准拳士→少拳士→中拳士→正拳士→大拳士→准範士→正範士→大範士→師範          (初段~九段)

                          以上です。--少林拳士 2008年2月14日 (木) 17:36 (UTC)[返信]