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ノート:慰安所/Archive 1

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

<建設的な議論と編集の為に>(米国版にならったメッセージです)

Wikipediaの方針を守ってください
独自研究は禁止です中立的観点で検証可能性を大事に
発言には必ず署名をしてください
~を4つでOK/新しい投稿は基本的に下に追加してください/新人でわからないことがあったらWikipedia:コミュニティ・ポータルを見て
マナーを守りましょう
個人攻撃は禁止です/議論は冷静に/よい百科事典を作りましょう

--以上の署名のないコメントは、OzuYasu3rou会話投稿記録)さんが 2007-04-10 14:38 (UTC) に投稿したものです。

以上は利用者OzuYasu3rouが現在米国Wikipediaの慰安婦に貼られている注意書きを書き写したものです。OzuYasu3rou 2007年4月23日 (月) 12:32 (UTC)

(以上の注意はローカルルールとしての合意ではありません。しかし、良くリンク先を読んでおくことをお勧めします。)

しかしまず、人類の一人としての常識をもちましょう。

ウィキペディアが世界の知を一方方向に限定するものとなれば、百科事典の理念に反し、社会悪となります。

ウィキペディアは知の支配の道具などではありません。

そのための中立とは現在日英ともに、ニュートラル以外の特定の立場をとらないこととされています。(ニュートラルとは中心的な立場という意味ではありません)

三大方針の中でも中立(ニュートラル)は各国のウィキペディアについて唯一共通の基本であり、三大方針は英語の(Wikipedia:ウィキペディアは何でないか)から発展して、日本語版で借りてきたと見られています。基本を理解してください。

日本語版の集積については、Wikipedia:中立的な観点をときに自分で読み直すことも必要です。

(かんたんに要約すれば、中立を重視するのは、それが客観性に通じるからであり、いろんな立場を公正に取り扱うことを意味しています。それが世に認められていくウィキペディアの方針だ、ということに反対者がいません。)

日英共に、中立とは具体的には、少数意見を排除しないこと、競争相手のない立場を飾り立てることは必要でない、とされています。英語版では、平面地球説さえもわずかな比重で言及されています。

参考; 英語版創設者の現状感想 1 2

日本語版については、以下のような具体的集積があります。

Wikipedia:編集方針(他人の書き込みの削除についてなど)

激しい議論が予想される場合。Wikipedia:論争の解決

―――――最後に、何か変だと思ったら―――――

Wikipedia:ウィキペディアは何でないか)>ウィキペディアは百科事典であるという根本に戻って判断してください。

--以上の署名のないコメントは、如月の弥会話投稿記録)さんが 2007年4月22日 (日) 23:11 に投稿したものです。

冒頭部について

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書き直し理由。

>「最近の研究では南京大虐殺などでの大量の強姦、中国などの占領地で見られた女性民間人の監禁と継続した強姦、と並ぶ日本軍による性犯罪の一つと考えられている[1] 。」

これは無意味。軍の大性犯罪というのが最近になってでてきた主張でもなく、各地の強姦発生との繋がりが最近出た説でもなく、初めての読者に誤解させたあげく、残る理由無しに一つだけの研究を冒頭で代表として出すことになり、ふさわしくない。ということで、各地の性犯罪との関係は1993の政府文書から取ってきて、主張の部分は主張らしく書き直しました。--如月の弥 2007年4月4日 (水) 15:07 (UTC)

2007年4月5日23:52版について

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2007年4月5日 (木) 23:52の版に異議があればノートで理由をしめし、主張を裏付ける出典を明らかにしてください。OzuYasu3rou 2007年4月6日 (金) 14:02 (UTC)

すべて既出。
履歴に100%断定することは資料と矛盾すると書いている。民間の慰安所が在ったにもかかわらず、「多く」を消して「日本軍が設置」とのみすることがそれに当たるのは明白。また、あなたの書き込み文は「明らか」という言葉がすべての研究の行き着くところと読ませてしまうが、一方的に他を無視した主観情勢に過ぎない。だから客観的に表現を変えた。
また慰安所が始めに設置された時点で、重大な人権侵害だと印象させたい位置にある。私の書き込みを消したのもそのせいだろうが、私の書き込みの資料は、吉見の「従軍慰安婦」から来ている。あなたがノートに書いているだろう。
あなたこそ、根拠無く他人の書き込みを消去している。前述のように自分で提供した資料を無視したのもだが、あなたが行なった、「多く」を消して「すべては日本軍が設置した」ように変更したことの、根拠はどこにある?
根拠無く100%断定するなと書いたのに、以上のように根拠無く断定した表現に編集している。このノートでもその理由を示していない。ルール無視はあなたの方だ。
追加。もっとも初歩的なルールとして、「あなたの文章が他人によって自由に編集・配布されることを望まないならば、投稿を控えてください。」とある。こちらは、断定表現をマイルド化しても消してはいない。しかし、あなたは、何の説明もなく記述内容を消し去った。悪質行為と自覚すべきだ。--如月の弥 2007年4月7日 (土) 07:08 (UTC)
コメントを反映して修正しました。1.吉見の本を参考に書き換え 2.吉見の本では特殊慰安所という言葉は確認できなかったので特殊を削除 3.研究状況が明確になるよう記述を修正しました。/「2007年4月5日23:52版」で全体が大きく加筆され冒頭文の位置づけも変わったのでノートの記入場所も新しくしたのですがご理解いただけず残念です。現在では慰安婦とは重大な人権侵害であることは秦以外の研究者では同意されています。もし「資料と矛盾する」と考えているなら具体的にその場所と資料名を明らかにしてコメント下さい。OzuYasu3rou 2007年4月7日 (土) 14:12 (UTC)(追記 念の為に書くが喧嘩ではないので異論があれば論理的・具体的に指摘下さい)
全体をみてちょっと偏りすぎではないですか??参考書籍にしても、バウネットのものや朝鮮系の書籍、吉田や吉見のものとか特定の思想の元に書かれています。また、証言などをもとにしたものばかりで、裏づけが少なく客観性にかける部分が多い。--以上の署名のないコメントは、221.244.38.162会話/Whois)さんが 2007年4月8日 (日) 16:59 に投稿したものです(OzuYasu3rouによる付記)。

提案文(原案)

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以下の線内を冒頭文と提案しておきます。 この文の基本は百科事典だということ、その事象の誕生と背景について語ることは当然です。まして、後の激戦時代になると、記述が立場の宣伝によって混乱させられる可能性が多いので、異論の少ない初期だけはしっかり具体的に叙述しておくべきだと考えます。読む人総てが政治的興味のために読むわけではなく、女性や歴史の営みへの広い興味のためにも読んだりします。そういう広い視野と行き来するのが百科事典です。


慰安所(いあんじょ)とは、多くは旧日本軍が設置した特殊慰安(→売買春に変更)施設である。
1930年頃、日本は性病防止の観点から公娼制度を維持していたが、中華民国は上海租界の公娼廃止に向かっていて、現地の日本軍は料理店・酌婦という名での公娼制度を維持していた。1932年の上海事変の際に駐屯する日本軍が増えたため、海軍によって貸座敷(売春施設)を軍専用とする形で設置された海軍慰安所が始まりと言われ、陸軍もこれを参考にしたと言われている。
1938 1936年の時点では、軍直営の慰安所の他、民間の酒保・慰安所がある程度多くあった。当時の民間と見られうる中にも軍下兵専門の業者があり、性病の健康診断に軍及び警察が立ち会ったりしていた、という。
上海などでは取り締まりの厳格さのために新規営業を認めない方針であったが、1938年以降、日本軍占領地域での犯罪の防止と治安維持のために、軍直営でないが軍人専用の特殊慰安所の設置が始まり、また大きく数が増える。[1]
1941年の太平洋戦争開始に伴い太平洋地域へ拡大したと考えられている。[1]
1990年ころから台頭した慰安婦問題と関係して多くの研究がされている。慰安婦の扱いについて、慰安婦証言と軍の圧制下だったという視点からの研究は多い。2003公刊の尹明淑のまとめた博士論文では、貧困社会のそれまで公娼制度の延長である売春施設とされていたものに対し、女性への甚だしい人権侵害であったという事が明らかにされつつあるという。[2]
なお、英語でcomfort stationと訳する人々が多いが、これは米語の手洗い=公衆便所の意味であり、日本語の蔑称としても場所ではなく女性に対するものなのでずれが生じる。固有名詞としての直訳形はthe Comfort Place である。
  1. ^ 従軍慰安婦 吉見義明 岩波書店 1995
  2. ^ 日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦 尹明淑 明石書店 2003(一橋大学社会学博士論文 を出版したもの)

資料は既出。(本文ページの下参照)(吉見の分なども含む) --如月の弥 2007年4月14日 (土) 15:19 (UTC)


以下の理由で冒頭文に反対し、細部は同意可能ですがとりあえずrevertしました。異論あれば指摘していただけるとありがたい。

  1. 特殊慰安施設とは何ですか?これでは慰安所とは何かがわからず、ただの言い換えになっている。そうした説明がまず必要です
  2. 1930-1938年まで詳しいが後はあまりに説明不足でバランスに欠ける、こうした経過を経た説明をするなら1945年まで同じような密度で行うべきです
  3. 引用[1]は原資料でありこの文献だけでは何も説明できていない、従って出典が不明です
  4. 「多くは」とあるがでは少数とは何か?文意そのものが不明です
  5. 「慰安婦問題」とは何をさすのか不明です
  6. 「性病検査に軍が立ち会った」というのは間違いでしょう、この出典は何か?
  7. 英語の名称を記すのは良いが、それ以外は独自研究ですOzuYasu3rou 2007年4月21日 (土) 14:33 (UTC)

OzuYasu3rou 氏はきわめて悪質な人物だといえます。

私がノートに準備して一週間おいたのに、書き込んですぐに削除してから反論にかかるとは、わざと時間の引き延ばしをして、独占しようとしています。

  1. 特殊慰安施設という語は、RAAのことや、酒保に付属していた事は知っているはず。一般にはご指摘の通りだが(追加、その様に修正しよう)、あなたが知らないとはおかしい。だいたいこういう場合は、「(売春施設)」と加えるのがふつうだ。
  2. バランスのことは、後でいろいろな人がいろいろ書くからだと前文で説明してある。その期間あなたはあちこちに書いていながら、いまさら難癖に過ぎない。まして削除の理由になるか
  3. 政府発表の原資料に書いてある事実は無視。そして泰も無視。吉見以外は無視。有名でない尹明淑は抽象。そしてすぐに削除か。ウィキペディアの破壊だな。これでは百科事典ではなく、片方の広告集にしかならない。それでもいいというのか、念のために聞きたい。
  4. 「多く」以外は、主に自前で設置された一般人対象の民間慰安所。また用語上、戦後に慰安所などの言葉が、設置者側によって使われた事も指す。また、炭坑で働く朝鮮労働者向けに企業が設置した「産業慰安所」がある、と西野留美子「日本軍「慰安婦」を追って」のp42-46にある、と「慰安婦と戦場の性」にある。
  5. 「慰安婦問題」とは何をさすのか不明です>馬鹿と言わせて、ルール違反だという言葉を投げつけたいとしか思えん。「慰安婦」にリンクを貼ればいいだけだ。削除の理由になるか
  6. 読みもしないで間違いというか?まず、指定資料のどこにあるのかを聞くべきだ。そのために一週間やったのに、わざと時間をつぶして削除してから難癖をつけている。提供資料37頁。(別解釈がありうるという議論は否定しないが、それ以前の時間つぶしの難癖だ)
  7. それ以外は独自研究です
    公衆便所が日本語文法で不適当だということも独自研究だというか?また、直訳を紹介するのはいいのか?

    中立について嘘をつくのもいいかげんにしろ。

  8. あなたは、尹のまとめと書いているが、それは慰安所項目中では、「慰安所での慰安婦のあり方」という位置づけだし、そういう表現になっている。しかし、「慰安婦ノート」で、慰安婦の資料が93年の証言集と96年のムクゲの花からでしかないことに反論できていない。慰安所生活についての(←追加句)研究が進んで、「明らかにされてきた」と紹介する意味はない。--以上の署名のないコメントは、124.99.232.110会話/Whois)さんが 2007-04-21 18:42 (UTC) に投稿したものです。 --如月の弥 2007年4月21日 (土) 18:44 (UTC)

如月の弥氏に賛成です。OzuYasu3rou氏のやり方はルール違反です。中立的な観点からの議論を希望します。OzuYasu3rou氏がどのような思想を持とうがあなたの勝手ですが、ここに書き込むのは不適切です。126.113.152.10 2007年4月22日 (日) 06:01 (UTC)アラモアナ

如月の弥氏に反対です、彼は南京1937で非常に右翼的な見方を示していて彼の方こそ偏っている。この提案文もグダグダでなんだかよくわかりません。それに個人攻撃はやめて下さい。上記の126.113.152.10もおかしい中立ということを間違えてる。M0120-vbx 2007年4月22日 (日) 10:30 (UTC)

如月の弥氏提案には反対いたします。一点だけ指摘するとすれば、「Comfort station」は確かに日本語で「公衆便所」の意味もありますが、ニュアンスはそのような直接的なものではないと思います(あえていうと「お手洗い」位でしょうか)。「the Comfort Placeとすべき」という意見は一般的でないと思います。--Cresson 2007年4月22日 (日) 10:51 (UTC)

>非常に右翼的な見方

具体性がなくただの中傷。
私のノートにも書かれていたので、ここのスペースを節約するため反論はそちらに。利用者‐会話:如月の弥

>Cressonさん

反対理由は小出しでなく、重複がない限り総て出さないと、ただの妨害工作との区別がありません。
ならば「固有名詞としての直訳形はthe Comfort Placeとなる」というのならいいですか。また、汚い場所でも「手洗い」と書かれてあるはずで、実際上の違いがわかりません。不適当訳であることは間違いないです。どうすればいいのか、代案をください。
この程度はどうでもいい部分だし、UPの後で代案に書き直されてもかまわないのですよ。他の重要な反対部分を先に出してください。--如月の弥 2007年4月22日 (日) 12:27 (UTC)

如月の弥が右翼的なのは映画「南京1937」が事実に基づかないいい加減なものだという文で十分。ここでもそう、「性病の健康診断に軍及び警察が立ち会った」なんて要は本当は慰安所は業者が勝手にやったと言いたいのだろう、そんな事今では右翼でさえ言いにくい。そんな証拠がどこにありますか?全体にそうした偏向が滲み出てる。反対です。M0120-vbx 2007年4月22日 (日) 13:35 (UTC)

反対といっても、数に入れる価値のある人だろうか。左翼でさえ、論客なら南京1937などにこだわるはずがないのに、それで右翼呼ばわりとは。それは、この項目と関係がない。

A) 性病の検査に軍や警察が立ち会ったということは、その後の展開としてどう転ぶかわからないことだというのに。提案文がどう受け取られるかの予想が内容によらず、私への偏見感情だけしかなく、根拠がない。
B) また、証拠は今までの本文リンクとOzu氏との会話で出しているのに知らない。pdfが読めないPC環境だとしても、そこまでの要求は無意味だ。
以上をもって、無意味な文とする。--如月の弥 2007年4月22日 (日) 14:11 (UTC)

私の反論の文を少し修正しました。とくに、「リバート」という語を「削除」に変えました。私は相手の文を消していないので、一方的に削除されたというのが正しい。

そして、Ozu氏の尹明淑への批判にははるか前から返答がなく、無根拠に強調表現がくりかえしUPされています。「リバート」などという表現でごまかしてはいけない。単に、Ozu氏による「強引な削除行動」と「無根拠なUP」であり、応酬ではありません。

また、私の文はもう10日近く出されています。Ozu氏も30分以内に削除した以上、嫌がらせで反論を書き込んだのでない限り、すでに私の返事を読んでいるはずです。明日中に改提案文への有効な反論がない場合、(尹以外の部分で)誰からも反論がないことが、いったん確定したと判断します。(尹への疑問は継続事項として)。

すぐにUPとは限らないがその後の異議は、いったんUPしてから対応してよいものだと考えます。でないと妨害工作との区別がありません。--如月の弥 2007年4月23日 (月) 10:29 (UTC)

では、以下明示的な反対部分を示しておきます。

「戦争の全期間を通じて日本軍の展開したほとんど全ての地域にあり、数多く存在した。多くは業者が運営したが設置・運営には軍が間接・直接に行ったと考えられている。」の削除には反対。現行文は、慰安所の概括的な表現として冒頭部に適切。削除の必要性がない。

「1930年頃~」の文は反対。公娼制度についての説明文。

「上海などでは取り締まりの厳格さのために新規営業を認めない方針であったが」の付加には反対。まず主語がありません。厳格かどうかは評価の問題が入ってしまう。また細部の事項であり冒頭で書くにはそぐわない。

「軍直営ではないが」の付加には反対。これも争いがあるところであり、書くなら下部項目で。これをここに付加すれば、軍直営でなかったという事実が強調されている印象を受けます。

「なお、英語でcomfort station」以下の付加には反対。英訳が適切かどうかの問題であって、慰安所本来の説明事項ではない。 「Comfort place」とすべきという主張が冒頭部で書くほど一般に支持されていない。なお、如月さんは「明らかに不適切訳」とされておられますが、「明らか」というほど「明らか」ではないと思います。例えば政府がそれに対して公式に抗議している等の事情があれば指摘すべきと思いますが、そういう事情はなく、既に国際的にも定着してしまった表現です。

それ以外の部分はぎりぎり同意可能と思いますが、どなたかが指摘されておられるとおり、全体として現行案の方がすっきりまとまっており変更の必要がないように思います。議論するとすれば現行案をベースにして細部の変更という方が、もう少し方向性が出るような気がいたします。--Cresson 2007年4月23日 (月) 12:43 (UTC)

他の方から反論があり私からコメントする必要もないようにも思いますが一応、次の点を明らかにして欲しい。

  1. 結局特殊慰安施設とは何なのですか?説明になっていません。
  2. 後の改定を期待するというなら正に今指摘している部分を改定して貰いたい、出来ないなら他者に改定されても仕方がないですね。
  3. 原資料の、どこに、なんと書いてあるから、なんと本文で記述したか明らかにしてください。でないと議論できません。
  4. 了解、以降は多数である日本軍の軍慰安所についての記載という事と了解しました。
  5. 慰安婦ページでは強制連行問題という項目はあるが、慰安婦問題は説明されていません。
  6. 原資料に書いてあっても、それらの原資料を研究した研究者で「立ち会った」と書く人はいません。研究者の方が全体を見て記述しており信頼性が高いと思います。
  7. 「comfort stationと訳する人々が多い」のは本当ですか、出典は何ですか?又「Comfort Placeとすべき」の部分で出典が提示できないのは独自研究です。出典がないなら現在の本文からも削除する予定です。
  8. 如月の弥さんから尹明淑への異議はなかったと記憶しています。そしてムクゲの花は何が不都合なのですか?一橋大学の社会学博士論文の尹明淑の資料がなぜ信頼性に欠けるか説明下さい。OzuYasu3rou 2007年4月23日 (月) 12:50 (UTC)

「特殊慰安施設」という表現は、私が前に書いた文章の名残ですが、馬来軍の「慰安施設及旅館営業取締規程」での表現をベースにしました。「comfort(慰安)station(所)」は単なる直訳であって、「公衆便所」とは関係の無い偶然でしょう。「すべき」論はWikipediaには必要ありません。Qazzx 2007年4月23日 (月) 13:00 (UTC)

まず、嫌がらせに等しい内容の、Ozu氏に対して、

1. 2. は改訂してある、改提案文とあるだろう。それと他者に改訂されることに抗議してるわけではない。あなたの削除してから議論のふりをするペテンが問題なのだ。
3. 明らかにしてください、ではなく、どこですか?だろう。p40。あなたはその「政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成1~5 」を慰安婦ノートに書いた後、全て目を通したと書いていた。いまさら、どこか探せないというのは奇妙だ。吉見の資料集にもあるはずだが。
3-1. それより問題なのは、あなたがそんな資料を読む必要がないとしたことだ。それがウィキペディアの破壊だという質問に答えていない。
5. 慰安婦問題は強制連行問題でなく性奴隷だとあなた自身が書いているだろう。それは問題でないと?googleで、どっちの用語がどれだけヒットするか見てみろ。
6. 「立ち会わなかった、とする研究者」ばかりだと言わない限り、原資料をわざわざ打ち消す意味はない。誰でもわざわざ問題になってない部分を重複して書く必要はない。あなたのは研究者の仕事への独自解釈に過ぎない。なお、表現は決定的でないように変えた。
7. comfort station +mainitiまたは+yomiuriで検索すればわかる。直訳は、適当な名が定まっていない以上、慰安所でネットexcite翻訳を使ってみな。
8. あなたの文責として、総ては一つだ。それに、下の方「2007年4月7日 (土) 23:05の版について」、でずっと書いている。私が文句をつけてきたかではなく、以前から根拠不足―――「慰安所」に関する部分で、資料の古いものを最新の結果として、流れに見せかけること―――を指摘されてきたものを、再UPすることの問題だ。

>Cressonさん

1 現行文が適切といいますが、「多くは業者が運営したが設置・運営には軍が間接・直接に行ったと考えられている。」というのが、問題です。これでは民間の設置がなかったことになる。軍の発注が中心でその保安が前提だったことは確かですが、軍の制度の中にだけ慰安所とその名前が存在したかのようなのはまちがいです。これが争いの種になるからこそ、こういう中後期の部分は後の各論に回して議論してもらい、初期の発生をしっかりしようというわけです。冒頭文の後の方でもいいです。
1-2 そのため、私の文章は時系列を追うようにしています。時系列的に書き加え・部分変更できるようにしています。
この「」部を残して成り立ちの公娼制度や特殊慰安所の存在を削るのは偏向です。「」以前のはいいですが。ただ、「全期間・・数多く・・」というのは、時系列的に後の位置に回した書き方がいいと思うし、内容的にすでに入っています。
2 1930年の公娼制度。ここは「慰安所」です。慰安婦問題の中の慰安所だけでなく、風俗問題と統治システムの中の慰安所、という視点もあるのが百科事典だと言うことです。狭い視点に閉じこもらないのが、百科全書の思想でしょう。また、慰安婦問題からのみ見るなら、それは政治・社会事典であり、慰安所という項目は存在の必要がない。慰安所は百科事典だから存在が似合う項目です。
3 「取り締まり・・」は、6.と同じ資料文。p37。上海総領事館警察の記録で「海軍側とも協調 取り締まりを厳格にし、かつ新規営業を許さないこととしている」とあります。領事館警察の言葉からですね。
4 軍直営でない、というのに本当に議論がありますか? 6.と同じ資料本pdfのp40にあり、この南京での決定は吉見の資料集にもあるはずです。(ここで兵站部の指導、とありますが、兵站部は軍でも、兵站自体は民間活動も含めた概念のはずです。)
たぶん吉見は軍慰安所=軍直営と完全に定義してはいないでしょう。混濁的に表現するとしても。泥沼状態や末端地域では区別がいい加減だったろうということは言うようですね。少なくとも泰は、軍直営慰安所は1938中にいったん姿を消すとしていながら、この点で吉見と見解の違いがあるとしてなさそうです。
初めての削除の時、Ozu氏が特殊慰安所を知らなかった?らしいように、それを知らないために生じた議論を尊重するべきかは疑問があります。
しかし、すぐには問題が生じるというなら、他の部分を提案と今回の妥協案のままにするなら、「・・と治安維持のために、数を増やす方向に転換し、また兵站部指導での新種の慰安所の設置と領事館と軍との監督分担が決められる。」としてもいいでしょう。このシステム上の転機があったことは、慰安所制度の点で入れる方がふさわしいと思います。
5 表現はすでに変えてるので現状文を見て下さい。ネット翻訳では慰安所→comfort place です。comfort stationが国際的にかなり定着した観はありますが、米軍資料には出てきません。間違いは間違いとしないと、似た表現があるせいで昔からあったように受け取られます。政府は国語として抗議はしないでしょう。ここでは国語として考えるべきです。第一、辞書に広く載ってはいないのに決定したと諦めて受け入れるなど、国語の放棄です。それだと、ソープランドは今もトルコ風呂のままです。
現在の文は
1のように、尹の古い資料を最新の結論のように示して全体の流れだと結論することと、全てが軍の設置とする文が大きな欠陥です。特に後者は事実として固定させます。
また2のように、全体として慰安婦問題にとっての慰安所だけであり、百科事典の広い視点に欠けます。公娼的視点は冒頭で確保すべきです。
また1-2のように、結論を書いてから細かく書くのは、柔軟性がなくリバート合戦に備えないといけません。時系列的に書くべきです。

--如月の弥 2007年4月24日 (火) 03:21 (UTC)

如月の弥に反対です。

とりあえず現行文でいいです。PDFも読んだけどあんな古い資料そのまま引用されても判断しようがないよ。それになんだか個人攻撃みたいでどうも何を言いたいのか解らない。リバート合戦に備えるってこの人何考えてるの?まあ書いたら俺がすぐ改定してあげるからね。「多くは業者が運営したが設置・運営には軍が間接・直接に行ったと考えられている。」って河野談話そのままじゃないの、なぜそれがいけないの?M0120-vbx 2007年4月24日 (火) 04:38 (UTC)

>M0120-vbx氏へ
何がいけないかとくりかえし言えば、「事実に反する。民間設立の慰安所がありえないシステムだったと読ませる」からです。
河野「談話」は、そのシステム事実は大して問題でないです。状況への責任感覚についての「談話」で、民間設立・純民間運営が半分あろうが大半でない限り、べつに政府や軍の関与だけを語ればいいです。百科事典はそうはいかない。
書くなら、「河野談話によると~としている」ならいいですがね。時系列順に戦後の観測は後部に置けば。これを外すなら、
なお、読めないからとりあえず、というのは非参加者と同じで、反対理由になりません。
リバート合戦が起きない?
あなたが言うことではないでしょう。冒頭のウィキペディアルールで、私の「日本版ウィキペディアの説明」の枠を払い、Ozu氏の「アメリカ版の表面の文」の枠だけを残すほど、細かい印象操作に熱心なあなたが。それに、「軍慰安所従業婦等募集に関する件 」のノートで、削除を申請すると言いつつ、まだ全然やってないのは、現在の本文を改訂する合意が成立するのを邪魔する工作でしょう。そんなあなたが、リバート合戦が起きないと?
>Ozu氏へ。3-1を加えてます。--如月の弥 2007年4月24日 (火) 08:48 (UTC)

卯月の弥さんへ

1. 慰安所とは買売春施設であるという変更で了解
2. 次の点に疑問があります。
  • 「1930年頃日本は性病防止の観点から公娼制度を維持していた」=嘘でしょう。出典は?
  • 「駐屯する日本軍が増えたため海軍によって設置」=出典は?
  • 「民間と見られうる」=とはどういう意味ですか?なぜこういう表現なのですか?
  • 「軍直営でないが軍人専用の慰安所の設置が始まり大きく数が増える」=出典は?
3. p40には4つの資料の概要が記されていますが慰安所全体の変遷は書いてありませんのであなたの提案文の出典になっていません
3-1. 何を答えればいいのですか?私が何かWikipediaのルールを破ったというなら具体的に指摘下さい。
5. 慰安婦問題とは性奴隷であった事が明らかになる過程です。従って強制連行の有無は直接関係ない(強制連行でなくても性奴隷です)これは吉見が何回も強調していることです
6. 「立ち会った」とする出典は何ですか?また原資料に書いてあっても、それらの原資料を研究した研究者で「立ち会った」と書く人はいません。研究者の方が全体を見て記述しており信頼性が高いと思います。
7. 提案者から説明下さい、出典がなければ反対者がある場合消されても仕方がないです
8. 結局ムクゲの花は何が不都合なのですか?一橋大学の社会学博士論文の尹明淑の資料がなぜ信頼性に欠けるか説明下さいOzuYasu3rou 2007年4月25日 (水) 13:44 (UTC)
2.1 公娼制の始まりを語っているのではなく、当時の時点でまだ維持されていた理由について書いている。 →「論題:「私たちにとって『売買春』とは何か ― 歴史的視点から 」のp20(21/64)
2-2. 吉見の「従軍慰安婦」さえ、読んでないと見える。p15
2-3. ここは、この時期の慰安所の管理のあり方として、軍と民間と憲兵と領事館との管理のつながり具合を示す。なので、民間業者と読めるが万一そうでなかった可能性を入れても成立するから妥協した。
3. 反対のために時間稼ぎと思えるが、細かく説明し直すと、最後の項は次のページに続く一体の文章。しかし、それを読もうともしない者に、いろんな本を読んだなどと言って他を排除する資格はない。読めないとい言う風俗王氏の方が正直だ。だいたい、吉見の資料集にありそうなものだ。それと、システム上の変化があったことを示唆しているが、それがすべてかどうかは文案に書いてない。
3-1. 文案の件から離れるので、詳しくは、下の方で書く。
5. 「慰安婦問題」とは何をさすのか不明です 」→GOOGLEを見てみろ、→「慰安婦問題とは性奴隷であった事が明らかになる過程です」 → ならば、さらにGOOGLE見てみろ。「慰安婦問題」は「性奴隷」の数倍あり、後者へと変化定着していない。かってな言葉を主張するのは、ただの妨害だ。
6. 同じ文のくりかえしで無意味。なお、前回回答の37頁というのは、PDFの37/294のことで、「資料集成」のページ№としては32のようだ。36/294のことで、「資料集成」のページNoとしては31のようだ。
7. すでに変えているはずだ。現状の文のどこに、独自研究があるのか?どこか文法が間違っているか?
それに「公衆便所が日本語文法で不適当だということ」「直訳」と具体的に質問してあなたの判断を聞いているのに、それを説明しろとはどういうことだ?
8. 尹の文のどこが悪いかと言えば、性奴隷という言い方が一般の言い方ではないこと、慰安所というシステム自体が強制売春制度だと全体を決めつけていることだが、
隠れた最大の点は、あなたの今までのやり方が、尹が代表しているから他を排除する、というやり方になっていることだ。内容を出して議論することなく、ただ他人のことを排除するだけだ。
尹は、資料からして90年をはさんだ前後の比較には使える。が、90年代中期以後の「慰安所での慰安婦」のあり方について、証言の信頼性についての議論があることなどを含めると、‘さらに明らかになってきた’ということには疑問の論がある。しかし、尹のまとめは90年代中期以降も含んでいるだろう。あなたがそう評価しているし。そのため、90年代中期以降もそれで縛ろうとする予想が立つ。
あなたでなければ、表現は話し合いで微調整できるから、尹自体は問題にならなかったのだろうが。
もし、このままの文で尹を残すなら、「女性の意識の高まりによって、現在の価値観から・・」という前句を入れるならいいが。--如月の弥 2007年4月26日 (木) 14:26 (UTC)

追加。以上↑の中に訂正があります。 「37/294のことで、「資料集成」のページNoとしては32のようだ。」の部分。 「提案文」の「1938 → 1936」--如月の弥 2007年5月9日 (水) 12:01 (UTC)

参考書

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ノート:慰安婦/参考資料#参考文献を参照。

2007年4月7日 (土) 23:05の版について

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210.88.255.163さんへ

出典付きで明記されていた本文を削除変更した理由をノートで明らかにした上で行ってください。また「世界のほぼ全ての軍隊が慰安所を設置する」の部分は出典がないと書くことは認められないと思います。次回にノートに記載なく編集があれば半保護を依頼します。OzuYasu3rou 2007年4月9日 (月) 13:18 (UTC)

Iceboatさんへ 上記と同じです、異論があればノートで具体的に指摘説明下さい。OzuYasu3rou 2007年4月11日 (水) 16:04 (UTC)

削除されたひとつ、あなたの「明らかにされてきた」という文は、あなたの主観でしかない。「その主張からの研究が多い」、ということと「客観的な立場からの研究の進展」との違いを示すべきだ。
出典を明らかにして書いている私の文を、ノートに質問もせずに、自分が読んでないからといきなり削除する人が、自分の文を残すタイミングで保護を要求するつもりしたら、反対だよ。
あなたの、自分はかってに削除して、その後他人には異論があればまずノートに書け、というやり方に対して、こっちはストレスを感じさせられたから休んでいるだけで、出典がいいかげんで黙ったわけじゃない。
そのように、異論を削除した上で特定の方向の論説を紹介している。これは、説の紹介ではなく、政治宣伝目的で書かれたものだ。--如月の弥 2007年4月12日 (木) 09:18 (UTC)
1.「明らかにされてきた」というのが尹明淑がまとめた研究史の趣旨でありこれは私の主観ではありません。私は吉見義明らの見方に反対する慰安所についての「研究結果」を秦以外は発見できませんでした。従って 2.その主張からの研究が多い」=吉見義明のような考え方での研究が多いとの意味だと思いますが、量的には参考文献リストにある研究書では秦郁彦を除けば吉見の立場にあるものしかないことから、質的には秦の研究には慰安婦自体については吉見に対しほとんど新規の情報がない事から明らかでしょう。 3.これを「客観的な立場から研究の進展」というなら正に慰安所とは軍性奴隷の施設であるという研究しか進展していない言わざるを得ないと思います。従って現状で問題ないと考えます。OzuYasu3rou 2007年4月12日 (木) 14:51 (UTC)

Wikipedia:中立的な観点、からみて、OzuYasu3rouさんの主張はNPOVではありません。なぜなら、「客観的な立場から研究の進展」などと断定すること自体が、そもそもNPOVではないからです。これ以上一方的な記述をしないようにお願いします。Iceboat 2007年4月12日 (木) 23:17 (UTC)

OzuYasu3rouさんは「客観的な立場から研究の進展」という表現を積極的に用いてはいないように見えます。OzuYasu3rouさんの記述が「中立的観点」に反する可能性があるとしても、Iceboatさんの説明ではそれを示せていません。というか、ちゃんと方針を読んでいるのか疑いを感じますが。 -- NiKe 2007年4月13日 (金) 00:46 (UTC)

Iceboatさんへ 何がNPOV違反なのかわかりません是非説明下さい。私は本文には「客観的な立場から研究の進展」を書いたのではなく、中立的観点に従って書いたつもりです。その方法として尹明淑の研究史の概観を引用しました。OzuYasu3rou 2007年4月13日 (金) 15:09 (UTC)

客観的でない中立とはね。語義上、自分が統治するというのとどこが違う。さらに、あなたの中立とは、「吉田証言を鵜呑みにした国連やアメリカ下院の民主党員――吉見――秦」の中での中立だし、数の論理だし、確かに客観性の通じない中立だ。まるでお代官様や中間管理職の中間性と似ている。
1 秦氏が新規の情報がないから今や質的に低いことが明らかというのは、あなたの主観に過ぎない。もともと、慰安婦を性奴隷ということは以前から吉見氏が言っていることで、時代などの解釈の主観性が始めから大きい。その主観性が始めから交わらない以上、秦氏が新しい言及をしなくても自然だ。異論が消え去ったかのような扱いは事実でない。
その方向の研究の流れが強く、そのように語られているのはいいとして、異論がないことが客観的かのように他を抹消した文にすることが間違いだ。
2 別のことだが、尹明淑の論文内容が他人の研究史だというなら、「明らかになってきた」という根拠は、「みなさんそうおっしゃってます」というだけではないのか。ちがいがわからない。それが学術論文として評価できるのか。
貴方自身が資料に上げた「日本軍性奴隷制(「従軍慰安婦」)問題と最近の動向」でも、尹明淑の名は見えなかったのは、特別の評価になっていないのではないのか。また、あなたは「慰安婦」ノートにおいて、尹明淑がどれだけ客観的に認められているかの質問に答えていない。あなたが評価しているだけだ。
3 現時点の記述で、あなたは少々妥協した言葉を入れたつもりだろうが、それでも政治的記述であり、百科事典ではない。私の文を消した理由にはならない。--如月の弥 2007年4月13日 (金) 15:54 (UTC)
  1. Wikipdiaで守るべき中立的観点とはWikipediaの独自の概念であり「客観的な立場」とは別でしょう。何にせよここではWikipedia:中立的な観点に従うべきです。
  2. 秦の異論に細目で触れることは可能ですが、慰安所について吉見の研究を越えた部分がなくほとんど書くべき事がありません。秦の研究には秦が新しく発見した資料や証言はなく、慰安婦が公娼だとする認識について、1980年代のものに更に付け加えて説明する部分もないと思います。
  3. ここで必要なのは尹明淑の論文が信頼できるものであり、そこでの記載を引用するのがWikipediaの検証可能性の方針に従い妥当だということです。学術論文としての善し悪しは直接関係ないでしょう。
  4. 私の投稿がなぜ政治的記述なのかの理由が書いていないので何も回答できませんOzuYasu3rou 2007年4月14日 (土) 13:55 (UTC)

ウィキペディアの中立が読者が誤解してしまうことを放置するなら社会的良識に反する。書くべきではない。書くなら、間違わせないようにするべきだということだ。尹明淑には新規性が無くても冒頭で紹介する価値があるとするのに、泰については新規性がないという理由で存在を無視し、認識について異論がないかのように工作する。それは、社会悪だということだ。--如月の弥 2007年4月14日 (土) 14:50 (UTC)

「実態は~」以降について。現状の書き方ですと、100%の慰安婦が性奴隷であり強制売春させられたと読めますが、そういう解釈でよろしいのでしょうか。ナヌムの家のこの方は、「金稼ぎのために自ら要望してきた日本人慰安婦がいた」(要約)と証言しています。慰安婦=軍事性奴隷と慰安婦⊃軍事性奴隷では意味が全く違います。そもそも尹明淑氏の研究は「朝鮮人軍隊慰安婦」についてであり、慰安婦には朝鮮人以外の人々がいたことを考えても、今の断定的な記述は不正確だと言わざるを得ません。Qazzx 2007年4月16日 (月) 10:14 (UTC)

本項目は「慰安所」であり「慰安婦」の細かい内容を書くのはふさわしくないと思うので、私としてはその文は単に研究経過の大枠を示しただけです。しかし研究者の意図は「100%の慰安婦が性奴隷」であるのでそう受け取られても問題ないでしょう。もし反論があるなら検証可能性を伴って慰安婦は性奴隷ではないという「研究結果」を示して議論してください。(ナヌムの家の証言から性奴隷ではないとするのは独自研究の禁止の方針への違反でしょう)OzuYasu3rou 2007年4月18日 (水) 14:24 (UTC)

編集合戦を避けるために、私はとりあえずノートに問題点を指摘して2日様子を見た後に編集したのですが、OzuYasu3rouさんは編集した後に反論ですか。「編集合戦を避けるため~」の呼びかけに説得力が無いですね。
では反論に入りましょう。「研究者の意図」は事実確認に関係ありません。あるのは「研究結果」です。「経過」でもいいですが。「研究者の意図が「100%の慰安婦が性奴隷」である」という言葉に根拠はあるのでしょうか。それはOzuYasu3rouさんの解釈であり、研究結果ではありません。
「慰安婦は性奴隷ではない」などと言うつもりはありません。そもそもどういう定義で「性奴隷」という言葉を使用しているのか分かりませんが。私は慰安婦⊃性奴隷かもしれないが慰安婦=性奴隷ではないと主張しているのです。つまり「性奴隷でない慰安婦もいる」と言っているのに、なぜ「慰安婦は性奴隷ではない」ことを示さなければならないのでしょう。理解に苦しみます。
多分OzuYasu3rouさんは「慰安婦」について勘違いしているのだと思います。慰安婦=性奴隷ではありません。「慰安婦」とは「慰安所で娼妓同様の従事をする女性」のことです。その中には強制的に働かされていた人もいるかもしれません。自主的に働いていた人もいるでしょう。それら全てをひっくるめて「慰安婦」と呼ぶのです。慰安婦問題とは、「慰安婦がいたこと」が問題になっているのではなく「強制的に慰安婦にさせられた人がいる」ことを問題にしているのです。
ですので、研究者は「100%の慰安婦が性奴隷」などと証明する必要はありません。一部でも「性奴隷だった慰安婦がいた」ことを証明することが、あなたの言う「研究者の意図」です。尹明淑氏も全部の元慰安婦を研究した訳ではありません。ですのでもちろん、氏の研究結果も「100%」の証明にはなっていません。する必要が無いのですから。OzuYasu3rouさんの解釈は完全に間違っていると言えます。
もう少し具体的に説明しましょう。尹明淑氏の研究は「朝鮮人軍隊慰安婦」についてでしたね。しかし、慰安所の歴史は1932年の上海慰安所まで遡れます。当時は朝鮮人慰安婦より内地人慰安婦のほうが多かったことは日本政府発表の資料により確認できます。朝鮮人だけが慰安婦だった訳ではないのです。
それでは慰安婦募集はどのようにして行われたか。内地ですでに醜業婦(売春婦)であることや、満21歳以上であること、本人に職種内容について説明し、承諾を得ることなどを義務付けていたことは政府が発表した当時の資料に多く書かれています。それらが「100%」守られていなかったと主張したいのなら、それをOzuYasu3rouさんが証明しなくてはいけません。そういう研究成果は私は聞いたことがありません。
「白馬事件」などがあったことは知っています。慰安婦の証言を全て否定するつもりも毛頭ありません。しかし、「一部をもって全体と為す」行為は恥ずべきことだと思っています。ましてやWikipediaという「辞書」では使用してはならない詭弁でしょう。とりあえず1週間ほどの様子を見ます。それまでに反論がなければ該当部分は削除します。反論をお待ちしています。Qazzx 2007年4月19日 (木) 12:02 (UTC)
「日本人慰安婦は自発的で奴隷ではない」とお考えのようですが、秦郁彦を除いた全ての研究者はそう考えていません。即ち慰安婦=性奴隷です。日本人慰安婦については秦郁彦がまとめたように11人しか知られず研究者が面接できた人は2人位で、わからないのが実状でしょう。従ってそれがどういう存在か積極的には書いていませんが、慰安所がどういう存在であったかという点でそれが解ります。また吉見義明の「従軍慰安婦をめぐる30のウソと真実」のp28には明確に日本人慰安婦は・・と書いてありますのでお読み下さい。
Qazzxさんが慰安婦についてどの本を読んだか不明ですが、吉見で言えば岩波新書より以降のもの、尹明淑、朱徳蘭、石田米子「黄土の村の性暴力」などが現在の成果です。そこで明らかになったのは、慰安婦とは売春婦以下のどうしようもない自由のない存在、奴隷ということです。奴隷とは奴隷条項ではその人に関する全ての権利を他人に奪われた人となるようですが、行動・居住・拒否する自由のない存在は奴隷であるという事でしょう。慰安所にいた女性は兵士から見れば金で仕事をする存在ですが、彼女たちは意志に反して「自由を奪われていた」だから奴隷なのです。OzuYasu3rou 2007年4月21日 (土) 14:58 (UTC)

その定義が一般読者に通じたりしない。一般に奴隷とは階級・階層のことだ。あなたの表現では昔の奉公人や、兵士との違いがわからない。だいたい「明確に日本人慰安婦は・・」の要約もしないのでは、前半部の「「日本人慰安婦・・・読み下さい。」という全体が意味不明だ。リバートした文の説明責任を果たしていない。--如月の弥 2007年4月21日 (土) 19:00 (UTC)

OzuYasu3rouさんの主張に反対するわけではありませんが、冒頭部の「1990年ころから元慰安婦の補償請求に関係して研究が進み」以降の部分の尹明淑研究の引用が、かえって混乱を招いているように思われます。ここは今後も攻撃の対象になる可能性があると思いますから、そこは「進んだ」位で止め、人権侵害・性奴隷について議論されている位の文章にして、ここでの議論は収束させてはいかがでしょうか。--Cresson 2007年4月22日 (日) 11:06 (UTC)

まずはOzuYasu3rouさんへ。簡単に「全ての」と言わないでください。あなたの「研究者」の定義は分かりませんが、「慰安婦」問題に関心があり研究している人々はたくさんいます。慰安婦=性奴隷と主張しているのは一部の研究者です。どうもあなたは、簡単に物事を断定してしまう傾向がある。
で、「性奴隷」に関してですが、研究者の「研究結果」と「独自の主張」は分けて考えるべきでしょう。「慰安婦=性奴隷」とは、あなたの言う研究者の「主張」に過ぎません。研究者が主張したからそれが事実、という訳ではないのです。
「主張」には「根拠」が必要です。研究者の場合はそれが「研究結果」なのですが、では吉見義明氏はどういう研究結果を元に「慰安婦=性奴隷」と主張しているのでしょう。1997年の鑑定証人尋問で、吉見氏は「軍」が「関与している」から「性奴隷状態」だと証言しています。彼の根拠は「軍の関与」です。OzuYasu3rouさんの「性奴隷」の定義とは違いますね。一般的なものとも違います。まあ、「軍の関与」を根拠にしないと慰安婦の全てが性奴隷であるという極論は言えない訳ですから、「慰安婦=性奴隷」と言いたいがためしょうがなくという感じがしますが。つまり吉見氏の理論だと、「自発的」であれ「性奴隷」だということです。「性奴隷」という言葉の定義がOzuYasu3rouさんとは違うのですから、あなた独自の定義である「性奴隷」という言葉の使用に際し、吉見氏ら研究者の「主張」を根拠にすることはできません。それは「独自の主張」です。
もう一つ、日本人慰安婦に関してですが、先の尋問で、吉見氏は「10パーセントくらいの日本女性もいたが、前歴が売春婦を主としていた。」(引用)と述べています。日本人慰安婦は「前歴が売春婦」だから、「人種差別」だと主張しています。意訳すると、「同じ人種である日本女性は売春婦だから差別ではなく、(他の人種の女性は売春婦じゃなかったから)他の人種を差別した人種差別だ」となります。まあ酷い主張ですが、日本人慰安婦の前歴が売春婦というのには根拠があります。当時の内務省が募集にあたり、条件として「醜業婦」(売春婦)であることを義務付けてるという資料があるんですね。朝鮮地域は朝鮮総督府の管轄ですから、この内務省の意向は朝鮮では適用されていなかっただろうという趣旨です。キーセン出身の韓国人慰安婦もいるんですけどね。まあつまり、日本人慰安婦が「自発的」という解釈は、「慰安婦は人種差別」と「主張」する研究者のものでもある、と言える訳です。
日本人慰安婦の人数に関しても。分からないと言っていますが、1940年の「性病罹患」の「調査」から、吉見氏は10%が日本人であったと「推測」しています(これも上記の尋問から)。政府調査によると、初期の慰安婦の内訳は、日本人のほうが多い(内地人102名朝鮮人29名(1936年末)日本人171名朝鮮人20名(1937年)など)のが分かります。それを根拠にしてか、中山成彬元文科相は「慰安婦と呼ばれた女性のほとんどは日本人だった」と「主張」しています[2]。主張だけなら誰でもできるのです。問題はその「主張」が事実なのかどうかです。慰安婦の歴史は十数年と決して短くない期間であり、一部の資料でその全体を把握することは不可能と思っていますから、人数の推測に関しては、吉見氏も中山氏も正しいのかもしれません。しかし、あなたの挙げる「11人」よりは非常に多かったというのが資料から読み取れる「事実」であり、研究者らの「研究結果」です。「わからない」の主語は「OzuYasu3rouさん」ではないのでしょうか。そして「わからない」から「性奴隷」とは、曲解もいいとこです。
そしてCressonさんへ。「議論が進んでいる」との表現もいいのですが、私が批判しているのは「一部なのか全部なのか」についてです。これは非常に大きい。「全部」ならば、OzuYasu3rouさんの「慰安所がどういう存在であったかという点でそれが解ります。」という発言のように、「わからない=性奴隷だった」という妄言を認めることになります。「わからない」は「わからない」なのですが。
それで私は、全部と証明できていないことを「全部」として書くな、と批判しているのですが、仮に「一部」だった場合、慰安所に書く必要はあるのでしょうか。慰安婦で書くべき内容だと思います。まあ慰安婦は保護されてる訳ですが、それを理由にこちらに書いている訳でもないのでしょうし。
そして大きな点が一つ。「慰安所」について「人権侵害・性奴隷について議論されている」のでしょうか。慰安婦の証言など、「慰安婦」関連での議論が主だと思いますが。民間の経営者側への調査というのは聞いたことがありません。400人の名簿はあるそうですが。なぜか問題に挙がるのは「軍の関与」です。関与していた軍と客である軍人は問題なのに、経営者や女衒が問題視された研究は無かったように思います。「慰安所」の「経営」が「人権侵害」だったという「議論」が無いのなら、やはりその「議論」は慰安所に書くべき内容では無いでしょう。慰安婦に書くべきです。Qazzx 2007年4月23日 (月) 11:49 (UTC)

Ozu氏は尹明淑を正しく引用しているか疑問です。その解釈自体が独自研究の疑いが濃厚です。「明らかになってきた」とする文が、どこにどういう文脈であるのか、その言葉の属する、大見出し~最小見出しまでと、前後の文、を明らかにすることと、参考文献が古いという慰安婦ノート(Lulusuke 2007年4月13日 (金) 07:56 )への回答が必要です。--如月の弥 2007年4月24日 (火) 08:58 (UTC)

Qazzxさんへ。私とあなたでは簡単に言って知識量が違うのだと思いますよ、それで見方がが違うのでは。私は参考文献リストに記載した本はほぼ全て目を通したし他にも読みました。以降では具体的にQ&Aしましょう。

  1. 秦以外のほとんど全ての研究者が慰安婦は奴隷か奴隷に奴隷以下であるとしています。私の言う慰安婦の研究者とは、慰安婦に面接するか資料に当たって調査し+60年前の原資料にあたり+研究結果を公表している+学識経験者です。具体的には吉見義明、林博史、鈴木裕子、川田文子、秦郁彦、金冨子、倉橋正直、ジョージ・ヒックス、永井和、蘇智良、尹明淑、石田米子、内田知行、です。これに小論を書いた大学院修士や博士課程途中の人も加わるでしょう。少なくともこれらの人の研究結果が他の人より信頼性が高いのは間違いないでしょう(本のアウトラインは参考文献リストを参照下さい)。
  2. 吉見義明はなぜ慰安婦は奴隷と言うべきかを2007年5月号の雑誌「世界」でこう説明している。「公娼制度は形式的には自由があったが事実上の奴隷制度」「慰安所制度には居住の自由、外出の自由、廃業の自由、相手を拒否する自由がない、だから剥き出しの奴隷制度というしかない」わたしはこれを奴隷条項を用いて説明しただけで内容的には同じ意味です。
  3. 研究結果と私の引用が違うというなら具体的に、この本の結果はこうだから、どう違うと指摘下さい。でないと議論できません。「1997年の鑑定証人尋問」は研究ではなく発言の抜粋で内容が不明で、細かい情報が欠けています。
  4. 慰安所とは何かを説明するためには、当然その施設が民間売春施設ではなく軍の奴隷制度の施設であったという説明が必要でしょう。
  5. 議論の参考にあなたの読んだ慰安婦関係の本を教えてくださいOzuYasu3rou 2007年4月24日 (火) 13:02 (UTC)
お返事が遅れてすみません。さっそくお返事に入りたいと思います。
知識量とのことですが、OzuYasu3rouさんにとっての知識とは読書のことなんでしょうか。本をどれだけ読んだかというのは普通知識とは呼びません。それに、必要なのは情報収集能力と情報処理能力です。必要な知識をどれだけ集め、また整理・処理できるのか。ただ本を読んだだけの自称知識がたくさんあっても、それを処理しきれていないのなら無いのと同然です。
私がOzuYasu3rouさんの情報処理能力を疑うのは、あなたが誰それが言っているからということを根拠にしているからです。また、その知識も正確とは思えません。例えばあなたが挙げた研究者の永井和氏は、現在は「性奴隷」という言葉は使いません。むしろその言葉の使用を否定している。あなたの、秦氏以外の研究者は「慰安婦=性奴隷」としているとする主張と相反するはずなのですが。
さて、あなたが挙げた2007年5月号の「世界」、発売日が4月7日ですね。あなたが「性奴隷」という記述を追加したのと同じ日付です。あなたはこれを根拠に記述を追加したのでしょうか。Wikipediaでは速報は好まれていないので発売日に記述というのは不適切なんですが、それはともかく、どう読んでもそれは私の言う「主張」に過ぎません。吉見氏が言ったから、それが何なのでしょう。新たな証拠が見つかった訳でもなく、ただ吉見氏の解釈に過ぎません。
しかし、今月号の「世界」を根拠にし、他の本を読みたいというのなら、「正論」でも「諸君!」でも「Will」でも読めばいいでしょう。もちろん今月号だけでなくバックナンバーも。私は「主張」ではなく「研究結果」を大事にしたいので、正反対の主張をする本を読めとはいいたくないのですが、あなたが望むならそれも仕方ありません。ただ、読書=知識は違うということは再度言っておきます。
私が「主張」を否定する理由も一つ。あなたの挙げた研究者の中には、日本を否定するために研究を始めたと思われる人もいます。天皇制を否定する活動を行ってきた、歴史学とは直接関係のなかった人が。つまり、「主張」には個々人の「思想」が関係しているということです。研究方針もそれに影響されるため「研究結果」にも偏りが生じるでしょうが、それ以上に主張何とでも言えるということを理解しなくてはいけません。「~と言われている」という表現なら「主張」として記述されているという解釈が成り立ちますが、断定として記述してはそれはWikipediaが「主張」していることになります。これはWikipediaの記述方針に反しています。反対の「主張」を書こうとしているのではありません。反対であれ一緒であれ、Wikipediaに主張は必要ないと言いたいのです。
さて、長くなってすみませんが具体例について。私の「日本人慰安婦は制度的に自主的に慰安婦となっていた」という、根拠を交えた「主張」に対する反論は無いようなので、これはOzuYasu3rouさんも認めたと解釈してよろしいでしょうか。まあ、あなたの好きな吉見氏も認めていることなので、他人の「主張」を大事にするあなたは認めざるを得ないのでしょうね。しかしそうすると、100%の慰安婦が性奴隷というあなたの「主張」を正当化するためには、「性奴隷」の定義とは何か、ということになります。
「性奴隷」の定義として、あなたが持ち出した吉見氏の主張。自由がなかったから奴隷、というのなら、当時の日本兵もまた奴隷だったことになります。奴隷が奴隷を利用していたのですね。面白い「主張」です。「性奴隷」という呼び方は元々「sex slave」の翻訳なのですが、これを「性奴隷」と訳すのは間違いだ、と永井氏は「主張」しています。「sex slave」という呼び方は「white slave」からの発展で、「white slave」(白人奴隷)とは人身売買の対象となった女性を意味します。私が本記事に記述した「醜業条約」の英語名は「Convention for the Suppression of the White Slave Traffic」ですね。直訳すると「白人奴隷取引を禁止する条約」ですか。これは女性の売買を禁じた条約です。「性奴隷=売買の対象になった女性」とするのが普通の解釈です。「強制連行があった」から「性奴隷」と主張するならともかく、「自由がなかった」から「性奴隷」と主張するのは、偏った「主張」だと理解しなければなりません。
では、永井氏はどう主張しているか。彼は「sex slave」を「強制売春」と訳すべきだと主張しています。では、その「主張」の根拠となる「研究結果」は何か。彼は軍や警察が取り締まりを行わずに容認していたから「自由売春」ではなく「強制売春」だと主張しているのですね。つまり、一部の自由意志による慰安婦のことは認めています。「100%」などという主張はしていません。
つまりは制度の問題です。実情がどうだったということは証言などからの「推測」しか行われていません。永井氏の「研究結果」からWikipediaに記述できるとすれば、「慰安所に対し女性売買の禁止や女性の保護のための規則は見つかっていない。」とまでしか言えないでしょう。それ以上は永井氏の「推測」であり「主張」でしかありません。
少なくとも、永井氏は吉見氏などの見解や主張とは違った視点で慰安婦について解釈しています。部分的には吉見氏などの解釈を否定したりもしている。それらを一緒くたにしているOzuYasu3rouさんは、どちらの解釈をもって「慰安婦」を理解しているのか。それが見出せません。自分の「主張」に都合のいい「主張」は、それらの中で矛盾が存在しても受け入れるのか、それでは情報処理能力に欠けていると言わざるを得ない、ということです。
「実態は~」以降の記述について、それらが「主張」ではなく「研究結果」によるものだ、との証明、よろしくお願いします。Qazzx 2007年4月29日 (日) 15:15 (UTC)

OzuYasu3rouさんの編集について

[編集]

OzuYasu3rou さんは冒頭ですでに一方の立場で断定して書いてますから、NPOV違反は明白です。一例を挙げれば、慰安所が「全面的に」「それまで公娼制度の延長としての買売春施設とされていたものに対し、その実態は強制売春・性奴隷であり女性への甚だしい人権侵害であった事が明らかにされてき」などという説を、主張してますがこれには明らかに争いがあります。ご自身のあげた、「<建設的な議論と編集の為に>(米国版にならったメッセージです)Wikipediaの方針を守ってください 独自研究は禁止です/中立的観点で/検証可能性を大事に 」などを全然守っていません。冗談を述べているのでしょうか?Iceboat 2007年4月25日 (水) 16:05 (UTC)

Iceboatに反対です。今までの議論から慰安所という所が強制連行なくても、奴隷制度だってのが研究者の間ではもう決まりってのがわかったんだよ、俺は理解したぞ。よくノート読めよ。金学順が出てくるまでみんな売春宿だと思ってたけど違ったんだよ、それで大騒ぎになったの。そういうこと。争い?って研究者の間にはないらしいから、そんなのないんじゃないの。M0120-vbx 2007年4月25日 (水) 17:35 (UTC)

Iceboatさんへ。ようやく議論の場につきましたね。
NPOV=中立的観点について異論があるようですね。しかしWikipedia:中立的観点でも全ての意見を同等に扱えとは書いておらず、主な意見と傍流の意見を区別することを認めています。研究者の間では慰安所が軍性奴隷ないしそれ以下の犯罪の場であることはほぼ異論がなくこれが主流です。これは例えばCiNiiのサイトからweb上で読めるこれでわかる(日本軍性奴隷制(「従軍慰安婦」)問題と最近の動向 上野輝将 女性学評論 20,43-67,2006 [3])従って私の記述の仕方で問題ないはずです。
逆に私から聞きたい「研究者の間にどこに争いがあるのか」まず明らかにして欲しい。あなたの言う「争い」が実際には専門家の研究結果について非専門家が部分的に疑問を投げかけているだけな事を明らかに出来るでしょう。応答を期待します。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 14:05 (UTC)
秦さんは研究者じゃないと言うことでしょうか?あとアカデミックだけがウィキペディアでは信頼できる二次ソースと考えられているわけではありません。Iceboat 2007年4月26日 (木) 14:14 (UTC)

回答ありがとうございます。

  1. 研究者と非専門家の意見を比べた場合、研究者の方が信頼性が高いのが常識でしょう。これはあなたの言う「争い」を具体的に提示してもらえば、更に具体的に議論できます。提示下さい。
  2. 吉見義明に反対する研究者は秦郁彦ただ1人だとして良い。他に発見できません。吉見の意見には10人以上の研究者が同調し、秦は1人だけ。従って研究者の間でも主流は吉見です。もし他にいると言うなら提示下さい。
  3. 秦と吉見の対立について、両者を対等に扱うだけの重みがあるかはこれも「争い」を具体的に提示してもらえば議論できます。提示下さい。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 14:24 (UTC)
残念ながら、この事実に関してはアカデミックが優越するとは限らないのが、日本の現状です。たとえば、金日成主義の研究家が多数いるからといって、北朝鮮の評価をそれらにゆだねていいかを考えれば分かります。とにかく、NPOVがわからないなら、編集をやめてもらわなければなりません。WP:NPOVをお読みください。Iceboat 2007年4月26日 (木) 14:35 (UTC)

重みの問題でなく、無視しようとしているのが問題だ。

上の方での、「どこがルール違反か」ということへの回答だが、ウィキペディアが中立によって書かれるという原則を破っている。ウィキペディアのルールはみんなで作るもので、厳密に具体的に違反しなければ結果を問わず破るのが権利だ、なんてものじゃない。そもそも、「嘘をつくな」ということはルール以前だ。

中立についての嘘、アメリカ版についての嘘。

Wikipedia:NPOV tutorial」>「Information suppression(情報抑圧)」

  • 反対の視点からの情報を省略するか削除することで一方的の情報のみを引用できる。
  • 根拠が示すひとつの視点だけを説明し、別の視点への説明は省略する。
  • 強力な視点を省略したり、低質な意見と比較したりして、一つの意見を優れてみせる。
  • ある説が信頼できないという議論のさいに、少数派の重要な情報を完全に省略する。
  • 「それ自体を語る」視点に導かないか、世界観を分解して中傷の言葉に導く。

--如月の弥 2007年4月26日 (木) 14:45 (UTC)

わたしも、様々な点でOzuYasu3rou さんはウィキペディアのルールに抵触していると思います。これ以上続くようでしたら、編集ブロックを依頼しなければならないとおもいます。Iceboat 2007年4月26日 (木) 14:51 (UTC)
  1. >アカデミックが優越するとは限らない:理由はなぜですか?この件については研究者の方が数でも質でも上回っていると思います。具体的に提示してください。
  2. もし研究者と他を同列に扱うなら、誰の意見を扱うべきか共通の考え方はなくなり、例えば新聞の投書欄の意見を無視して良い理由もない。Wikipediaには信頼にたる情報を載せるべきという大本の考え方に従えば、当然研究者の意見を参照すべきです。
  3. NPOVが何か自体に異論があるのなら、当然ここで議論すべきです。あなたには少なくとも説明する義務があるはずです。説明下さい。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 14:53 (UTC)

ウィキペディアでは信頼できる二次ソースに依拠することが求められていますが、それはアカデミックだけではありませんし、また秦さんは明らかにアカデミックの一員です。OzuYasu3rouさんは中立的視点を求められたときにそれを、一度は無視し、2度目は多数派であるとして、無視しました。WP:NPOV がおわかりにならないようでしたら、残念ですが投稿ブロック依頼を開始せざるをえません。これはわたしの最後通告としたいと思います。Iceboat 2007年4月26日 (木) 15:02 (UTC)

1. あなたの回答では科学者と一般を同列に扱うべき理由を見いだせません、説明下さい。 2.秦郁彦と他の研究者との意見対立をどのように事典に反映すべきかは、まさに議論の対象でしょう、「争い」を提示して議論下さい。 3.私は中立的視点に従おうとしており、その解釈における異論について議論を呼びかけているのです。Wikipedia:論争の解決は議論での合意を強く勧めています。議論を続行してください。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 15:18 (UTC)

WP:Aをお読みください。ウィキペディアの2次ソースは学者だけでなジャーナリストなどの著作物も認めています。さらに、秦さんは明らかにアカデミズムの一員です。冒頭で、断定口調でNPOVを破ったことを二度までも注意したにもかかわらず書いた事実は、OzuYasu3rouさんが、WP:NPOVを理解していない事実を示しています。、OzuYasu3rouさんは他の面でも問題を抱えているようですが、WPルールの遵守はこのコミュニティに存在し続けるための最低限の義務です。守れないんであれば、投稿ブロック依頼を開始せざるをえません。再度言明しておきます。Iceboat 2007年4月26日 (木) 15:46 (UTC)

1.私の文は秦郁彦やジャーナリストを無視していませんよ、尹明淑の研究経過まとめを引用する事で秦のような見方から吉見のような研究結果が信頼されるように変化したとなっています。きちんと両者を見て書いているのです。2.中立的観点の中では『重要な制限事項がひとつあります。複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません』となっています、私は自分の文でこれを満足していると思いますが、それへの異論にはもちろん議論に応じます。3.何にせよ議論が論争の解決手段だと思います、私の疑問に答え「争い」を具体的に提示して下さい。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 15:58 (UTC)

あなたは「ウィキペディアの2次ソースは学者だけでなジャーナリストなどの著作物も認めています。」ということがわかっておられないようですね。あきらかに、今の議論の現状ではあなたのいう冒頭の文章を肯定するような二次ソースは希少です。すでに、WP:NPOV違反を繰り返されていますが、これ以上繰り返されるなら投稿ブロック手続きに進みたいと思います。Iceboat 2007年4月26日 (木) 16:06 (UTC)

簡単にいうと事実の評価の部分に対立がある場合、その部分を一方の立場で書くのは多くの場合、WP:NPOV違反になります。OzuYasu3rou の慰安所に対する評価では、激しく見解が対立している部分そのものですから、NPOV違反そのものです。この部分ではOzuYasu3rou さんのような見解はジャーナリズムではほとんど残っていません。繰り返しますが、NPOV違反を自覚的にくりかえすのはまさにWPの破壊行為ですから、OzuYasu3rou さんは自省されることを望みます。Iceboat 2007年4月26日 (木) 16:19 (UTC)

具体的に、問題となるのは「1990年ころから元慰安婦の補償請求に関係して研究が進み、それまで公娼制度の延長としての買売春施設とされていたものに対し、その実態は強制売春・性奴隷であり女性への甚だしい人権侵害であった事が明らかにされてきた。(尹明淑による研究経過まとめによる)」という文章に明らかなように、このような一研究者の研究に依拠すると称して、すべての慰安所が強制売春の場でありすべての慰安婦が性奴隷であるという断定をしていることです。このような乱暴な議論はまさに、、OzuYasu3rouさんのオリジナルリサーチといってもいいと思います。研究者で全称命題を簡単に使う人はいないでしょうから。さらに、OzuYasu3rou さんにはその自覚もありませんし、注意されてもWP:NPOV違反を改める気もないようです。私は、このような行為はWPの存続にも関わる破壊行為だと思います。善処されることを望みます。Iceboat 2007年4月26日 (木) 17:50 (UTC)

私は、このような、OzuYasu3rou さんの行為は、多くのみずからの過去を語っていない日本人慰安婦の過去を無視するもので、ひいては、日本人を除外した、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案の異常な法案につながるものだと思います。このような行為は真実を追究する場であるアカデミズムでも、辞典としてのウィキペディアでも許容されない行為だとおもいます。Iceboat 2007年4月27日 (金) 12:10 (UTC)

  1. 「あなた(OzuYasu3rou)のいう冒頭の文章を肯定するような二次ソースは希少」:

これは間違いです。参考文献リストを見ればそうした立場の研究者は秦郁彦ただ1人です。Iceboatさん、これ(=希少だ)を具体的に示してください。

  1. 私は中立的観点を守ろうとしているし、それについて異論があるなら他人と議論してその結果を編集に反映します、是非何がNPOV違反か主張して議論を継続してください。
  2. 「OzuYasu3rouのオリジナルリサーチだ」:尹明淑が実際そう書いています。又上野輝将もそう書いている。逆にあなたは今まで自分の主張を出典付きであげていません。提示がなければあなたの独自研究だと言われても仕方がないでしょう。
  3. 「私は-許容されない行為だとおもいます」このセクションは何を言いたいのかわかりませんでした。OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 13:13 (UTC)

私が問題にしているのは、OzuYasu3rouさんの、「1990年ころから元慰安婦の補償請求に関係して研究が進み、それまで公娼制度の延長としての買売春施設とされていたものに対し、その実態は強制売春・性奴隷であり女性への甚だしい人権侵害であった事が明らかにされてきた。(尹明淑による研究経過まとめによる)」という文章に明らかなように、このような一研究者の研究に依拠すると称して、すべての慰安所が強制売春の場でありすべての慰安婦が性奴隷であるという断定をしていることです。このような文章をもしかいたとすればそれは研究者の資格を疑わせる行為です。もし、このような文章を誰かが書いているんであれば、是非引用してください。みてみたいです。このような極端な断定をまともな研究者は一般に行わないことを申し上げておきます。これは悪魔の証明の対偶だからです。その意味で、「あなた(OzuYasu3rou)のいう冒頭の文章を肯定するような二次ソースは希少だ」と申し上げているのです。 Iceboat 2007年4月27日 (金) 13:50 (UTC)

OzuYasu3rouさんは自身のノートにこう書かれましたが、自分の書いている文章の意味も分かっていないようですね。(日本人慰安婦について)「秦が示しているように11人しかなくほとんどわかっていません。」と書いておられるのに、全部の慰安婦や慰安所についてなんで断言できるんでしょうか。あなたはアカデミックな文章を多分理解して引用されておられないんだと思います。言葉は厳密に使われてるんですよ。Iceboat 2007年4月27日 (金) 14:13 (UTC)

  1. こんな文章を書いているならみてみたい:上野輝将の研究史の振り返りがwebで読めるので読んでください→日本軍性奴隷制(「従軍慰安婦」)問題と最近の動向 上野輝将 女性学評論 20,43-67,2006(神戸女学院大学)CiNiiのサイトからweb上で読める
  2. Iceboatさんは「すべての慰安所が強制売春の場でありすべての慰安婦が性奴隷である」を問題視しているのでしょうが、吉見義明は慰安婦という制度自体が剥き出しの奴隷制度だと主張しているのであり、例外があるとはしていないのでこうなるのです。Iceboatさんが言いたいのは秦の意見も書き添えろという事でしょう、もちろん可能です。しかし現状では私は秦の研究から書き添えるべきものを発見できませんでした。是非それをIceboatさんに示して貰いたい。
  3. そして今まで私が何回か質問した「争い」の例示や、あなたの支持する意見の内容、それが多数であることの具体的提示などの答えてください。OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 14:20 (UTC)

OzuYasu3rouさんはまだ私の要求に応えてませんよ。私は、「すべての慰安所が強制売春の場でありすべての慰安婦が性奴隷である」と表現した研究者の引用を求めているのです。だれかががこのような文章を書いているなら、そのこと自体が研究者の資格を疑わせます。あなたは調べてない範囲について断定する者を学者と呼べますか?私は呼べません。あと、お忘れみたいですが、立証責任はこの文章を入れようとしているOzuYasu3rouさんにあるんですよ。Iceboat 2007年4月27日 (金) 14:24 (UTC)

はいはい、「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実 吉見義明・川田文子 大月書店 1997、より
「公娼制度が事実上の性奴隷制度であるとするならば、慰安婦制度には外出の自由、廃業の自由などの外見上の保護規定すらないので文字通りの性奴隷制度ということになる。」p59
「日本人慰安婦のほとんどは家庭が貧しくて身売りされたり家計を支えるために売春婦にされていた。だから彼女たちは業者によって事実上の性奴隷とされ、性的に搾取されていた女性と考えるべきだろう。業者が介入する管理売春のもとにある女性の人権は最初から踏みにじられている。売春婦だから慰安婦として使役してかまわないというのは貧しい者に対する露骨な差別である」p28
繰り返すが吉見は慰安所という制度自体が奴隷制度だとしているのですよ、だから何人でもどんな集め方でも奴隷なんですよ。OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 14:49 (UTC)

「ほとんど」とか言う言葉でごまかさないでください。そもそも、すべてと断定しているのはあなたなんですよ。繰り返しますが、「すべて」とはっきり書いた文章を提示してください。繰り返しますが、全称命題を求めてるのです。ごまかさないでください。わたしは、調べていないことについて断定する学者がいるかどうかを知りたいのです。そしてそれはあなたが書いていることでもあります。Iceboat 2007年4月27日 (金) 15:22 (UTC)

  1. 吉見の文から全ての慰安所が奴隷制度である、と読めます。そこには日本人も入るとしている。「ほとんど」は慰安婦になる過程の話で本筋ではないです。
  2. 日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦 尹明淑 明石書店 2003より
    「軍隊慰安婦の定義はこうした狭義の「強制連行」にもとづく、徴集形態や徴集過程に限定してその根拠を求めるべきでではない。軍隊慰安婦は日本政府・軍の統制監督及び協力の下に、徴集および移送され、軍上層部が政策的に開設・運営・統制監督していた軍隊慰安所に拘束され、性奴隷となることを強要された、全ての女性を指すべきである。」p10OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 15:41 (UTC)

あなたの引用では、吉見は慰安所が奴隷制度であるとももちろん言ってません。OzuYasu3rouさんの言葉は、非常に論理が雑です。慰安婦ががすべておなじ雇用形態であったという証明でもあるのでしょうか?慰安婦制度と吉見が言っているのは、「外出の自由、廃業の自由などの外見上の保護規定すらない」場合についてでしょう。すべての慰安所がこうだったと吉見は言っているのですか?繰り返しますがあなたが言っているのは全称命題です。それに対応する引用を示してください。慰安婦が当時の公娼制度と別の法体系の元にあったという立証でもいいですよ。Iceboat 2007年4月27日 (金) 16:43 (UTC)

ウィキペディアに見る最近のペテンの手法

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目次

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手口の種類 (A, B, C, D) 具体事例(8件)

要点1 再犯性 要点2 反省のなさ、政治的危険 要点3 ルールの改良

手口の種類

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A 中立の嘘

  1. 重みに合わせて各説を紹介するというのを、多数による代表を結論とし、「異論の存在を隠す表現にのみ固執」。
  2. 自分がルールに適合していると主張し、それ以外の配慮(読者の誤解防止など)を否定。
  3. それらを利用して、内容の議論無しに自分の主張だけを無条件で書き続ける、行動をすること。

B 削除とその議論の不公正

  1. リバートした後、削除理由に答えない。
  2. 履歴欄に議論内容を誤解させる表題をつける。
  3. 十分な期間、ノートに置かれた文案を無視して、UPしてから誠意のない議論をする。

C 検証性の嘘

  1. 自分の書き込みについての資料内容を問われて、具体的に明らかにしない。

D 情報と表現の嘘

  1. 実質的に、改竄・デマ文。明白にことがらの一部なのを全体であるかのように表現し、他を隠す。
  2. 或ることの根拠が、自分の知っている資料にあると知りつつ、ないかのように明確に装って、他人の情報捜索を妨げる。
  3. 自分の主張する専門家などの言葉にこだわり、その表現が一般人に誤解させることへの考慮を無視する。

具体事例

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  • 事例No(手口の種類、もともとあるルールへの違反)/場所
    内容
  • 事例1 (A1, A2)/慰安婦ノート
    「始めに代表一つに絞るべきだ」→「代表でなく多数派として、書いたら?」→「自分のやり方に合わせないなら荒らしと見なしブロックの対象だ」
  • 事例2 (A1, A2, A3, C1, D1)/慰安婦ノート
    中立のルールを語っているが、その内容は、学者の肩書きだけを範囲として少数を無視し、中間派に統一しようと提唱。
    「国連の見方-吉見-秦」の中で吉見が中立とする。しかし、あとに述べるように 国連の報告内容を改竄して、国連の立場を激烈なものへとずらしている。
    その図式のために自分が読んだ、という本の具体的内容の議論は決してしない。
    中立のルールとは、実はアメリカ版の表面のみであり、違反の実例からは彼自身のやり方が違反である。三大方針による拘束を主張して、実質は書籍の数を並べた者による支配を主張。
    そのやり方をするなら読者が間違わないように、条件をつけた句を入れようという提案は、常に無視。
  • 事例3 (D1)/クマラスワミとマクドゥーガルの本文
    (4月5日)マクドゥーガル報告書と(4月5日)クマラスワミ報告で、本文内容を隠し、付属文書の内容が本文であるかのように改竄。マクドゥーガルは本を読んだと言いながら報告本文の内容を無視。クマラスワミは報告書本文内容の記述があるのに削除して、文書を混濁的に変え、リンクでは、付属文書を扱っているサイトを全文であるかのような名でリンクしている。これは時期からして、事例2の中立の図式をずらそうとする狙いと見なせる。
  • 事例4 (B1, 2, 3)
    慰安所冒頭とそのノート
    リバートした後、削除理由に答えない。その後、議論を全く反映していないのに、「コメントを反映して修正」などと履歴欄に題する。さらに、一週間ノートに置かれた文案を知りつつ無視して、UPしてから議論のふりをする(反対意見には嫌がらせに等しい‘慰安婦問題、が不定義だ’ などというものまである)。
  • 事例5 (Wikipedia:NPOV tutorial」>「Information suppression(情報抑圧)」に該当する。)/金学順
    ニセの議論の捏造
    4月12日。金学順の項で、慰安婦であったことは確かだ、と実在しない議論を中心に置いた。4月25日に それを削除しない形で書かれた「彼女の証言の問題は、強制的な政策による連行だったかどうかである」という記述を削除。
  • 事例6 (D3)/慰安婦ノート
    客観性の否定
    4月23日Qazzx 氏が語る、客観的な表現の正確さを重視して、誇大な表現にならないようにという論に、4月24日、知識量が違うとして、事実内容を語らない。研究者の数が多いということと、吉見の主観的定義のみ。すなわち、知識が多い者は、事実を記述しなくていい、主観的に定義した言葉を書けばいい、と返事したに等しい。
  • <挿入注意>
    4月25日 (水) 12:10(マクドゥーガル報告書) 4月25日 (水) 15:13(クマラスワミ報告)を、私が修正したので、ばれたと認識したと思われる。
  • 事例7 (D2)/金学順
    「証言―強制連行された・・」
    4月13日-27日。「証言―強制連行された・・」からの情報を出所不明として削除。その本からだろうという指摘をごまかして、その本に無いかのように主張し、(ノートを読んだ人の)情報捜索を妨害。その本へのリンクを「要出典」というものに変更。すべては嘘。
  • 事例8 (D3)/金学順
    「‘実証’されている」という表現にこだわる。一般人と違う言葉は誤解させるという批判を無視し、「マクドゥーガル報告書」の修正後に妥協するが、あくまで学者の書籍による用語ということを譲らない。

要点1 再犯性

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A 意図的

  • 明確な変更捏造―クマラスワミとマクドゥーガル。
  • 資料への嘘―金学順での「証言・・」

B 計画性

  • 中立違反が初めから。
  • 傲慢。自分や吉見は知識があるから、事実を書かなくて、表現だけでいい(意訳)、などとQazzx 氏に答える(4月23日)。学者の書籍だけが大事で、一般人が用語を誤解しない注意とか、マスコミの情報、は却下という基準。(――しかし、まともに資料の内容を読めていないように見える。)
  • 捏造が初期からなされているし、また中立図式を強化するためになされている。

C ばれた後の反省のなさ、目的の強固さ

  • 金学順での「証言・・」の出典を拒む。
  • アメリカ版の表面だけで実例違反だと書いてもなお、中立だと言い続けたこと。
  • 「慰安婦」でのGDFL違反と版の削除中でも、書き続け、とにかく項目表面を覆い続けようとしたことは、アメリカの下院の議決までは表面を常に支配しようと工作し続けているとしか、考えられない。

影響度

  • マクドゥーガル報告書でGOOGLE検索すると、ウィキペディアが真っ先に来る。この項目を始めから捏造で行った社会的影響は大きいはず。このことは、追放されてもそれ以上の成果と考えることだろう。

要点2 判断

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以上からして、この人は、人を平気でだまし、かつ反省がなく、できるだけ騙し続けようとする人であり、その手口は計算づくでかつ大胆である。初めから内容の議論を避け、学者の勢力図ばかりを語っている点からして、騙すために書き込みを始めたとさえ評せる。

おそらく政治的目的からであり、2年程度の投稿ブロックで解決する人物ではない。

要点3 ルールの改良

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それとは別に、こういう手口に合わせた投稿ブロックへのルールを明確化する必要がある。

ことは政治・イデオロギー問題であり、アメリカ議会での動きが話題になっていた時期にこのペテンが生じていることから、今後もおりおりに発生し、自浄作用が働いた頃には政治的効果が達成されたとして、常にくりかえし生じる可能性が強い。投稿ブロックルールを、この手口に合わせてより明確化して、防御のスピードを上げるべきだ。


もう少しだけ詳細なのを、私のTALK欄に記載。--如月の弥 4月29日 (日) 08:21 (UTC)

追伸。実例の詳しい会話時間などを記載してます。--如月の弥 2007年4月29日 (日) 10:12 (UTC)

出典不明なのは{要出典}か削除しましたよ。M0120-vbx 2007年5月3日 (木) 17:38 (UTC)

ウィキペディアルールについて(検証可能性と独自研究)

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ウィキペディアの中立は冒頭に書きましたが、検証可能性と独自研究の禁止について補足しておきます。冒頭に書くと文字量その他ですっきりしない印象になるためです。

英語版でも、検証可能性が中立を脅かす危険が例と共に指摘されていて、その論理的線引きは示されていません。ただ、悪用を戒めています。

一方、全国紙がこのときこう報道したという事実は検証可能です。全国紙とは、一般に五紙とされています。Ozu氏は「慰安婦ノート」で、産経は当事者であるはずだ、と自分の想像を主張していますが、政治的経済主義的な色が最うすいと言われる読売が朝日新聞こそが当事者だと書いたことに対して、返答せずに無視しています。全国五紙は、文の表現を別として事実自体はニュースソースとして妥当でしょう。

独自研究の禁止は、物理学の個人研究発表から生じたもので、歴史にも適用されると創設者は考えています。つまり、「これが真実だ」と自分の机の上で証明したり、自分の発掘資料・取材証言が正しい、ということでは、個人的真理だと言うことです。

これは、マイナーな本を、内容を示さずに「書いてある」とだけ言って、都合のいい言葉の切れ端を書き付けることも同じはずです。その本の解釈自体が独自研究です。質問されたなら、最終的には、具体的説明と周辺部の引用が必要です。

編集者が読んでないのがおかしいと言えるほどの慰安婦・慰安所の文献とは、価格・有名度・販売網からいって、「慰安婦と戦場の性」「従軍慰安婦」の二つぐらいでしょう。あと、挺対協の「証言-強制連行された従軍慰安婦たち」と「従軍慰安婦資料集」とは、価格からして内容を知っていても所有しているとは限らず、まして他の本はなおさら。尹明淑の本は1万ほどしますよ。--如月の弥 2007年4月23日 (月) 09:35 (UTC)

一言だけコメントさせていただくと、「政治的経済主義的な色が最うすいと言われる読売」というのは、その時点でやはり中立的ではないかと。せいぜい言えるとすれば、「産経・読売」←→「朝日・毎日」くらいでしょうが、それも何を軸とするかの定義がないところでの印象論なので、この種の問題で中立な報道が何かを導き出すのは難しさがあります。--Cresson 2007年4月23日 (月) 12:53 (UTC)
だから、読売が全く中立とは書いてません。排除の論理が無効だということです。そして、もともとの色付けとして、朝日・産経・毎日が政治的で、日経が経済主義的だと長く言われてきた中で、読売はそう言われなかった歴史があるということです。その上で、歴史問題について近年、「産経・読売」←→「朝日・毎日」という図式が語られるので、それ以前の図式が参考になるということです。--如月の弥 2007年4月23日 (月) 13:28 (UTC)

『政治的経済主義的な色が最も薄いと言われていた読売』ですね。今では産経より激しいでしょ。 -- NiKe 2007年4月25日 (水) 01:20 (UTC)

(とりあえず、ここだけ回答しますと)それは知りませんが、商売のよって立つ足場が、偏る必要がない、ということです。その上で、意見上の立場がどうということはありますが。--如月の弥 2007年4月25日 (水) 16:28 (UTC)
意味不明です。「商売のよって立つ足場」については朝日も毎日も読売も同じでしょう。 -- NiKe 2007年5月1日 (火) 05:09 (UTC)
意味不明だということが不明に思えます。長年の読者層が違います。そして繋がりのある各種のライター達、情報源、取材源、などの人脈が違います。それらが足場と感じるのがふつうでしょう。切り捨てるという経営決断も不可能とは言いませんが。--如月の弥 2007年5月1日 (火) 14:58 (UTC)

慰安婦の募集方法 利用者:Qazzxさんの編集について

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すみませんが、本文で書かれた、以下の三点にソースお願いします。

  1. 国際条約は植民地に適用されないという解釈が存在し、かつそれが判例であったこと。
  2. 醜業条約で禁止されている「強制手段による勧誘」「未成年に対しての勧誘」などが(合法的に)行われていたこと。
  3. 強制連行であるという信頼できる証言があること。

Iceboat 2007年4月29日 (日) 20:11 (UTC)

お返事いたします。

  • 1について。私の文章に不手際がありました。国際条約ではなく「この条約」、つまり「醜業条約」が植民地に適用されない、と言われている、と書きたかったのです。
  • で2とも絡んでくる訳ですが、醜業条約と言われる4つの条約の中で、1910年や1921年の条約には植民地について除外ができるという旨が含まれています。それにより当時の政府は朝鮮や台湾にこの条約を適用させなかった、とする指摘を吉見氏らがしています。それにより醜業条約で禁止されている勧誘などが行われていた...と、ここまでが「~と言われている。」とした「主張」に対する説明です。「解釈」としたのは、この除外項目が「持参金・花嫁料」などの一部植民地の風習を容認するためのものであり、強制売春を認めるためのものではなかった(のに、当時の日本政府は歪曲して解釈した)という「主張」への配慮です。
  • 3ですが、そこは私の書いた文章ではありませんので。書いた人に聞いてください。
  • 1に戻って「判例」についてですが、「醜業条約が植民地に適用されなかった」というのはその条約自体に書いてますから、司法の判断は必要ないと思います。これは私の説明不足ですみません。

と、以上の説明で分かって頂けたでしょうか。Qazzx 2007年4月30日 (月) 10:42 (UTC)

お答えありがとうござます。さらに聞きたいのですが、この条約は条約文自体に、植民地を除外できるという趣旨が含まれているというお話ですが、それは、実際に除外を宣言する必要があるはずです。政府によるそのような宣言があったこと、あるいは判例でもいいですが公的な除外をしたと認められる記録はあったのでしょうか。Qazzxさんの立場では、朝鮮半島に住んでいる日本内地の出身者に対しても、この「醜業条約」が適用されないという結論になると思うんですが、それは当時の状況としてちょっと考えられません。できたら、該当部分を書名著者名頁などとともに引用してもらえませんか?Iceboat 2007年5月1日 (火) 01:34 (UTC)

今回のIceboatさんの削除には異議を述べさせていただきます。Iceboatさんは、削除理由は「吉見による推測を断定に変えて記述してる」と説明されていますが、Qazzxさんは「~と言われている。」と書いているのですから、それを、普通は「断定」といわないでしょう。ご自分から説明を求めて、返答を受けたのに、それと違う理由により議論をすっとばして文章をいきなり削除するのは、少し度が過ぎていませんか。「断定」だと思うなら編集で表現を修正してください。なお、Iceboatさんは吉見をどうしても見下したいようですが、吉見の研究を「推測」だ、だから書けないなどと言い出したら、この関連項目ほとんど何も書けませんよ。もう一点、Iceboatさんは、どうもご自分のお立場に沿わない立場の記載を簡単に削除される傾向があるようですが、それは中立であるというウィキペディアの方針に違反しています。徹底して印象操作されようとしているようにすら見受けられます。--火の鳥 2007年5月1日 (火) 04:36 (UTC)

わたしは、記述者ではないので文責の信頼性を確かめるすべを持ちません。したがって、断定的文章が間違っているなら削除する以外ありません。吉見をしたに見るとか上に見るとかそういう話では全くありません。そういう話ではないことをご理解ください。、Qazzxさんが書いていらっしゃる文章はかなり重大な内容を含んでいるので厳密にどの範囲での主張かを、書き込むQazzxさんに求めているのです。つまり、吉見の単なる推測なのか、それとも法制度としてそうだったのかは天と地ほど違うのです。前者なら仮説ですし、後者なら大問題です。さらにいえば、仮説と法制度として述べているのとを区別できない文章はその意味で、残せません。従って、厳密な、吉見の主張の内容を提示してもらいたいのです。この問題について何らかの資料がおありなら提示くだされば幸いです。そうでなければご遠慮ください。Iceboat 2007年5月1日 (火) 05:14 (UTC)
※Iceboatさん、醜業条約は日本が植民地にも適用する旨の宣言はしておらず、植民地への適用はないというのが原則論なのはご承知のとおりでしょう。個別論は別ですよ。これ以上は長くなるので遠慮しますよ。--火の鳥 2007年5月1日 (火) 05:36 (UTC)
条約を批准した場合、原則としてその国家の統治地域全体にその適用があり、植民地、本国を問わずその適用があり、除外される場合にはその宣言が必要なのが、法律では原則です。したがって、一般論として植民地への適用が最初から排除されている条約というのはかなり特殊です。醜業条約がどちらであるにせよ、ちょっと考えれば分かるはずですが、朝鮮半島には日本の内地人もたくさんいたわけです。その人たちの保護が低下するような事態を引き起こす法運用は当時の情勢としても非合理的だと思います。したがって、仮説なのかどうなのかその主張の程度を知りたいわけです。ちなみに、現在の判例ですが、当時の朝鮮半島への醜業条約の適用を認めたものはあります。従って公式には、火の鳥さんのおっしゃるような日本政府が原則除外してもいないし、除外宣言がされたわけでもないと考えられます。(訂正、適用除外をみとめた判例もありますね。)Iceboat 2007年5月1日 (火) 05:53 (UTC)
お返事させていただきます。まず、私の「立場」という風に仰られてますが、別に私の「立場」の「主張」ではありません。研究者からの「主張」の説明です。そこを混乱なさると、これからの反論を、私の解釈で説明すればいいのか、研究者の解釈を説明すればいいのか分からなくなります。私自身が思っている私の「立場」は「事実の記述」です。それと「記事内のバランス」ですか。「~と言われている」のは事実ですし、バランスとして、日本内地の説明をしておきながら朝鮮や台湾の説明がないのは片手落ちだと思いますので、それらについて記述しました。
さて、各論の質問に対するお返事を。日本が醜業条約の署名の際に植民地を含まないと宣言したのは事実です。平成五年の予算委員会で政府委員の丹波實氏もそう説明しています。「この条約への署名が朝鮮、台湾及び関東租借地を含まないという点を宣言で宣言しておるということでございます。」(引用)と。
吉見氏もこのことは承知なわけで、ですから彼は「渡航の際」に条約違反がある、という「主張」を指摘している訳ですね。日本の船舶内は日本本土扱いですから。あなたが、日本が醜業条約に植民地を除外していないというのなら、その根拠となる情報をお教えください。日本政府も研究者もそうは言っていないのですが。
それと、「それは当時の状況としてちょっと考えられません。」という根拠は何でしょうか。当時朝鮮は内地の政府とは別に総督府が管理していました。行政も立法も司法も内地とは独立していたんですよ。もちろん法整備も内地とは別です。警察も警務総監部という、内地の警察機構とは別の組織でした。で、あなたの仰るように、日本内地の出身者がどうだったか、これは朝鮮の警務総監部が決めることです。例えば、警務総監部が公布した「貸座敷娼妓取締規則」では、内地出身者も朝鮮人と同等に扱っています。それ以前は違っていたようですが[4]。内地と植民地を同じものとして考えてはいけません。
さて、とりあえず求められている反論になったでしょうか。Iceboatさんが問題箇所の削除をなさる根拠はこれにより失われたと思います。Iceboatさんは是非、削除するだけでなく、この箇所をどう改めたいのか代案を挙げて頂けないでしょうか。そうでないと身のある議論になりません。再び申し上げますが私は、内地だけの説明をして植民地の説明が無い状態は片手落ちだと思っています。是非、根拠を添えた上で、代案を提出をお願いいたします。Qazzx 2007年5月2日 (水) 13:05 (UTC)
お答えありがとうございます。だいたいわかりました。私としては、事実をきちんと書けているかどうかを問題にしています。したがって、朝鮮半島における法制がそうであるなら、それをきちんと書けていれば問題ないと思います。また、朝鮮半島における法制が内地人と朝鮮人を区別するものであるという証明はないということですね。簡単に言えば、植民地の状況がどうであったのか、あと、戦場における法制がどうであったのかというのはわからないならわからないと、書くべきですし、断言するなら根拠を書くべきだと言うことです。わたしは、わからないとしかかけるものをもていないので冗長になるため書きませんが、Qazzxさんが書かれるのであれば、論理的なチェックは入れるつもりです。わたしがいいたいのは、植民地であれ、戦場であれ準拠法制に出身地に関する属人的な要素が入っていたということ、つまり出身地により、法制上の区別があったという主張はかなり重大ですので、きちんとした根拠を求めざるをえないと言うことにつきます。Iceboat 2007年5月4日 (金) 00:27 (UTC)
そのお返事は、私が記事内に記述した文章を認める、と解釈してよろしいのでしょうか。そう解釈して、記事内の文章を戻させて頂きます。
しかし、「論理的なチェック」とは何でしょうか。歴史を論理で判断するという愚行を意味するのでしょうか。歴史というものは、理屈で成り立っているものではありません。理屈が通らない不条理なことも、現実には存在します。もちろん歴史上にも。数学や科学のように、論理で成り立つ分野とは違うのです。
では歴史分野で大事にしなくてはいけないものとは何か。それは現在確認できる資料です。資料からの情報無くして歴史は語れません。どうもIceboatさんにはその資料など歴史を判断する材料に疎すぎる。反論やチェックに対しそれらが一切出てこない。チェックというのは、最低限ご自身で該当する事をお調べになってからにしてください。そうでないと単なるいちゃもんです。「わからない」の主語はあなたではないですか?
出身地を持ち出す理由がよく分かりません。私が記事内に記述した文章にそういう内容は出てきていません。読解力が足りないのではないでしょうか。
とにかく、Iceboatさんは反論しうる材料を持ってから反論して下さい。単なる「論理」、しかも裏づけする材料の無い論理は、Wikipediaでは「独自の研究」として忌み嫌われます。根拠を求める、ではなく根拠を持って指摘する、という行為無くしてWikipediaは発展しません。Qazzx 2007年5月4日 (金) 08:01 (UTC)

ウィキペディアは記述者に立証責任があります。したがって、Qazzxさんに、お聞きしているのは別に特別なことではなく普通の行為です。ご了承ください。問題点を続けます。

  1. 植民地において、法的には条約の適用除外を宣言したとしても、国内法上のたとえば、強要罪、脅迫罪の適用はあります。したがって、強制的手段による勧誘のほとんどは禁止されるはずです。
  2. 逆に、日本の内地においても、条約の適用があったとしても国内法の条約による整備がなければ、一般には条約の文言は国内法的効力を持ちません。したがって、国内法の整備があったと考えるのが普通です。もし、国内法の整備があったならそれは朝鮮にも適用されているのが一般です。
  3. したがって、この問題では、条約の植民地に関する除外宣言があったとしてもそれだけで、朝鮮半島と日本本土では法的な適用が異なるとは、単純に判断できません。
  4. したがって、吉見説を具体的に引用してもらえないでしょうか?推測の部分が多分残っていると思います。

Iceboat 2007年5月4日 (金) 10:19 (UTC)

お返事いたします。
1へ。前にも言ったように、朝鮮に国内法は通用しません。独自の法体制を持っていたのですから。「はずです。」などと「推測」により物事を判断しないでください。「禁止」されていたのなら、それをあなたが立証する必要があります。それらの適用の判例を教えてください。
2へ。「考えるのが普通です。」とは何ですか。あなたは自分で「考える」だけで証拠を提示することは出来ないのですか。それは「独自の研究」です。「一般です。」とする根拠は何ですか。「朝鮮総督府」のことに関してはすでに説明してあります。
3へ。「判断できません。」別に、あなたの「判断」はWikipediaに必要ありません。
4へ。「多分」.......あなたは思い付きでしか行動できないのですか?
私は、もっとあなたに知識があり、理論立てた言論ができるお方だと思っていましたが、それは誤りのようですね。日本が朝鮮に対し悪いことはしなかった、そう思うのは勝手ですが、それに根拠がなければただの「妄想」に過ぎません。日本を擁護なさるもっと知的な他の方に、この議論に対する参加をお願いしたく思います。Qazzx 2007年5月4日 (金) 11:12 (UTC)
  1. 戦前の、日本の司法制度は大審院を最終審とし、朝鮮高等法院が朝鮮におかれるとともに、日本にも高裁に当たる高等法院がおかれていることが確認できます。さらに、日本の国会には戦前、実施されなかったにしろ、朝鮮半島での普通選挙が計画されていました。したがって、法制度上は朝鮮は、日本の一部であり、国内法が原則として通用していることになります。つまり、植民地法制として特別なものを定めているのでなければ原則として日本の法制が通用していることになるはずです。朝鮮に国内法が原則国内法が通用しているとはそういう意味です。したがって、刑法はほぼ間違いなく同じものが適用されていたはずです。
  2. 普通の判断力を持つ人間の疑問に答えられない文章は、ソースを要求されるのは当然です。立証責任は繰り返しますが、書き加える方にあるので、その点をお間違いなきよう。
  3. 同上です。
  4. 繰り返しますが、あなたのオリジナルリサーチではなく、吉見の説であるという証明を求めているのです。つまり、正確に引用してください。これは、ウィキペディアの公式方針ですWP:OR
  5. >「日本が朝鮮に対し悪いことはしなかった、そう思うのは勝手ですが、それに根拠がなければただの「妄想」に過ぎません。」??そんなこと誰も言ってませんが?また、逆に、日本は朝鮮に対して悪いことをしたと言うことにも、根拠がいるのです。「それに根拠がなければただの「妄想」に過ぎません」。おわかりですか?

Iceboat 2007年5月4日 (金) 12:51 (UTC)

解釈宣言と募集方法との因果関係的な表現を変えました。それで、なお「要出典」というタグが必要でしょうか、また因果関係的な表現が必要でしたでしょうかか?--如月の弥 2007年5月5日 (土) 11:11 (UTC)

本項目に関して、台湾での慰安婦募集に関する日本軍の関与度合いが明確に記載されていないと感じます。何らかの検証可能なソースをお持ちの方が居られましたら、お手数ですが記載をお願いします。shou 2007年5月5日 (土) 09:37 (UTC)

まずは如月の弥さんの改訂へ。ありがとうございます。あれぐらいの表現でも私はOKだと思います。Iceboatさんは括弧書きだった部分へ「要出典」を貼ったのだと思うので、それが無くなった現在ではタグは必要無いと思います。ちなみに括弧書きの様な内容の出典は、色々な人が言っていますが、とりあえず吉見氏の「従軍慰安婦」を挙げておこうと思います。読んでもらえばわかるのですが、web上で説明してくれている人を見つけましたのでとりあえずIceboatさんは見てみて下さい。[5]
私は如月の弥さんの改訂で十分だと思うので必要無いといえば必要無いのですが、Iceboatさんにもお返事をしておきます。議論に思考以外の根拠を持ち出して頂きありがとうございます。これでようやく身のある議論が出来そうです。
しかしまだ不十分です。「はずです。」という推測でしか結論付けられていない。しかもその根拠を間違えておいでですよ。「大審院」を見てもらえばわかるように、大審院の下にあるのは「控訴院」「地方裁判所」「区裁判所」です。日本に「高等法院」はありませんでした。朝鮮では「高等法院」が今で言う最高裁にあたり、下に「覆審法院」「地方法院」がありました。つまり「朝鮮高等法院」が朝鮮では最終審だったわけです。
私が求めていたのは、「朝鮮では天皇からの勅令ないし総督からの制令を法律として扱った。日本の刑法にあたる法律は「刑事令」という制令であり、これは日本の「刑法」に依るとしている。当時の日本の「刑法」では淫行勧誘は処罰の対象だった」などという確実な根拠です。これをあなたの口から聞きたかった。
そしてそれに対する私としての反論は...まあ、自分の文章に反論するのも何ですが、刑法の淫行勧誘などの箇所は内地でも黙認されていました。本来なら醜業営業自体が処罰の対象になるのに、日本には公娼制度があった。これは朝鮮でも同じで、朝鮮の警務総監部は「貸座敷娼妓取締規則」という規則で公娼制を認めていた。刑事令に触れるのに。最終審である高等法院でも売春婦の売買や売春婦の雇用を合法とする判決を出しています[6]
この「黙認」を問題視する意見はあります。法律で処罰の対象になるのに処罰していなかったと。刑法を持ち出すIceboatさんもそういう考えなのでしょうか。それならば、上で私が「日本が朝鮮に対し悪いことはしなかった」とあなたが思っていると誤解したことをお詫びいたします。「募集」の箇所では不適切ですので、他の節にこの内容を追加すべきでしょうか。私は、それもいいかもと思っていますがどうでしょう。Qazzx 2007年5月5日 (土) 13:42 (UTC)
お答えありがとうございます。なるほど、朝鮮高等法院が最終審だったわけですか。そのうえで、
その適用除外宣言をしたとしても、国内法上、つまり、朝鮮だと刑事令というものになるそうですが、そのなかに、強要罪、脅迫罪にあたるものがあるなら、「強制手段による勧誘」はそれにあたり、規制されることということです。つまり、『醜業条約で禁止されている「強制手段による勧誘」』が(合法的に)なされていたというのは間違である可能性が高いと言うことです。わたしが、求めているのは、この強制手段による勧誘が、刑事令にふれない状況で合法的になしえるのかということです。つまり、強制手段による勧誘を除外したという文言が意味があるのかということです。
なお、「刑法の淫行勧誘などの箇所は内地でも黙認されていました。本来なら醜業営業自体が処罰の対象になるのに、日本には公娼制度があった。」と、書かれていますが、これは違います。淫行勧誘は処罰の対象ですが、本人の意思による場合はできるのです。そして、未成年の問題はその意思の未熟さにあるわけです。ただし、朝鮮半島の場合は妓生制度が公娼制度に変容しつつもあったことなどを考えると、単純に勧誘を禁止したら妓生制度と矛盾してしまうという特殊事情がありました。(ただし、少女の募集などは禁止されるようになってます。)Iceboat 2007年5月6日 (日) 00:11 (UTC)

中立的な観点への警告文記載に関して

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現在掲示されている本文の記載内容は、中立性について、ノート利用者間のある程度の合意が出来ている内容なのでしょうか? ノート利用者間では中立的な観点に疑問が呈されているようですが、本文に中立的な観点で疑問が呈されている旨の記載が無かった為、コメントさせていただきます。--shou 2007年5月1日 (火) 04:04 (UTC)

中立性についての議論は、OzuYasu3rou氏が「慰安婦」が保護期間中に、冒頭文の案の方針として、「自分の立場が中立だから、他は無視していい」と受け取れる理念を提案し、「多面的余地のある表現」を求めた他の編集者と対立したことが基本です。(ここ慰安所でも具体的には、Ozu氏の冒頭文です。)
なので、Ozu氏以外は、100%そうだと言うような表現でなければ、あまり「中立の合意」を詳しく気にしないのかもしれません。
現在の冒頭文については、私が一週間置いたあとの議論のあとで、回答への異議がなかったので、掲載したものです。元の文案では、Ozu氏の文も表現を変えて残すはずでしたが、他の人との対話の中で、氏は根拠を結局明示せず、私の掲載前には削除されていたので、私の手で復活させる必要なしとして、抜いて掲載しました。内容に中立の合意があるというより、プロセスに公正の蓄積がある、というべきでしょうか。
私の文は、他の人が部分的に手を入れやすいように時系列になっている、ということも議論の中にあります。だから、他の人が手を入れたいなら、それに合わせて部分的にやってもらいたいです。
他の部分の文についても、一致してやってはいないはずです。異議が来るかは書いた文が答えてくれる、ということでしょうかね。(資料の蓄積も必要ですが)--如月の弥 2007年5月1日 (火) 14:34 (UTC)

如月の弥さん、ご発言の趣旨、了解しました。尚、大変恐縮ですが、全般的に内容が把握しづらい印象を受けましたので、試しに慰安婦の募集方法をWikiフォーマットで記載してみました。不適切であればご指摘下さい。--shou 2007年5月1日 (火) 17:51 (UTC)