ノート:鍵山正和

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日本で最初の4回転ジャンパー の出典について[編集]

鍵山正和氏の現役時代の新聞記事を調査しています。いくつか公式練習中の成功や試合での挑戦について記述がありましたので後日脚注で記載させていただきますが、この件に関して出典をご存知の方がいらっしゃいましたら、出典の記載をお願いします。--Tatsuta0903 2010年8月20日 (金) 05:22 (UTC)[返信]

最初の4回転ジャンパーという記述から、新聞記事の中に、どの競技会で成功させたのかを探し始めたのですが、引退直前の1994年2月18日の記述に「チャレンジしていた時期もある」という記述があることから競技会での成功は無かったものと思われます。そして、この記述の「最初」が競技会での成功を指すものではないものの最初に練習で成功させたという意味なのか、最初に試合で挑戦したという意味なのか、それとも出典などその他の根拠によるものかが不明瞭かつ判断が付きかねるので、記述をそのままにして引き続き出典を待ち、新聞記事を根拠として脚注を付けさせていただきました。新聞記事は、鍵山氏の現役選手期間1987年から1994年について、読売新聞、朝日新聞の全文記事データベース使用し、「鍵山正和」「鍵山 フィギュア」で検索。4回転ジャンプの挑戦についての記述のある記事を掲載日順に記載。記載項目は、日付/新聞名/記事タイトル/・4回転についての記述 ()内は補足です。

1989年11月4日/読売新聞朝刊 / スケート 全日本フリー選手権 最終日 伊藤みどり、圧勝でV4 男子は藤井/・フリーで4回転にチャレンジ、転倒

1990年1月15日/読売新聞朝刊/ 銀盤 「剛」の魅力 18歳の鍵山 ジャンプさえOP首位/全日本フィギュア/・3回転半と並行して4回転ジャンプも練習中・今季は4回転を本番で3回チャレンジ、いずれも失敗・「3回転半より4回転のほうが跳びやすい。来季は確実に成功させるようにしたい」(※原文もカギカッコ付、本人のコメントと思われる)

1990年11月26日/読売新聞朝刊/ スケート NHK杯フィギュア 最終日 ペトレンコV2 村田は10位/・4回転にチャレンジ。失敗ではあるが、お手付き片足着氷したのは初めて・練習では両足着地で50%の成功率、片足では「転んでばかり」(※原文もカギカッコ付、本人のコメントの引用と思われる)

1991年1月14日/読売新聞朝刊/ 銀盤 鍵山、武器の4回転を失敗 反省しきりホープ君/全日本フィギュア/・前夜の練習で一度だけ成功した4回転ジャンプをプログラムの冒頭に据え、転倒・練習での4回転の成功率は5割を超す

1991年3月14日/読売新聞朝刊/スケート 世界フィギュア13日 鍵山正和がOP10位でフリー進出/・コーチによるコメントで「(4回転は)チャレンジさせる」(※その後の読売新聞の記事にチャレンジに関する記事なし)

1994年02月18日/朝日新聞夕刊/ハングリー精神欠く フィギュア男子シングルTP リレハンメル五輪/・鍵山選手のトリプルアクセルチャレンジの記事の中に“4回転にチャレンジしていた時期もある”という記述がある。

以上です。1990年1月15日の記事タイトルは後日補足します。--Tatsuta0903 2010年8月21日 (土) 16:21 (UTC) 1990年1月15日の記事タイトル補足しました。--Tatsuta0903 2010年8月24日 (火) 09:20 (UTC)[返信]