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ノート:FIFAワールドカップにおける賞

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ゴールデンボール(大会最優秀選手)について

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以前、Template:FIFAワールドカップ大会MVPの方で1982年大会以前について「ベストプレイヤー」なる項が設けられた際、私の方でそれに疑問を呈し除去を行ったことがあったのですが、今回は当該記事や各選手記事でも同様の書き換えが行われているのを見つけました[1]。一応、出典を用意しているようなのですが、それらを確認するとworldcup88.comなるベトナムの個人サイトのようで、十分な信頼性があるとは言い難いと考えます。信頼性のある出典が確保されていない以上、現状の出典の有無にかかわらずIP氏が編集する以前の状態に(当該記事、テンプレート、各選手記事)すべて差し戻しことを提案します。--Athleta会話2016年12月5日 (月) 15:24 (UTC)[返信]

Athleta会話)様、出典が十分な信頼性が無いとのご指摘ベトナムの個人サイトというならそうですね。失礼しました。しかし出典の有無にかかわらず以前の状態に(当該記事、テンプレート、各選手記事)すべて差し戻すとはどうでしょうか?それは記事を確認されてからして頂きたいです。この1つ前の投稿の元々賞自体はあったが以降の出典から、FIFAの選手名鑑よりシャーロシ・ジェルジBronze Ball (1938 FIFA World Cup)[1]フリッツ・ヴァルター1954 FIFA World Cup Bronze Ball[2]ペレ1970 FIFA World Cup Golden Ball、1958 FIFA World Cup Silver Ball[3]ガリンシャ1962 FIFA World Cup Golden Ball[4]ボビー・チャールトン1966 FIFA World Cup Golden Ball[5]エウゼビオ1966 FIFA World Cup Bronze Ball[6]ヨハン・クライフ1974 FIFA World Cup Golden Ball とあります。[7]フランツ・ベッケンバウアー1974 FIFA World Cup Silver Ball[8]とあります。続いてイギリスのデイリーメール紙より[9][10][11][12][13]

94位写真の下Pass master:Gerson (left) was the Silver Ball winner as Brazil lifted the trophy in 1970

91: Sandor Kocsis (Hungary) - 1954Top scorer with 11 and Silver Ball winner behind compatriot Ferenc Puskas、

88: Jose Nasazzi (Uruguay) - 1930The first captain to lift the Jules Rimet Trophy, the full-back was also the Golden Ball winner、

87: Kazimierz Deyna (Poland) - (1974 and 1978) The creative midfielder was one of the greatest players of his generation and was the Bronze Ball winner in 1974、

86: Guillermo Stabile (Argentina) - 1930Top scorer with eight goals and a Silver Ball、

65: Leonidas (Brazil) - 1934 and 1938Player of the tournament and top goalscorer with seven at France 38

56: Didi (Brazil) - 1954, 1958 and 1962A teenage Pele was only denied the Golden Ball at in 1958 by team-mate Didi、

42: Ferenc Puskas (Hungary/Spain) - 1954 and 1962The star of the Mighty Magyars side, Puskas won the Golden Ball in 1954

39: Zizinho (Brazil) 1950Described by Pele as the most complete player he’d ever seen, the attacking midfielder was the Golden Ball (player of the tournament) winner in 1950

26: Giuseppe Meazza (Italy) 1934 and 1938His name is best associated these days with the San Siro home of Inter and AC Milan, but it was Meazza who led Italy to successive World Cup victories in 1934 and 1938. He was Golden Ball、

ボビー・ムーアはややこしくてボビー・チャールトンの所にボビー・ムーアとエウゼビオを抑えてベストプレイヤーとの記述があります。

13: Bobby Charlton (England) - 1962, 1966 and 1970 How England could have done with a Bobby Charlton at recent World Cups. His goals made the difference as Alf Ramsey’s hosts made it through to the 1966 final at Wembley. He belted a stunner from distance in a crucial group-stage victory over Mexico before bagging a match-winning brace against Portugal in the semi-final. Having then defeated West Germany to take the Jules Rimet Trophy, Charlton was crowned the tournament’s best player ahead of team-mate Bobby Moore and Portugal’s Eusebio

以上の出典の信頼性は高いと思います。私としては1つ前への差戻しなら受け入れますが、それ以前というのは認められません。またゴールデンボールのテンプレートの件ですが、アディダス・ゴールデンボールとしては82年からですが、Golden Ballの名称も同じですし、大会MVPとしての価値も同じですので、歴史として82年以前もいれるべきだと考えます。

失礼。上記の署名を忘れていました。--211.15.6.83 2016年12月6日 (火) 04:31 (UTC)[返信]

脚注

コメント お返事ありがとうございます。まずはじめにお断りをしておくとWikipedia:検証可能性#通常は信頼できないとされる情報源にあるように、たとえ「検証できる」内容であるからといっても、それが信頼性に乏しい出版元のものであれば有用な情報としては認められていません。ご指摘のあった『デイリー・メール』についてはタブロイド紙であり、信頼性のある情報源とはいえないでしょう[2]
私としては今回のケースの場合、1次資料(FIFA)または信頼性のある2次資料(RSSSFなどの国際的統計サイトなど)に基づくのが妥当と考えます。FIFAでは1966年イングランド大会以降、各大会ごとにテクニカルレポートを作成しており、1982年大会以降のレポートでは大会最優秀選手(ゴールデンボール)についての何らかの言及が為されていますが、それ以前のレポートでは言及はありません。こうした点から、1982年大会以前にこの賞が存在した可能性は低いと考えます。
なお、FIFA.comの選手名鑑のなかでシャーロシ・ジェルジフリッツ・ヴァルターペレガリンシャボビー・チャールトンエウゼビオヨハン・クライフフランツ・ベッケンバウアーらが実際に賞を受賞したとする言及について、いかなる経緯でFIFA.com内において齟齬が生じているのかは分かりません。おそらく専門誌では独自に最優秀選手を選定していたでしょうから、過去の経緯を知らないFIFA.comの執筆者が誤認したのかもしれません。はたまた、アディダスの冠が付けられる以前にも賞が存在したのか、最優秀若手選手賞のように後の大会で「インターネット投票」などの形で過去の選手までさかのぼって賞を授与したのかもしれません。
ただ、もし仮に「専門誌ごとに独自に最優秀選手を選定」したのであれば何らかの言及が残されている筈ですし、「インターネット投票」が行われたのであれば何らかの言及が残されている筈ですし、「過去までさかのぼって授与が行われた」のであればそうした言及もある筈ですし、「アディダスの冠が付けられる以前にも賞が存在した」のであればそうした言及がある筈です。こうした過去の事情や経緯、公式のものか非公式のものか、明らかとならない限りは本記事にのみ
RSSSFによれば1978年アルゼンチン大会から賞が授与され、FIFA.comの選手名鑑やタブロイド紙の『デイリー・メール』によればそれ以前の大会でも賞が授与されていたとする記述がある。ただし、FIFAによる各大会ごとのテクニカルレポートでは1982年スペイン大会以前について、この賞に関する言及はない。
といった注釈を記し、テンプレートおよび他の選手記事では記述を控えるのが妥当と私は考えますが、いかがでしょうか。--Athleta会話2016年12月6日 (火) 09:29 (UTC)[返信]
コメント お返事ありがとうございます。FIFAのテクニカルレポートを拝見しましたが主張されている1982以前は証明出来ないとの意見ごもっともだと思います。デイリー・メールがそれに対して根拠とはならないのはわかりました。しかし1次資料であるFIFA.comの選手名鑑の信ぴょう性について疑問を投げかけていますが、仮にもFIFAのような巨大組織でペレやクライフ等超有名選手の記事を誤情報を載せたまま長年放置している事があり得るのでしょうか。関係者、ファンから指摘があり直すと思いますがどうでしょうか。修正しないという事ならば現状FIFAが公認している情報と言っていいと思います。何故こうなってかはわかりませんし、ここで信憑性について検討しても結論はでないでしょうし、40年前の事が今後出てくるともあまり考えられないので現状が続くとして考えましょう。私の立場としてはFIFA.comの選手名鑑に書かれているのが間違っていると考えてはWikipediaの編集は出来無くなりますので真実として考えたいです。またそれを読んだ関係者・メディア・ファンも真実だと受け止めると思います。実際はわかりませんがそれぞれ根拠としては優劣のつかないFIFAの1次資料で齟齬がある場合は2つの意見を両方書くのが落とし所ではないでしょうか。もしここで記述しないと結論を出した場合、将来熱意ある執筆者がそれを見れば書くでしょうし、今後に余計な編集合戦やこのようなノートの議論を産む原因を残すことになると思いますのでそれも避けたいです。
よって私としてはFIFA.comの選手名鑑とRSSSFに記載されている1978年の部分はゴールデンボールや他の選手記事では異論として記述をしそれに但し書きや注意書き又は提案されている注釈を加えるのが妥当と私は考えます。ゴールデンボールは表だと空白が気になるので本文での記述に留める。テンプレートについては書くのはガリンシャ以降、情報源にゴールデンボールとして書かれている以上一つに統一すべきで「ゴールデンボールは1982年から与えられている」の部分に「アディダス・ゴールデンボールは1982年から与えられている」他適切な文言を加えるのが良いと考えます。--211.15.6.83 2016年12月7日 (水) 05:43 (UTC)[返信]
コメント「両方書くのが落とし所」というのは部分的には同意しますし、「今後に余計な編集合戦やこのようなノートの議論を産む原因を残すことになると思いますのでそれも避けたいです」という点についても、部分的には一理あるとは思います。
ただ、「仮にもFIFAのような巨大組織でペレやクライフ等超有名選手の記事を誤情報を載せたまま長年放置している事があり得るのでしょうか」とのことですが査読が上手く機能していない組織であれば、そういった事態も起こり得るでしょう。複数人の編集者の目が行き届き、即座に間違いを訂正できるはずのWikipediaですらこういった話もあることですし。ちなみにFIFA.comではワールドカップ各大会のページがあり、各大会ごとの賞についての言及があるのですが、1930年から1954年大会は得点王に関する記述のみ。それ以降は
  • 1958年大会 - 得点王、最優秀若手選手
  • 1962年大会 - 得点王、最優秀若手選手
  • 1966年大会 - 得点王、最優秀若手選手
  • 1970年大会 - 得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1974年大会 - 得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1978年大会 - 得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1982年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1986年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1990年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1994年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 1998年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞、最優秀GK賞、最優秀エンターテイニング・チーム賞
  • 2002年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞、ヤシンアワード最優秀GK賞、最優秀エンターテイニング・チーム賞
  • 2006年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀若手選手、フェアプレー賞、ヤシンアワード最優秀GK賞、最優秀エンターテイニング・チーム賞
  • 2010年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀GK賞、最優秀若手選手、フェアプレー賞
  • 2014年大会 - 最優秀選手、得点王、最優秀GK賞、最優秀若手選手、フェアプレー賞
といった具合に、やはり1982年大会以前に関しては最優秀選手(ゴールデンボール)についての言及はありません。「1次資料=オリジナルの資料」に記述がなく、「2次、3次資料=1次資料をまとめた編纂物」にあたるFIFA.com内の一方には記述があっても、もう一方では記述がないという現状では、不確かな情報をそのまま鵜呑みにすることは私には少し難しいですね。
なお、2016年12月6日 (火) 09:29の版でも申し上げたように、本記事であれば正誤の区別をつけず媒体ごとに情報が異なるという点を記すことに関しては問題ないかとは考えます。テンプレートおよび他の選手記事では、不明瞭な点が明らかとならない限りは、記述を控えるのが妥当という考えに変わりはありません。ただ、RSSSFにも記述のある1978年大会の情報に関しては検討の余地あり、というのが私の立場ですが、いかがでしょうか。--Athleta会話2016年12月7日 (水) 10:59 (UTC)[返信]
 追記 今、気が付いたのですがFIFAワールドカップにおける賞#ゴールデングローブ(最優秀GK)でも、1994年に賞が制定される以前の不確かな情報が記されているようです。RSSSFの方でも1994年から賞が授与されるようになった旨が記されていますので、この節についても適切な内容への修正を提案します。--Athleta会話2016年12月7日 (水) 13:05 (UTC)[返信]
提案 賛成していただけなくて残念です。他の方の意見を待ったのですがそれも無いようです。しかしこのままでは平行線と感じるので、新たな情報や他の方の意見が出ないならそろそろ現時点での話し合いに沿って記事を更新したいのですがよろしいですか。RSSSFにも記述のある1978年大会についてですが私としてはFIFA.comの選手名鑑と同じく考えています。本記事については表に無くても本文には書くに値すると考えますので分量はそんなに違いが無い。FIFA.comの選手名鑑の選手達に更に加えるのは本文が煩雑になる恐れがある。また執筆者の心情、これまでの経緯を重んじる、あまり改変するのは良くないと考えるので取りあえず現状維持としたいです。FIFA.comの選手達について記述し、但し書きをする、。テンプレートについては注があるのは不自然ですし現時点では控え1982年からにします。FIFA.comの選手名鑑と1978年大会の選手記事は私としては譲れない箇所であり、また注も無い状態よりは良いと考えとりあえず注を加えたいです。他の選手記事は残念ですが削除します。よろしいでしょうか。
FIFAワールドカップにおける賞#ゴールデングローブ(最優秀GK)についてはゴールデンボールと同じ扱いで良いと考えます。よってDino ZOFFについては記述するべきだと考えます。
私も調べる内に気が付いたのですが、各大会にはオールスターチームの記事があるにも関わらず、こちらには無いようです。特筆性があると考えますので記載する事を提案します。
1994 FIFAワールドカップ#オールスターチーム
1998 FIFAワールドカップ#オールスターチーム
2002 FIFAワールドカップ#オールスターチーム
2006 FIFAワールドカップ#オールスターチーム*脚注リンク切れの為修正The FIFA TSG nominates 23 players for the MasterCard All-Star squad
2010 FIFAワールドカップ#ドリームチーム
2014 FIFAワールドカップ#ドリームチーム*脚注リンク切れの為修正Dream Team winners earn Sony prizes--211.15.6.83 2016年12月9日 (金) 04:38 (UTC)[返信]

コメント 間違いがあってはいけないので断っておきますが、「私は〇〇と同じだと思う」「本文には書くに値すると考える」「執筆者の心情」「これまでの経緯を重んじる」などの個人の思惑や感情というのは不要です。そういった余分な感情をそぎ落とし、客観的な証拠を精査して淡々と議論を進めていく姿勢が肝要かと考えます。

さて、現時点での話し合いに沿ってとのことですが、現時点で判明していることは「最優秀選手(ゴールデンボール)について、原典(1次資料)にあたるテクニカルレポートでは1982年以降に記載が確認されるが、それ以前については確認できない」「2次・3次資料にあたるFIFA.comでは、選手名鑑のページでは1982年以前についても賞の記載があるが、ワールドカップ各大会のページでは1982年以前について賞の記載はない。ただし、前者は根拠となる出典が一切なく、後者は情報元としてテクニカルレポートがリンクされている」という点のみです。原典にも存在しない、後の大会で新ためて追加された可能性も低い、出所の不確かな情報をそのまま鵜呑みにすることはむずかしいという趣旨の話は、これまで何度か述べさせていただきました。

こうした点について、掲載を希望されるIP氏の方から1982年以前について賞の存在を立証、疑問点を払しょくするだけの情報がまったく掲示されない現状では、2016年12月9日 (金) 04:38の版で述べられているような改定案を全て呑むということはあり得ません。まず、「これだけは譲れない」と抗弁するだけでは私の譲歩や賛同を引き出すことは難しいでしょうから、1982年以前について賞の存在を立証するだけの新たな情報を掲示することをお考えください。同じ趣旨のお話は前にもしましたけど、なにもない所から賞だけがいきなり現れる訳でもありませんから。もっとも、資料の調査というのはある程度の手間暇がかかるものですので、それはできない、難しい、そこまでの熱意はないというのであれば、そのように仰っていただいて頂いても結構です。

ただ、テンプレートとオールスターチームについては、IP氏の方向性でよろしいのではないでしょうか。後者についてはもともとノート:FIFAワールドカップ#ベストイレブンについてで私が関わった案件ですし、いずれ時間と労力に余裕のある方が編集されるだろうと考えていましたのでね。--Athleta会話2016年12月9日 (金) 09:26 (UTC)[返信]

コメント個人的な話で恐縮ですが今回の事はそもそもメッシやクリロナが獲得した個人タイトルは歴代何位か調べようとしたのが発端です。そこで過去の国際タイトルを獲得した全選手を調べようとしましたが日本語版は昔は記述の少ない選手が多く参考にならないので英語版で調べていた所、ペレやクライフの記事から脚注でFIFAのProfileに書いてあるというのが今回の投稿に繋がっています。FIFAの選手名鑑はまずゴールデンボールを調べようとして出てくる情報では無いし、論拠も低いです。あくまで選手個人が関連性が高くそれからゴールデンボール、テンプレートの順番になるでしょう。勿論テクニカルレポート等から正確性が低いと考えられる指摘はその通りですし注が必要なのは理解できます。しかし選手個人への記述無しは納得出来る結論ではありません。結論から言うと私は選手個人は必須。ゴールデンボールとテンプレートについては要議論の立場です。
感情はいらないとの点についてですが全くその通りです。誤解を与える表現をして申し訳ございません。以後気を付けます。弁明しますとそれは単に感想を言っているからだけです。あくまでも判断材料としているわけではございません。上記のコメントについてですが、ゴールデンボールの記事を1982以降か1978以降にするのは私の記事とは関係ありませんしどちらにも一理あると考えて、どちらでも良いと考えています。しかしながらどちらにすればいいのか迷われている様子でしたので、何らかのコメントをした方が良いかと考えて感想を残したまでです。感想は不必要、不快であると仰るなら、今後はどちらでも良いと考えている箇所は、今後はコメントを差し控えさせて頂き、スルーさせて頂きます。
資料はジジーニョはガーディアン紙にZizinhoZizinho was voted the tournament's best playerとありました。これはどのようにお考えになられるでしょうか。ご意見お待ちしています。調査についてのご指摘ですが、恐らく結論を出すのが性急過ぎるとのご意見からそのように仰られていると考えますが、全体的に私自身かなり調べましたし、これ以上何か資料を出せるとは考えにくい。編集に対して姿勢も変わらないと考えられます。残念ながらTemplate:FIFAワールドカップ大会MVPを見ると活発な議論がされているとは言い難く、提案者が時間切れで提案通りの内容で更新している印象を受けました。今回も私しかされていないようです。よって私の提案は今までに決まった事だけでも反映させてから議論をした方が良いと考えたからです。よって勝手ながら議論の対象にも既になっていない記事については修正させていただきました。
オールスターについてですが以前から関わられていたとは知らず失礼しました。Athleta会話)様のような精通されている方がいるのであれば、単に転載する程度の拙い執筆を私がする必要を感じませんし、お任せします。--211.15.6.83 2016年12月12日 (月) 08:26 (UTC)[返信]
コメント まず、そちらの提案内容に合意した覚えはありませんので、本来であれば差し戻しの対象となり得ますが、とりあえずそちらの編集を差し戻す考えはありません。ですが、2016年12月12日 (月) 08:26 (UTC)の版で「あくまで選手個人が関連性が高い」「ゴールデンボールとテンプレートについては優先順位が低い」「ゴールデンボールの記事を1982以降か1978以降にするのは私の記事とは関係ありませんしどちらにも一理あると考えて、どちらでも良いと考えています」、2016年12月9日 (金) 04:38 (UTC)の版で「テンプレートについては注があるのは不自然ですし現時点では控え1982年からにします」という趣旨の言葉を頂きましたのでそれを反映して、私の方でもゴールデンボール、テンプレートについては全除去ということにさせていただきました。ご了承ください。
さて、残るは選手記事の扱いということになります。IP氏なりに個人タイトルに並々ならぬこだわりがあること、IP氏なりに調査を行ったということは分かりました。ですが、「(ゴールデンボールは)あくまで選手個人が関連性が高い」とのこだわりをお持ちでありながら、そのような関連性の高い記事に、原典には存在しない、2次・3次資料にのみ確認できるような不確かな情報を、そのまま信じ込み記述するというのは、不可解なものです。この話はこれまで何度も述べさせていただいたはずです。
そして、2016年12月12日 (月) 08:26 (UTC)時点の版でも「全体的に私自身かなり調べましたし、これ以上何か資料を出せるとは考えにくい」「編集に対して姿勢も変わらない」という言葉を頂きました。
掲載を希望する側が、その主張を確固とするための更なる資料調査をする考えはない、やる気はないということですので、もしそうであれば、選手記事については、私が言うように原典(1次資料)に沿う形で選手記事に反映するということで決着と見てよいかと考えます。それで、よろしいでしょうか。--Athleta会話2016年12月12日 (月) 12:56 (UTC)[返信]
コメント「選手記事については、私が言うように原典(1次資料)に沿う形で選手記事に反映するということで決着と見てよいかと考えます。」とはここまでですと何も記述必要が無いとのご意見だと考えられますが。全ての記事において何も記述も注も無いとは今までの話し合いの経緯からすると信じられないです。FIFAのProfileが2次資料との意見には異を唱えます。Jリーグにしろ所属チームにしろ又は他競技、芸能人についてもwikiの記述において2次資料とは考えられません。私以外誰も議論に参加されてない状態で全消去の結論を出されるならコメント紹介をして多くの意見を求めます。また[[アデミール]は曖昧さ回避のページにリンクだったので修正したのを何故戻したのでしょうか。--211.15.6.83 2016年12月13日 (火) 09:14 (UTC)[返信]
コメント 「これまでの話し合いの経緯からすると信じられない」とのことですが、私からは「原典にも存在しない、後の大会で新ためて追加された可能性も低い、出所の不確かな情報をそのまま鵜呑みにすることはむずかしい」「1982年以前について賞の存在を立証するだけの新たな情報を掲示してください」「感情や個人の願望は不要」というお話は何度もさせていただいたはずです。にもかかわらず、2016年12月12日 (月) 08:26 (UTC)の版でIP氏から「これ以上何か資料を出せるとは考えにくい」「編集に対して姿勢も変わらない」という言葉を頂きました。よって、IP氏側からの「出典掲示の責任放棄」と見做し、「これまでの話し合いの経緯」を踏まえて提案させていただいたまでです。何も問題はございません。
なお、「FIFAのProfileが2次資料との意見には異を唱える」とのことですが、それには「2016年○月○日」等の更新日時が記されているはずです。そのような過去の事物をまとめて加工したようなものが原典(1次資料)といえますか。これが各大会終了後に刊行された文献資料といえますか。原典(1次資料)とは文字通りオリジナルの資料のことを言ってるのですよ。長々と付き合いをさせていただいたにもかかわらず、まったくご理解いただけないようで残念です。--Athleta会話2016年12月13日 (火) 10:22 (UTC)[返信]
報告 一か月ほど様子を見ましたが、IP氏の方から私の疑問を解消するような行動はなく、尚且つ多くの意見を求めて行動を起こされる考えもないようです。よって、合理的な期間内に異論がなかったものと見做し、2016年12月12日 (月) 12:56の版での提案通り修正させていただきました。ただ、当該記事については「FIFA.comの選手名鑑やタブロイド紙の『デイリー・メール』では、1982年大会以前から賞が授与されていたかのような記述がある」という旨は記しておきました。--Athleta会話2017年1月12日 (木) 10:34 (UTC)[返信]