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ビルマ汁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ビルマ汁
主な地域 栃木県芳賀郡益子町[1][2]
発案時期 1946年(昭和21年)[3]
発案店(発案者) 「もおかや(真岡屋[1])」店主・飯塚潤一[4][1][2][3]

ビルマ汁(ビルマじる)[1][2][3]とは、栃木県芳賀郡益子町のご当地名物スープ料理「地スープ」である[1][2][3]

ビルマ(現在のミャンマー)から復員した後、ビルマで食べたスープから発案され家庭料理となり、現在は益子町の飲食店やカフェの夏季限定メニューになるなど、様々な形で提供されている[2][3]

概要

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ぶつ切りにしたナスインゲンマメジャガイモニンジンなどのたっぷりの夏野菜と[5]豚バラ肉を[1]、和風の出汁、もしくはそのまま水に入れ火にかけて煮込み[1]、手でちぎったトマトカレー粉[1][5]とうがらしを入れても良い[5])味付けをした夏野菜のスープ料理である[4][1][2][3]

夏になると益子町の家庭で食する定番メニューとして広まっている[4][5][2][3]

益子町ではご当地グルメとして夏季限定メニューとして各飲食店や「道の駅ましこ」、そしてカフェでも提供されている[2][3]

また学校給食のメニューにもなっており[6][2][3]、そして栃木県庁の食堂のメニューとしても[2]提供され[5]奈良市中川政七商店によりレトルト食品化も進められ、2019年より販売されている[3]

益子町での提供店舗は最盛期の2015年(平成27年)には17軒を数え[3]、2019年時点で「道の駅ましこ」を含み15軒あり、栃木県宇都宮市や東京都渋谷でも提供されている[7]

コロナ禍により提供店舗は11軒に減ってしまったが、益子町商工会ではコロナが収束したらビルマ汁を扱うイベントを再開し、取り扱い店舗も再び増やしたいと第3弾のチラシを制作し配布するなどビルマ汁普及に意気込んでいる[3]

歴史

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太平洋戦争当時のビルマへ出征した[1][5][2][3]呉服用品店[8]「もおかや(真岡屋)[1]」の主人であった飯塚潤一[7][1][2][3]が、現地で口にしたスープ[5]の美味しさが忘れられず、終戦して復員後に、当時の日本の益子で入手できる手近な材料で再現したのが始まりである[4][1][5][2][3]

ビルマではコイナマズなどの鮮魚を素揚げにして出汁にしていたそうだが、益子では豚肉で代用している[2][3]

ザクザクと大きめにカットされた野菜はビルマの人たちのおおらかさの現れである、とする説もある[1]

潤一は亡くなるまで一切戦争の事は家族にも語らなかった[3]。それでもビルマ汁は毎年の夏に作り続け[1]、飯塚家の家庭料理となった[2][3]

近所の農家から貰った食べ切れないほどのトマトやナスを使って月に何回かはビルマ汁にして食べ[2]、そのうちに農家の人たちから「ビルマ汁を作って、家にもちょうだい」と野菜を持ってくるようになったという[2]

こうして潤一の長男である洋と結婚し[2]、飯塚家へ嫁入りした飯塚フミが引き継ぎ [7][2][3]、口伝えで親交のある家庭へ広がった[8]

そして益子町で毎年7月23日、24日、25日の3日間に渡って開催される「益子祇園祭」でも提供され、店に遊びに来た親しい客や友人、そしてその子どもたちにも振る舞われた[1][3]

そうして少しずつ益子町民の間に広まっていき、ご飯と一緒に食べたり[2][3]、ビールのおつまみにしたり、[2]、またはビルマ汁にうどん[2][3]ベトナム料理の麺・フォーなども入れてアレンジされながら、益子町の各家庭で受け継がれていった[1]

こうして長らく益子町の家庭料理だったビルマ汁であったが、「カフェ・フーネ」などの益子町のカフェがメニューとして出すようになり、栃木県庁の食堂のメニューになるなどしながら[2]、益子町以外の人たちもビルマ汁を知るようになっていった[1][2]

そして益子町商工会が2014年(平成26年)[9]に「益子のビルマ汁」[4]商標を登録し[3]、「益子町の名物地スープ」[1]として広まっていった[10]

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s D&DEPARTMENT PROJECT編集部 2011, p. 114-115.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 益子なのに〈ビルマ汁〉? 戦後の家庭料理が地元グルメに”. Local Network Magazine colocal コロカル (2016年10月11日). 2024年2月16日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 「朝日新聞」2022年(令和4年)5月24日付 朝刊 栃木全県 19面「ビルマ汁 戦地生まれ益子の味」「家庭料理として再現 広がる人気」「野菜たっぷり 給食・商品化も」栃木県
  4. ^ a b c d e 益子のビルマ汁(R)”. 益子町商工会. 2018年7月23日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h 栃木さんぽ,散歩の達人MOOK 2016, p. 71.
  6. ^ 栃木なのに「ビルマ汁」?ソウルフードになった戦地の味” (ja.). RadiChubu-ラジチューブ. 多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N. CBCラジオ (2022年6月4日). 2022年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月5日閲覧。
  7. ^ a b c 栃木・益子の「ビルマ汁」、人気じわり日本経済新聞』電子版2019年7月17日および『日経産業新聞』2019年7月25日(食品・日用品・サービス面)2019年7月31日閲覧。
  8. ^ a b J07 益子でビルマ汁とは…?”. 土祭2018. 土祭実行委員会. 2018年7月23日閲覧。
  9. ^ “ビルマ汁14店の味集結 益子町商工会青年部が8日”. 下野新聞. (2017年7月1日). https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/4856 2018年7月23日閲覧。 
  10. ^ “栃木・益子の夏の定番「ビルマ汁」起源は戦地のスープ再現”. 産経ニュース. (2018年6月7日). https://www.sankei.com/article/20180607-LDSTS7W2OVJPHPR5ZMGONZW27U/ 2018年7月23日閲覧。 

参考資料

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  • D&DEPARTMENT PROJECT編集部『d design travel TOCHIGI』D&DEPARTMENT PROJECT〈d design travel, 6〉、2011年9月5日、114-115頁。ISBN 9784903097060NCID BB06874903国立国会図書館サーチR100000001-I27210012373275 
  • 散歩の達人MOOK編集部 編『栃木さんぽ 日光 那須 宇都宮』株式会社交通出版社〈散歩の達人MOOK J-18〉、2016年6月1日、71頁。ISBN 9784330665160 

外部リンク

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