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ブライアン・ハーパー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブライアン・ハーパー
Brian Harper
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス
生年月日 (1959-10-16) 1959年10月16日(65歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
206 lb =約93.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手外野手
プロ入り 1977年 MLBドラフト4巡目
初出場 1979年9月29日
最終出場 1995年4月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライアン・デイヴィッド・ハーパーBrian David Harper , 1959年10月16日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の元メジャーリーグ選手捕手外野手)。息子のブレット・ハーパーは、かつて横浜ベイスターズ楽天イーグルスなどでプレー。

来歴・人物

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1977年MLBドラフト4巡目でカリフォルニア・エンゼルスに指名され契約。1979年9月29日メジャーデビュー。しかし当時のエンゼルスには捕手にボブ・ブーンがおり、一塁手、外野手、指名打者のポジションもロッド・カルーレジー・ジャクソンドン・ベイラーといった選手によって埋まっていたため、1981年にはAAA級で打率3割5分、本塁打28本という数字を残しながらもその年限りでピッツバーグ・パイレーツにトレードされる。しかしパイレーツでも捕手としてトニー・ペーニャを超えることができず、外野手に転向させるにしても足が遅すぎると判断され、メジャーとマイナーを往復する日々だった。1985年セントルイス・カージナルス1986年デトロイト・タイガース1987年オークランド・アスレチックスと渡り歩いたが、レギュラーの座に就くことはできなかった。ビル・ジェームスは、ハーパーが本来の能力にふさわしいキャリアを送れなかった原因は若手にチャンスを与えなかったエンゼルスなど周囲の不理解にあると著書で述べている[1]

1988年ミネソタ・ツインズに移籍し、これまでの外野手登録から捕手登録に変更となってからは出場機会を増やし、正捕手として活躍。1991年のワールドシリーズ制覇にも貢献した。捕手としての失策(1989年)、捕逸、許盗塁(1992年1993年)でリーグ最多を記録するなど守備面に課題を残したが、在籍6シーズンのうち4シーズンで打率3割(残り2シーズンも2割9分以上)を記録した。1990年・1993年には三振1回当たりの打数でリーグ最多と三振しにくい打者ではあったが、四球もシーズン通して20前後であった。

好打の捕手ではあったが、財政の貧弱なツインズには彼を引き止めることはできず、フリーエージェント1994年ミルウォーキー・ブルワーズに移籍した。打率2割9分1厘と好打は健在であったが、正捕手デービッド・ニルソンの存在、後にゴールドグラブ賞を獲得する新人マイク・マシーニーの登場もあって捕手としての出場は少なかった。1年契約が切れると、1994年から1995年のMLBストライキを経て翌1995年4月20日まで所属先が決まらない状態が続いた。古巣オークランド・アスレチックスと契約するも2試合7打席無安打、この年限りでメジャーとしてのキャリアを終えた。

2001年からはマイナーリーグの監督を歴任。2001年から2005年までエンゼルス傘下のルーキークラス、2007年はエンゼルス傘下のAAA級ソルトレイクで監督を務め、2010年サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下のA+級サンノゼ2011年からはシカゴ・カブス傘下のAA級テネシーで監督を務めている。

詳細情報

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年度別打撃成績

[編集]
















































O
P
S
1979 CAL 1 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1981 4 12 11 1 3 0 0 0 3 1 1 0 0 1 0 0 0 0 0 .273 .250 .273 .523
1982 PIT 20 31 29 4 8 1 0 2 15 4 0 0 1 0 1 1 0 4 1 .276 .300 .517 .817
1983 61 140 131 16 29 4 1 7 56 20 0 0 2 4 2 0 1 15 3 .221 .232 .427 .659
1984 46 121 112 4 29 4 0 2 39 11 0 0 1 1 5 0 2 11 4 .259 .300 .348 .648
1985 STL 43 55 52 5 13 4 0 0 17 8 0 0 0 1 2 0 0 3 2 .250 .273 .327 .600
1986 DET 19 41 36 2 5 1 0 0 6 3 0 0 1 1 3 0 0 3 1 .139 .200 .167 .367
1987 OAK 11 19 17 1 4 1 0 0 5 3 0 0 1 1 0 0 0 4 1 .235 .222 .294 .516
1988 MIN 60 182 166 15 49 11 1 3 71 20 0 3 2 1 10 1 3 12 12 .295 .344 .428 .772
1989 126 412 385 43 125 24 0 8 173 57 2 4 4 4 13 3 6 16 11 .325 .353 .449 .802
1990 134 509 479 61 141 42 3 6 207 54 3 2 0 4 19 2 7 27 20 .294 .328 .432 .760
1991 123 469 441 54 137 28 1 10 197 69 1 2 2 6 14 3 6 22 14 .311 .336 .447 .783
1992 140 546 502 58 154 25 0 9 206 73 0 1 1 10 26 7 7 22 15 .307 .343 .410 .753
1993 147 573 530 52 161 26 1 12 225 73 1 3 0 5 29 9 9 29 15 .304 .347 .425 .772
1994 MIL 64 267 251 23 73 15 0 4 100 32 0 2 0 4 9 1 3 18 8 .291 .318 .398 .717
1995 OAK 2 7 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
通算:16年 1001 3386 3151 339 931 186 7 63 1320 428 8 17 15 43 133 27 44 188 107 .295 .329 .419 .748

背番号

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  • 7 (1979年)
  • 9 (1981年)
  • 12 (1982年 - 1984年、1988年 - 1995年)
  • 25 (1985年)
  • 32 (1986年)
  • 31 (1987年)

脚注

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出典

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  1. ^ James, Bill. "The New Bill James Historical Baseball Abstract", Free Press; Revised edition (May 6, 2003). ISBN 0743227220

外部リンク

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