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ボストンマラソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボストン・マラソンから転送)
ボストンマラソン
開催地 アメリカ合衆国の旗 ボストン
開催時期 4月第3月曜日
種類 公道コース
距離 マラソン
最高記録 男子: 2:03:02(2011年)
ジョフリー・ムタイ
女子: 2:18:57(2014年)
リタ・ジェプトゥー
創立 1897年
公式サイト www.bostonmarathon.org

ボストンマラソン英語: Boston Marathon)は、毎年4月の第3月曜日(愛国者の日)にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンで開催される、ワールドアスレティックスエリートプラチナラベルのマラソン大会であり、ワールドマラソンメジャーズの一つである。参加には資格タイムを満たしている必要があるため、「選ばれしもののマラソン」と称され、完走者の平均タイムがワールドマラソンメジャーズの中でも抜きん出て速く、大半が4時間未満でゴールする。1897年に創始された、近代オリンピックに次いで歴史の古いスポーツ大会の一つである。但し、2021年度は新型コロナウイルス感染拡大の為に10月11日に延期された[1]

由来

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アメリカ独立戦争が開戦した4月19日を「愛国者の日」とし、それを記念して第1回が開催された[2]歴史を受け継ぎ、現在も例年4月の第3月曜日の愛国者の日に開催されている。

コース

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周回や往復ではなく、マサチューセッツ州の8つの市や町を通り抜けるかたちでスタート地点とゴール地点を結ぶコースである[3]。下り基調でスタートしながら、いくつかの上りがあり、特に30km過ぎの「心臓破りの坂」と呼ばれる上り坂(4つあるニュートンヒルズの最後の坂)は、単独の高度上昇量は他のワールドマラソンメジャーズと比較して特に大きくはないものの、走行距離的に身体への負担が実感される地点と重なっていることもあり、難所とされる。

参加

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ボストンマラソン
申込資格タイム[4]

(2013年大会より適用)
年齢 男子 女子
18–34 3時間 5分 3時間 35分
35–39 3時間 10分 3時間 40分
40–44 3時間 15分 3時間 45分
45–49 3時間 25分 3時間 55分
50–54 3時間 30分 4時間 0分
55–59 3時間 40分 4時間 10分
60–64 3時間 55分 4時間 25分
65–69 4時間 10分 4時間 40分
70–74 4時間 25分 4時間 55分
75–79 4時間 40分 5時間 10分
80+ 4時間 55分 5時間 25分

近年のボストンマラソンの応募資格は、18歳以上で、大会主催者の定める期間中に、国際陸上競技連盟(IAAF)またはその協力団体国際マラソン・ロードレース協会(AIMS)または各国の公式陸上競技連盟による公認マラソン大会において、規定水準以上のタイムを記録することである。応募者が、どの大会でどれだけのネットタイムを達成したかを申込時に申請すると、主催者側がこの記録タイムの真正さを検証した後、正式に申し込みを受諾するというシステムを採用している[4]。このため、BQ(ボストン・クオリファイ=ボストンマラソンの資格要件を満たすこと)は、それ自体が世界の市民ランナーの目標にもなっている。

2010年の申し込みでは、20,000人の資格ランナー枠が数時間で埋まってしまったため、2013年大会に向けて申し込み方式の改革が実施された。現在は、申込資格タイムよりも20分以上速い記録を持つランナーが最初の期間に申し込みをすることができ、次の期間に10分以上速い記録を持つランナーが、また次の期間に5分以上速い記録を持つランナーが申し込みをすることができる、というように、速いランナーから順に出走資格が与えられるローリング方式が採用されている。申込資格タイムを満たすが、それより5分以上速くはないランナーは、さらにその後の期間に申し込みができ、その中でも速い順に、定員付近まで受付が行われる[4]
例えば、2015年大会の受け入れは、ほぼすべての年齢カテゴリーで定員を超えたため、3時間5分00秒が資格タイムである男子34歳以下のカテゴリーでは3時間3分58秒で足切り、というふうに、80歳以上を除く全カテゴリーで資格タイムマイナス1分2秒における足切りを行い[5]、世代間の公平をはかっている。

さらに、2013年大会からは、申込資格タイムが各年齢グループにおいて5分ずつ短縮され、また、それまで許されていた59秒の「おまけ」も廃止されたので、実質的に5分59秒資格が厳しくなった[4]

資格要件の例外は、協賛団体、チャリティー団体[6]、スポンサー、海外からの旅行ツアーなどの商業枠、地元ランニングクラブなどで、全参加者の約5分の1はこの枠での参加とされる。

参考⇒ほかの世界の大規模マラソン:ニューヨークシティマラソンシカゴマラソンロンドンマラソンベルリンマラソンパリマラソン東京マラソン

距離

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Boston Athletic Association のウェブサイト[2]に基づく。

  • 1897年から1923年は39.429km、1924年から1926年は42.034km、1927年から1950年は42.195km、1951年から1956年は41.360km、1957年からは42.195km

記録の扱い

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1927年に距離が42.195kmとされてからは、(のちに距離不足が判明した年度を除いて)レース時点での世界最高記録を上回った優勝者のタイムは世界最高記録として扱われてきた。しかし、2004年1月にIAAF(当時)が、マラソン記録の公認のために設定したコース条件(ゴール地点の標高がスタート地点の標高より42.195m以上低くなってはならない、スタートからゴールまでの直線距離は21.0975km以下など)を満たしていないため、同年以降は世界記録を超えても国際陸連公認の「世界記録」とは認められなくなった。2011年の大会でジョフリー・ムタイが出した2時間3分2秒のタイム(当時の世界記録を上回る)も、ボストンマラソンの記録ではあるが、世界記録としては扱われていない。 なお、国際陸連公認記録とならない大会は、ワールドマラソンメジャーズ全6大会のうちボストンマラソンだけである。

優勝者への栄典

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優勝賞金は15万ドル(2018年時点)[7]

優勝者は優勝年から50年後の大会に招待される。レースに参加することも可能である。日本人の例では、参加した場合には優勝年と同じ数字のゼッケンが与えられる[8]

日本人優勝者・参加選手

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1955年大会で優勝した濱村秀雄。そのうしろをボストン市長のジョン・B・ハインズ(John Hynes)が月桂冠を持って追いかけている[9]
1966年大会で日本選手は1位から4位までを独占した。左から岡部宏和(4位)、佐々木精一郎(2位)、君原健二(優勝)、寺沢徹(3位)。
  • このうち、田中・山田・浜村の走ったコースは後に距離不足が判明し、いずれも記録抹消の憂き目を見ている。山田の記録は当時「世界最高記録」とアナウンスされていた。世界選手権優勝・オリンピック入賞者の谷口浩美は、1993年に出場したが4位だった。
  • 1966年大会では、63年・64年大会の優勝者のベルギーのオーレル・バンデンドリッシュが飛行機に乗り遅れたため不参加[10]。日本選手は1位から4位までを独占した[11]。順位と記録は以下のとおり。君原健二(優勝、2時間17分11秒)、佐々木精一郎(2位、2時間17分24秒)、寺沢徹(3位、2時間17分46秒)、岡部宏和(4位、2時間18分11秒)。
  • 日本女子選手の優勝者は2019年現在、まだいない。過去同大会において日本女子の最高順位は、1992年に出場した山本佳子の2位である(2:26:26のゴールタイムは当時小鴨由水と並ぶ日本女子最高記録タイ記録だった)。ただし、日本出身者でのちに米国籍を取得したゴーマン美智子が、1974年1977年に優勝している。
  • 前記の「50年後の優勝者招待」は2018年までに、資格を満たした4人がその栄に浴している。浜村は50年に到達する前の2000年5月に逝去した。
    • 田中は2001年、フルマラソンは体調不良の理由等により参加出来なかったが、前日の交流レースに出場した。
    • 山田は2003年にフルマラソンへ出場、4時間10分11秒で70歳以上の部で5位であった。山田は1995年から毎年出場しており、2007年までに17回出場、1998年から2001年まで70歳以上の部を4連覇している。
    • 重松は2015年、心臓疾患を抱えるなどの事情からフルマラソン出走を断念したものの、レース2日前に実施の5kmファンランに参加した[12]
    • 君原は2016年にフルマラソンへ出場、4時間53分14秒で完走を果たした[8][13]
    • 采谷は2019年に招待の年度に当たっていたものの、出走も含めてボストンに赴いたかどうかも報じられていない(但し3年前の2016年に采谷は、君原の応援にボストンへ駆け付けている[14])。
  • 以降日本人では、瀬古が2031年2037年、川内が2068年に「50年後の優勝者招待」として出場予定となっている。

歴代優勝者

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2011年 大会記録を出すジョフリー・ムタイの走り
開催日 男子選手 タイム 女子選手 タイム
1897年4月19日  John J. McDermott (USA)(NY) 2:55:10    
1898年4月19日  ロナルド・J・マクドナルド (CAN) 2:42:00    
1899年4月19日  Lawrence Brignolia (USA)(MA) 2:54:38    
1900年4月19日  ジャック・キャフェリー (CAN) 2:39:44    
1901年4月19日  ジャック・キャフェリー (CAN) -2- 2:29:23    
1902年4月19日  Sammy Mellor (USA)(NY) 2:43:12    
1903年4月20日  John Lorden (USA)(MA) 2:41:29    
1904年4月19日  Michael Spring (USA)(NY) 2:38:04    
1905年4月19日  フレッド・ローツ (USA)(NY) 2:38:25    
1906年4月19日  ティム・フォード (USA)(MA) 2:45:45    
1907年4月19日  トム・ロングボート (CAN) 2:24:24    
1908年4月20日  トーマス・モリジー (USA)(NY) 2:25:43    
1909年4月19日  Henri Renaud (USA)(NH) 2:53:36    
1910年4月19日  フレッド・キャメロン (CAN) 2:28:52    
1911年4月19日  クラレンス・デマー (USA)(MA) 2:21:39    
1912年4月19日  マイケル・ライアン (USA)(NY) 2:21:18    
1913年4月19日  フリッツ・カールソン (USA)(MN) 2:25:14    
1914年4月20日  ジェームズ・ダフィー (CAN) 2:25:14    
1915年4月19日  Edouard Fabre (CAN) 2:31:41    
1916年4月19日  Arthur Roth (USA)(MA) 2:27:16    
1917年4月19日  ビル・ケネディ (USA)(NY) 2:28:37    
1918年4月19日  ミリタリー・リレー (USA)(MA) 2:29:53    
1919年4月19日  カール・リンダー (USA)(MA) 2:29:13    
1920年4月19日  Peter Trivoulides (USA)(NY) 2:29:31    
1921年4月19日  Frank Zuna (USA)(NY) 2:18:57    
1922年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -2- 2:18:10    
1923年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -3- 2:23:47    
1924年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -4- 2:29:40    
1925年4月20日  チャールズ・メラー (USA)(IL) 2:33:00    
1926年4月19日  ジョニー・マイルズ (CAN) 2:25:40    
1927年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -5- 2:40:22    
1928年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -6- 2:37:07    
1929年4月19日  ジョニー・マイルズ (CAN) -2- 2:33:08    
1930年4月19日  クラレンス・デマー (USA) -7- 2:34:48    
1931年4月20日  ジェームズ・P・ヘニガン (USA)(MA) 2:46:45    
1932年4月19日  Paul DeBruyn (GER) 2:33:36    
1933年4月19日  レスリー・S・ポーソン (USA)(RI) 2:31:01    
1934年4月19日  Dave Komonen (CAN) 2:32:53    
1935年4月19日  John A. Kelley (USA)(MA) 2:32:07    
1936年4月20日  Ellison M. Brown (USA)(RI) 2:33:40    
1937年4月19日  ウォルター・ヤング (CAN) 2:33:20    
1938年4月19日  レスリー・S・ポーソン (USA) -2- 2:35:34    
1939年4月19日  Ellison M. Brown (USA) -2- 2:28:51    
1940年4月19日  ジェラルド・コート (CAN) 2:28:28    
1941年4月19日  レスリー・S・ポーソン (USA) -3- 2:30:38    
1942年4月19日  ジョー・スミス (USA)(MA) 2:26:51    
1943年4月18日  ジェラルド・コート (CAN) -2- 2:28:25    
1944年4月19日  ジェラルド・コート (CAN) -3- 2:31:50    
1945年4月19日  John A. Kelley (USA) -2- 2:30:40    
1946年4月20日  Stylianos Kyriakides (GRC) 2:29:27    
1947年4月19日  徐潤福 (KOR) 2:25:39WR    
1948年4月19日  ジェラルド・コート (CAN) -4- 2:31:02    
1949年4月19日  Karl Leandersson (SWE) 2:31:50    
1950年4月19日  咸基鎔 (KOR) 2:32:39    
1951年4月19日  田中茂樹 (JPN)(広島)[15] 2:27:45    
1952年4月19日  ドロテオ・フローレス (GTM) 2:31:53    
1953年4月20日  山田敬蔵 (JPN) 2:18:51    
1954年4月19日  ヴェイッコ・カルヴォネン (FIN) 2:20:39    
1955年4月19日  浜村秀雄 (JPN) 2:18:22    
1956年4月19日  Antti Viskari (FIN) 2:14:14    
1957年4月20日  John J. Kelley (USA)(CT) 2:20:05    
1958年4月19日  Franjo Mihalic (YUG) 2:25:54    
1959年4月20日  Eino Oksanen (FIN) 2:22:42    
1960年4月19日  Paavo Kotila (FIN) 2:20:54    
1961年4月19日  Eino Oksanen (FIN) -2- 2:23:39    
1962年4月19日  Eino Oksanen (FIN) -3- 2:23:48    
1963年4月19日  Aurele Vandendriessche (BEL) 2:18:58    
1964年4月20日  Aurele Vandendriessche (BEL) -2- 2:19:59    
1965年4月19日  重松森雄 (JPN) 2:16:33    
1966年4月19日  君原健二 (JPN) 2:17:11    
1967年4月19日  デビッド・マッケンジー (NZL) 2:15:45    
1968年4月19日  アンブロース・バーフット (USA)(CT) 2:22:17    
1969年4月21日  采谷義秋 (JPN) 2:13:49    
1970年4月20日  ロン・ヒル (GBR) 2:10:30    
1971年4月19日  Alvaro Mejia (COL) 2:18:45    
1972年4月17日  Olavi Suomalainen (FIN) 2:15:39  ニーナ・クシック (USA)(NY) 3:10:26
1973年4月16日  ジョン・アンダーソン (USA)(OR) 2:16:03  ジャクリーヌ・ハンセン (USA)(CA) 3:05:59
1974年4月15日  Neil Cusack (IRL) 2:13:39  ゴーマン美智子 (USA)(CA) 2:47:11
1975年4月21日  ビル・ロジャース英語版 (USA)(MA) 2:09:55  リアネ・ヴィンター (FRG) 2:42:24
1976年4月19日  Jack Fultz (USA)(VA) 2:20:19  キム・メリット (USA)(WI) 2:47:10
1977年4月18日  ジェローム・ドレイトン (CAN) 2:14:46  ゴーマン美智子 (USA) -2- 2:48:33
1978年4月17日  ビル・ロジャース (USA) -2- 2:10:13  ゲイル・バロン (USA)(GA) 2:44:52
1979年4月16日  ビル・ロジャース (USA) -3- 2:09:27  ジョーン・ベノイト (USA)(ME) 2:35:15
1980年4月21日  ビル・ロジャース (USA) -4- 2:12:11  ジャクリーヌ・ガロー (CAN) 2:34:28
1981年4月20日  瀬古利彦 (JPN) 2:09:26  アリソン・ロー (NZL) 2:26:46
1982年4月19日  アルベルト・サラザール英語版 (USA)(MA) 2:08:52  シャルロッテ・テスケ (FRG) 2:29:33
1983年4月18日  グレッグ・メイヤー (USA)(MA) 2:09:00  ジョーン・ベノイト (USA) -2- 2:22:43WR
1984年4月16日  ジェフ・スミス (GBR) 2:10:34  ローレン・モラー (NZL) 2:29.28
1985年4月15日  ジェフ・スミス (GBR) -2- 2:14:05  リサ・ワイデンバック (USA)(MI) 2:34.06
1986年4月21日  ロバート・ド・キャステラ (AUS) 2:07:51  イングリッド・クリスチャンセン (NOR) 2:24:55
1987年4月20日  瀬古利彦 (JPN) -2- 2:11:50  ロザ・モタ (PRT) 2:25:21
1988年4月18日  イブラヒム・フセイン (KEN) 2:08:43  ロザ・モタ (PRT) -2- 2:24:30
1989年4月17日  アベベ・メコネン (ETH) 2:09:06  イングリッド・クリスチャンセン (NOR) -2- 2:24:33
1990年4月16日  ジェリンド・ボルディン (ITA) 2:08:19  ロザ・モタ (PRT) -3- 2:25:24
1991年4月15日  イブラヒム・フセイン (KEN) -2- 2:11:06  ワンダ・パンフィル (POL) 2:24:18
1992年4月20日  イブラヒム・フセイン (KEN) -3- 2:08:14  オルガ・マルコワ (RUS) 2:23:43
1993年4月19日  コスマス・デティ (KEN) 2:09:33  オルガ・マルコワ (RUS) -2- 2:25:27
1994年4月18日  コスマス・デティ (KEN) -2- 2:07:15  ウタ・ピッピヒ (GER) 2:21:45
1995年4月17日  コスマス・デティ (KEN) -3- 2:09:22  ウタ・ピッピヒ (GER) -2- 2:25:11
1996年4月15日  モーゼス・タヌイ (KEN) 2:09:15  ウタ・ピッピヒ (GER) -3- 2:27:12
1997年4月21日  Lameck Aguta (KEN) 2:10:34  ファツマ・ロバ (ETH) 2:26:23
1998年4月20日  モーゼス・タヌイ (KEN) -2- 2:07:34  ファツマ・ロバ (ETH) -2- 2:23:21
1999年4月19日  J・チェベト (KEN) 2:09:52  ファツマ・ロバ (ETH) -3- 2:23:25
2000年4月17日  イライジャ・ラガト (KEN) 2:09:47  キャサリン・ヌデレバ (KEN) 2:26:11
2001年4月16日  李鳳柱 (KOR) 2:09:43  キャサリン・ヌデレバ (KEN) -2- 2:23:53
2002年4月15日  ロジャース・ロプ (KEN) 2:09:02  マーガレット・オカヨ (KEN) 2:20:43
2003年4月21日  ロバート・キプコエチ・チェルイヨット (KEN) 2:10:11  スベトラーナ・ザハロワ (RUS) 2:25:20
2004年4月19日  ティモシー・チェリガド (KEN) 2:10:37  キャサリン・ヌデレバ (KEN) -3- 2:24:27
2005年4月18日  ハイル・ネグシェ (ETH) 2:11:45  キャサリン・ヌデレバ (KEN) -4- 2:25:13
2006年4月17日  ロバート・キプコエチ・チェルイヨット (KEN) -2- 2:07:14  リタ・ジェプトゥー (KEN) 2:23:38
2007年4月16日  ロバート・キプコエチ・チェルイヨット (KEN) -3- 2:14:13  リディア・グリゴリエワ (RUS) 2:29:18
2008年4月21日  ロバート・キプコエチ・チェルイヨット (KEN) -4- 2:07:45  ディレ・ツネ (ETH) 2:25:21
2009年4月20日  デリバ・メルガ (ETH) 2:08:42  サリナ・コスゲイ (KEN) 2:32:16
2010年4月19日  ロバート・キプロノ・チェルイヨット (KEN) 2:05:52  テイバ・エルケッソ (ETH) 2:26:11
2011年4月18日  ジョフリー・ムタイ (KEN) 2:03:02  キャロライン・キレル (KEN) 2:22:36
2012年4月16日  ウェズリー・コリール英語版 (KEN) 2:12:40  シャロン・チェロップ英語版 (KEN) 2:31:50
2013年4月15日  レリサ・デシサ (ETH) 2:10:23  リタ・ジェプトゥー (KEN) -2- 2:26:25
2014年4月21日  メブ・ケフレジギ (USA) 2:08:37  リタ・ジェプトゥー (KEN) -3- 2:18:57
2015年4月20日  レリサ・デシサ (ETH) -2- 2:09:17  キャロライン・ロティチ英語版 (KEN) 2:24:55
2016年4月18日  レミ・ハイレ英語版 (ETH) 2:12:45  アツェデ・バイザ英語版 (ETH) 2:29:19
2017年4月17日  ジョフリー・キルイ (KEN) 2:09:37  エドナ・キプラガト (KEN) 2:21:52
2018年4月16日  川内優輝 (JPN) 2:15:58  デズリー・リンデン英語版 (USA) 2:39:54
2019年4月15日  ローレンス・チェロノ (KEN) 2:07:57  ウォルクネシュ・デゲファ (ETH) 2:23:31
2021年10月11日  ベンソン・キプルト (KEN) 2:09:51  en:Diana Kipyogei (KEN) 2:24:45
2022年4月18日  エバンス・チェベト英語版 (KEN) 2:06:51  ペレス・ジェプチルチル (KEN) 2:21:02
2023年4月17日  エバンス・チェベト (KEN) -2- 2:05:54  ヘレン・オビリ (KEN) 2:21:38
2024年4月15日  シサイ・レマ (ETH) 2:06:17  ヘレン・オビリ (KEN) -2- 2:22:37

雑記帳

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ジンクス

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1897年にボストンマラソンが始まって以来、アベベ・ビキラをはじめとする過去の名選手達でも破れなかった「五輪マラソンの覇者はボストンマラソンに勝てない」というジンクスが存在した。

しかし、1988年ソウルオリンピック男子マラソンのゴールドメダリストであるジェリンド・ボルディンが1990年ボストンマラソンでジュマ・イカンガーらを相手にクレバーな追い上げで優勝し、約1世紀の間誰も破れなかったジンクスを初めて破った。ボルディンは2023年現在でもオリンピックとボストンマラソンの両方を制した唯一の男子選手であるが、「また誰かが破るさ」と本人は語っている。

2013年の爆弾テロ事件

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2013年のボストンマラソンでは、スタートから4時間を過ぎた頃にゴール付近で爆弾テロ事件が発生し、大会が途中で打ち切られた。なお、トップアスリートの部はすでに終了しており、公式記録に残る。

女子の参加をめぐって

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2014年 女子先頭集団

ボストンマラソンは、世界の大きなマラソンで初めて女子の参加を認めた大会であるが、決して簡単に実現したものではなかった。1960年代まで、女性がマラソンを走ることは生理的に困難であるという見解が陸上競技の関係者の間でもごく当たり前に語られていた。そうした中、女性の権利拡張運動とも相まって、ボストンマラソンへの参加を求める女性が出現したが、主催者側はこれを拒否した。1966年、ロベルタ・ギブ(通称ボビー・ギブ英語版)が初めてレースを完走したが、主催者側は未登録参加のギブを「同時刻に同じコースを走った通行人」として記録を認めなかった[16]。翌1967年にはキャサリン・スウィッツァーが性別を悟られないように"K.V.スウィッツァー”というイニシャルで登録してレースに強行参加。主催者側は出場を認めていないとして彼女を排除しようとしたが、他の男性ランナーに守られてゴールにたどり着いた[16]1968年からは主催者側も女性が走ることを黙認するようになり、1969年には女子トップでゴールしたサラ・バーマンを「女子優勝者」と認定した[16]。そして、アメリカで公式に女性のマラソン記録が認められるようになった1972年の大会から、正式に女子の参加が認められるようになった。前記の歴代優勝者のリストにおいて、1966年から1971年までの欄に「(非公式)」という但し書きがあるのはこのためである。

1980年の女子優勝者

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1980年の大会では女子の先頭を切ってゴールしたのは、ロージー・ルイーズという選手であった(タイムは2時間31分56秒)。しかし、レース途中で彼女を見ていないという複数の証言や、ゴールしたときに彼女のウェアにほとんど汗がついていなかったこと、またゴール800m手前の地点で、群衆の中から彼女が飛び出してきたという目撃証言などから、主催者側は彼女が途中で何らかの方法で近道をしたと判断し、失格とした[17](なお、彼女は前年のニューヨークシティマラソンにも参加しているが、その際にも彼女が地下鉄に乗っていたという証言があった)。代わってカナダジャクリーヌ・ガローが優勝者となった。こうしたマラソンの「キセル」は、1904年セントルイスオリンピックでも起きているが(アメリカのフレッド・ローツによるもの)、草創期ならともかく現代のマラソンでこうした事件が起きたことは多くの人を驚かせた。

宇宙からの参加者

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2007年に行われた大会では、国際宇宙ステーションに滞在中の女性宇宙飛行士スニータ・ウィリアムズが参加した。NASAを通じて電子メールで送られた14000番のゼッケンをつけてトレッドミルで42.195kmを4時間24分で完走。宇宙からのマラソン大会への正式参加は史上初めて。

スポンサー

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1984年から1991年まで8年間、リコーがスポンサーを務めていたが、スポンサー料が高くなりすぎたため、スポンサーをやめ、シットゴーがスポンサーとなったが、優勝賞金は5万5000ドルから3万ドルに減額された[18]

ボストン・レッドソックス

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ボストンを本拠地とするMLB球団のボストン・レッドソックスがボストンマラソン当日に本拠地のフェンウェイ・パークにて主催試合を行う場合には、大会に配慮する形で午前11時頃に試合開始という異例の時間帯で開催することが通例となっている[19]

車いすの部

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2011年副島正純

1975年、当時24歳のボブ・ホールという車いす使用の青年の参加を許可し、2時間58分の記録を公式に認めた。メジャー大会で初となったこのニュースは、多くの障害者が車いすマラソンに挑戦するきっかけとなった。

なお、1970年には非公式であるが、ベトナム退役軍人のユージン・ロバーツ(Eugene Roberts)が病院の車椅子を使って7時間掛けて完走している[20]

日本人では、2007年と2011年に副島正純が優勝し、女子では土田和歌子が2007〜2011年に5連覇している。

歴代優勝者
開催年 男子選手 タイム 女子選手 タイム
1975  Bob Hall (USA) 2:58 (女子の参加なし)  
1976        
1977  Bob Hall (USA) -2- 2:40:10  Sharon Rahn (USA) 3:48:51
1978  George Murray (USA) 2:26:57  Susan Schapiro (USA) 3:52:53
1979  Ken Archer (USA) 2:38:59  Sheryl Bair (USA) 3:27:56
1980  Curt Brinkman (USA) 1:55:00  Sharon Limpert (USA) 2:49:04
1981  Jim Martinson (USA) 2:00:41  Candace Cable (USA) 2:38:41
1982  Jim Knaub (USA) 1:51:31  Candace Cable (USA) -2- 2:12:43
1983  Jim Knaub (USA) -2- 1:47:10  Sherry Ramsey (USA) 2:27:07
1984  Andre Viger (CAN) 2:05:20  Sherry Ramsey (USA) -2- 2:26:51
1985  George Murray (USA) -2- 1:45:34  Candace Cable (USA) -3- 2:05:26
1986  Andre Viger (CAN) -2- 1:43:25  Candace Cable (USA) -4- 2:09:28
1987  Andre Viger (CAN) -3- 1:55:42  Candace Cable (USA) -5- 2:19:55
1988  Mustapha Badid (FRA) 1:43:19  Candace Cable (USA) -6- 2:10:44
1989  Phillippe Couprie (FRA) 1:36:04  Connie Hansen (DEN) 1:50:06
1990  Mustapha Badid (FRA) -2- 1:29:53  Jean Driscoll (USA) 1:43:17
1991  Jim Knaub (USA) -3- 1:30:44  Jean Driscoll (USA) -2- 1:42:42
1992  Jim Knaub (USA) -4- 1:26:28  Jean Driscoll (USA) -2- 1:36:52
1993  Jim Knaub (USA) -5- 1:22:17  Jean Driscoll (USA) -3- 1:34:50
1994  ハインツ・フライ (SUI) 1:21:23  Jean Driscoll (USA) -4- 1:34:22
1995  Franz Nietlispach (SUI) 1:25:59  Jean Driscoll (USA) -5- 1:40:42
1996  ハインツ・フライ (SUI) -2- 1:30:11  Jean Driscoll (USA) -6- 1:52:54
1997  Franz Nietlispach (SUI) 1:28:14  Louise Sauvage (AUS) 1:54:28
1998  Franz Nietlispach (SUI) -2- 1:21:52  Louise Sauvage (AUS) -2- 1:41:19
1999  Franz Nietlispach (SUI) -3- 1:21:36  Louise Sauvage (AUS) -3- 1:42:22
2000  Franz Nietlispach (SUI) -4- 1:33:32  Jean Driscoll (USA) -7- 2:00:52
2001  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) 1:25:12  Louise Sauvage (AUS) -4- 1:53:54
2002  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -2- 1:23:19  Edith Hunkeler (SUI) 1:45:57
2003  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -3- 1:28:32  Christina Ripp (USA) 1:54:47
2004  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -4- 1:18:27  Cheri Blauwet (USA) 1:39:53
2005  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -5- 1:24:11  Cheri Blauwet (USA) -2- 1:47:45
2006  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -6- 1:25:29  Edith Hunkeler (SUI) -2- 1:43:42
2007  副島正純 (JPN) 1:29:16  土田和歌子 (JPN) 1:53:30
2008  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -7- 1:26:49  土田和歌子 (JPN) -2- 1:48:32
2009  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -8- 1:33:29  土田和歌子 (JPN) -3- 1:54:37
2010  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -9- 1:26:53  土田和歌子 (JPN) -4- 1:43:32
2011  副島正純 (JPN) -2- 1:18:50  土田和歌子 (JPN) -5- 1:34:06
2012  ジョシュア・キャシディ (CAN) 1:18:25  シャーリー・レイリー (USA) 1:37:36
2013  山本浩之 (JPN) 1:25:33  タチアナ・マクファーデン (USA) 1:45:25
2014  エレンスト・ヴァン・ダイク (ZAF) -10- 1:20:36  タチアナ・マクファーデン (USA) -2- 1:35:06

本大会を題材とした作品

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  • 心臓破りの丘 - 1954年の日本映画(監督:木村恵吾)。山田敬蔵をモデルとしたフィクション[21]
  • パトリオット・デイ - 2016年のアメリカ映画。2013年に発生した爆弾テロ事件の事件発生から顛末までを描く。
  • ボストン1947 - 2023年の韓国映画。1947年大会で優勝した徐潤福を題材とする。

脚注

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  1. ^ https://sports.yahoo.com/2021-boston-marathon-postponed-usual-182343827.html
  2. ^ a b http://www.baa.org/races/boston-marathon/boston-marathon-history.aspx
  3. ^ http://www.baa.org/races/boston-marathon/event-information/course-map.aspx
  4. ^ a b c d http://www.baa.org/races/boston-marathon/participant-information/qualifying.aspx
  5. ^ http://www.baa.org/news-and-press/news-listing/2014/september/2015-boston-marathon-qualifier-acceptances.aspx
  6. ^ http://www.baa.org/news-and-press/news-listing/2014/july/boston-marathon-raises-historic-amounts-for-local-non-profits.aspx
  7. ^ a b “川内優輝 ボストンV “市民ランナー”が世界の頂点に 最高峰WMM日本人初”. デイリースポーツ. (2018年4月18日). https://www.daily.co.jp/general/2018/04/18/0011174235.shtml 2018年4月29日閲覧。 
  8. ^ a b “75歳・君原さん「私も年を取ったな」 4時間台で完走”. 朝日新聞. (2016年4月19日). http://www.asahi.com/articles/ASJ4M1RZXJ4MUTQP002.html 2016年5月4日閲覧。 
  9. ^ 『サンケイグラフ』1955年5月8日号、産業経済新聞社。
  10. ^ 「ボストンマラソン 日本、四位まで独占」 『中日新聞』1966年4月20日付夕刊、D版、1面。
  11. ^ 『いのちもやして、たたけよ。: 鼓童30年の軌跡』p189鼓童文化財団、出版文化社, 2011
  12. ^ 50年前の雄姿再び=ボストン優勝の重松さん―マラソン - Runnet(2015年4月20日、元記事は時事通信)
  13. ^ 君原健二さん半世紀ぶり完走「変わらぬ喜び」<陸上:ボストン・マラソン> - 日刊スポーツ(2016年4月19日記事)
  14. ^ 君原健二さん、半世紀ぶりにボストン・マラソン挑戦 - 日刊スポーツ(2016年3月30日記事)
  15. ^ 田中だけは公式記録に出身地まで記載されている
  16. ^ a b c 宇佐美彰朗『女子マラソン どうして強くなったのか』筑摩書房、1996年、p22 - 23
  17. ^ Rosie Ruiz Wins the Boston Marathon
  18. ^ 冠大会に不況の風 スポンサーの降板目立つ 代役が見つからない例も 朝日新聞 1992年11月16日 夕刊3ページ
  19. ^ "大谷翔平、吉田正尚と注目の初対決 18日午前0時10分開始、ボストンマラソンで異例時間に". 日刊スポーツNEWS. 日刊スポーツ新聞社. 17 April 2023. 2023年4月17日閲覧
  20. ^ http://webhost.bridgew.edu/jhuber/readings/boston_the_100th_marathon.html
  21. ^ 心臓破りの丘 - MOVIE WALKER PRESS

外部リンク

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