マリオ・ハース
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2009年のハース | ||||||
名前 | ||||||
ラテン文字 | Mario HAAS | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | オーストリア | |||||
生年月日 | 1974年9月16日(50歳) | |||||
出身地 | グラーツ | |||||
身長 | 182cm | |||||
体重 | 82kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
利き足 | 右足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
1993-1999 | シュトゥルム・グラーツ | 185 | (66) | |||
1999-2000 | ストラスブール | 27 | (3) | |||
2001-2004 | シュトゥルム・グラーツ | 114 | (39) | |||
2005-2006 | ジェフユナイテッド千葉 | 48 | (11) | |||
2007-2012 | シュトゥルム・グラーツ | 158 | (42) | |||
通算 | 532 | (161) | ||||
代表歴 | ||||||
1996-2007 | オーストリア | 43 | (7) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
マリオ・ハース(Mario Haas、1974年9月16日-)は、オーストリア・グラーツ出身の元サッカー選手。ポジションはFW。オーストリア代表として1998 FIFAワールドカップに出場した経験を持つ。
経歴
[編集]1993年、オーストリア・ブンデスリーガに属すSKシュトゥルム・グラーツに入団。その後、グラーツの監督に就任したイビチャ・オシムの指揮の下、イヴィツァ・ヴァスティッチ(後に名古屋グランパスでプレー)と共にゴールを量産し、グラーツの黄金時代を築くメンバーの1人となった(一時期、フランスのRCストラスブールにも所属[1])。
UEFAチャンピオンズリーグ本大会、UEFAカップ本大会、1998年FIFAワールドカップ・フランス大会等への出場を果たしたハースは、恩師であるオシム監督に誘われ[2]、2005年からはJリーグのジェフユナイテッド市原・千葉でプレー。巧みなボールキープから味方にパスを供給した[2]。4月9日の大分トリニータ戦でJリーグ初ゴールを含む2ゴールを決めた[3]。
2006年、ナビスコカップ準々決勝のセレッソ大阪戦、1stレグではハットトリックを決め[4]、2ndレグでは2ゴールを決めるなど[5]、決勝進出に貢献、決勝の鹿島アントラーズ戦でチームは勝利したが、負傷し前半28分で途中交代を強いられた[6]。この時に負った靭帯負傷(前十字靭帯損傷)の治療のため、11月14日にオーストリアに帰国。結果的にそのままジェフユナイテッド市原・千葉を退団となった[7]。 その後、2007年に古巣のSKシュトゥルム・グラーツに復帰[1]。
2012年12月1日の試合をもって、現役を引退した。
個人成績
[編集]国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
オーストリア | リーグ戦 | リーグ杯 | オーストリア杯 | 期間通算 | |||||||
1993-94 | グラーツ | ブンデスリーガ | 28 | 5 | |||||||
1994-95 | 34 | 13 | |||||||||
1995-96 | 35 | 12 | |||||||||
1996-97 | 14 | 1 | |||||||||
1997-98 | 36 | 17 | |||||||||
1998-99 | 32 | 17 | |||||||||
フランス | リーグ戦 | F・リーグ杯 | フランス杯 | 期間通算 | |||||||
1999-00 | ストラスブール | ディヴィジョン・アン | 16 | 1 | |||||||
2000-01 | 11 | 2 | |||||||||
オーストリア | リーグ戦 | リーグ杯 | オーストリア杯 | 期間通算 | |||||||
2000-01 | グラーツ | ブンデスリーガ | 14 | 4 | |||||||
2001-02 | 30 | 12 | |||||||||
2002-03 | 20 | 6 | |||||||||
2003-04 | 34 | 10 | |||||||||
2004-05 | 16 | 7 | |||||||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2005 | 千葉 | 10 | J1 | 25 | 6 | 4 | 0 | 2 | 1 | 31 | 7 |
2006 | 23 | 5 | 8 | 5 | 0 | 0 | 31 | 10 | |||
オーストリア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
2006-07 | グラーツ | ブンデスリーガ | 15 | 4 | |||||||
2007-08 | 35 | 14 | |||||||||
2008-09 | 11 | 35 | 15 | ||||||||
2009-10 | 17 | 1 | |||||||||
2010-11 | 23 | 5 | |||||||||
2011-12 | 24 | 2 | |||||||||
2012-13 | 1 | 0 | |||||||||
通算 | オーストリア | ||||||||||
フランス | ディヴィジョン・アン | 27 | 3 | ||||||||
日本 | J1 | 48 | 11 | 12 | 5 | 2 | 1 | 62 | 17 | ||
総通算 |
その他の国際公式戦
- 2006年
- A3チャンピオンズカップ 3試合0得点
代表歴
[編集]試合数
[編集]- 国際Aマッチ 43試合 7得点(1996年-2007年)[8]
オーストリア代表 | 国際Aマッチ | |
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年 | 出場 | 得点 |
1996 | 1 | 0 |
1997 | 0 | 0 |
1998 | 10 | 2 |
1999 | 4 | 0 |
2000 | 1 | 0 |
2001 | 7 | 0 |
2002 | 0 | 0 |
2003 | 8 | 4 |
2004 | 6 | 1 |
2005 | 3 | 0 |
2006 | 0 | 0 |
2007 | 3 | 0 |
通算 | 43 | 7 |
備考
[編集]- SKシュトゥルム・グラーツ時代、ときおり魅せるスーパープレーから「スーパー・マリオ」と命名された。
脚注
[編集]- ^ a b “Mario Hass”. www.national-football. 2020年4月18日閲覧。
- ^ a b “0トップ型フォワードの先駆け、マリオ・ハース”. spaia. 2020年4月18日閲覧。
- ^ “ハース”. data.jleague. 2020年4月18日閲覧。
- ^ “Jリーグカップ ハットトリック”. data.jleague. 2020年4月18日閲覧。
- ^ “2006Jリーグヤマザキナビスコカップ 準々決勝 第2戦”. data.jleague. 2020年4月18日閲覧。
- ^ “2006Jリーグヤマザキナビスコカップ 決勝”. data.jleague. 2020年4月18日閲覧。
- ^ 『選手の来季契約について』(プレスリリース)ジェフユナイテッド市原・千葉、2006年12月1日 。2018年12月18日閲覧。
- ^ マリオ・ハース - National-Football-Teams.com
外部リンク
[編集]- マリオ・ハース - National-Football-Teams.com
- マリオ・ハース - Soccerway.com
- マリオ・ハース - FootballDatabase.eu
- マリオ・ハース - WorldFootball.net
- マリオ・ハース - Transfermarkt.comによる選手データ
- マリオ・ハース - Transfermarkt.comによる指導者データ
- マリオ・ハース - FIFA主催大会成績
- マリオ・ハース - UEFA
- マリオ・ハース - J.League Data Siteによる選手データ