モニー・モニー
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「モニー・モニー」 | ||||||||
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トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ の シングル | ||||||||
初出アルバム『Mony Mony』 | ||||||||
B面 | 恋のパンチ | |||||||
リリース | ||||||||
規格 | 7インチ・シングル | |||||||
ジャンル | ガレージロック | |||||||
時間 | ||||||||
レーベル | ルーレット・レコード | |||||||
作詞・作曲 | トミー・ジェイムス、ボー・ジェントリー、リッチー・コーデル、ボビー・ブルーム | |||||||
プロデュース | ボー・ジェントリー、リッチー・コーデル | |||||||
チャート最高順位 | ||||||||
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トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズ シングル 年表 | ||||||||
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「モニー・モニー」(Mony Mony)は、トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズが1968年に発表した楽曲。全米3位、イギリス1位を記録。そしてビリー・アイドルが1987年にカバーしたライブ・バージョンが全米1位を記録した。
概要
[編集]作詞作曲のクレジットはトミー・ジェイムス、ボー・ジェントリー、リッチー・コーデル、ボビー・ブルームの4人[2]。タイトルの由来についてジェイムスはこう述べている。
実はタイトルが決まる前に曲はすでにできていた。「Sloopy」(注・「ハング・オン・スルーピー」のこと)とか「Bony Maroney」みたいなキャッチーなやつを付けたかったんだが、思いついたのはどれもばかばかしくって話にならなかった。ニューヨークでリッチー・コーデルと曲を書いていたときだ。俺はほとんどあきらめかけ、テラスに出た。見上げるとミューチュアル・オブ・ニューヨーク・ビル(The Mutual of New York building)のてっぺんに、赤く照らされたイニシャルの文字があった。俺は叫んだ。「これだ。これしかない。リッチー、こっちに来てあれを見ろ!」。神が俺たちに言っているように思えたよ。さあタイトルにお使いなさいと。もしあのとき別のほうを向いていたら「ホテル・タフト」になってかもしれない。そんなことを俺はそのあとよく考えた.[3]。
「Mony Mony」が意味するのものは明示されないが、ジェイムスはあからさまに性的な内容の歌詞を歌っている。
1968年3月、シングルA面として発売。B面は「恋のパンチ」(One Two Three and I Fell)[1]。
Billboard Hot 100の3位を記録。イギリスは1位、カナダは3位、アイルランドは2位、西ドイツは3位、スイスは2位、オーストリアは4位を記録するなど欧米各国で大ヒットした。
カバー・バージョン
[編集]- ラス・モスカス - 1968年のアルバム『Mony Mony』に収録。スペイン語詞。
- ビリー・アイドル - 1981年のEP『Don't Stop』に収録。1987年に発表したライブ・バージョンのシングルはBillboard Hot 100の1位を記録。イギリスは7位、カナダは1位を記録した。
- アル・ヤンコビック - 1988年のアルバム『Even Worse』に収録。パロディソングで、タイトルは「Alimony」。
- 氷室京介 - 1988年の全国ツアーで歌った。
脚注
[編集]- ^ a b 45cat - Tommy James And The Shondells - Mony Mony / One Two Three And I Fell - Roulette - USA - R-7008
- ^ Rice, Jo (1982). The Guinness Book of 500 Number One Hits (1st ed.). Enfield, Middlesex: Guinness Superlatives Ltd. pp. 118–9. ISBN 0-85112-250-7
- ^ Lott, Rod. "Crystal Blue Conversation" on Angelfire
先代 デス・オコナー 「I Pretend」 |
全英シングルチャート 1位シングル 1968年7月31日 - 8月7日(2週) |
次代 クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン 「ファイアー」 |