ロバート・シャーリー (第7代フェラーズ伯爵)
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第7代フェラーズ伯爵ロバート・シャーリー(英語: Robert Shirley, 7th Earl Ferrers FSA、1756年9月21日 – 1827年5月2日)は、グレートブリテン貴族。1778年から1787年までタムワース子爵の儀礼称号を使用した[1]。
生涯
[編集]第6代フェラーズ伯爵ロバート・シャーリーとの長男として、1756年9月21日に生まれ、25日に洗礼を受けた[1]。
1787年4月17日に父が死去すると、フェラーズ伯爵位を継承したが、政治に関わることはなかった[1]。
1788年5月29日、ロンドン考古協会フェローに選出された[2]。
1827年5月2日にヘイスティングスで死去、レスターシャーのブレドン(Bredon)で埋葬された[1]。息子に先立たれたため、弟ワシントンが爵位を継承した[1]。
家族
[編集]1778年3月13日、エリザベス・プレンティス(Elizabeth Prentise、1799年9月14日没、ジョン・プレンティスの娘)と結婚[1]、1男をもうけた[3]。
- ロバート・セウォリス(Robert Sewallis、1778年11月9日 – 1824年6月6日) - 1800年8月5日、ソフィア・キャロライン・カーゾン(Sophia Caroline Curzon、1779年1月13日 – 1849年2月3日、第2代スカーズデール男爵ナサニエル・カーゾンの娘)と結婚
1799年9月28日、エリザベス・マンディー(Elizabeth Mundy、1827年2月22日没、ライトソン・マンディーの娘)と再婚した[1]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, Herbert Arthur, eds. (1926). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Eardley of Spalding to Goojerat) (英語). Vol. 5 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 337–338.
- ^ A List of the Members of the Society of Antiquaries of London, from Their Revival in 1717, to June 19, 1796 (英語). London: John Nichols. 1798. p. 45.
- ^ "Ferrers, Earl (GB, 1711)". Cracroft's Peerage (英語). 29 June 2019. 2020年10月29日閲覧。
関連図書
[編集]- Shirley, Evelyn Philip (1873). Stemmata Shirleiana (英語) (2nd ed.). Westminster: Nichols and Sons. pp. 201–202.
外部リンク
[編集]- Hansard 1803–2005: contributions in Parliament by the 7th Earl Ferrers
- "ロバート・シャーリーの関連資料一覧" (英語). イギリス国立公文書館.
グレートブリテンの爵位 | ||
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先代 ロバート・シャーリー |
フェラーズ伯爵 1787年 – 1827年 |
次代 ワシントン・シャーリー |