ワイルド・バンチ (ヒップホップグループ)
The Wild Bunch | |
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出身地 |
イギリス イングランド・ブリストル |
レーベル |
アイランド・レコード 4th & B'way Records |
共同作業者 | ネナ・チェリー |
メンバー |
ダディ G DJ Milo ネリー・フーパー ロバート・デル・ナジャ(3D) マッシュルーム Willie Wee トリッキー |
ワイルド・バンチ(The Wild Bunch)は、イギリス・ブリストルにて、サウンド・システムを母体として結成されたヒップホップ・グループ。[1]
略歴
[編集]ワイルド・バンチは、1980年代初頭のブリストルでダディ G、DJ Milo、ネリー・フーパーの3人により結成され、後にロバート・デル・ナジャ(3D)、マッシュルーム、Willie Weeの3人が加入した。 ダディ Gの自宅で友人を集った、パンク、ニューウェイヴ、ファンク、ディスコ、ヒップホップ、レゲエのレコード鑑賞を発端に活動が始まる。[1]ダディ Gがブリクストン・パーク・ストリートのクラブ「ダグアウト」でレゲエのDJを始めた頃から集客が増してワイルド・バンチの下地が作られ[2]、その後、サウンドシステムとしてセントポールズ・ミュージック・フェスティバルに出演した[3]。のちにマーク・スチュワートの後ろ盾を得てロンドンに進出。アイランド・レコードと契約を果たし、メジャー・レコード会社と契約したイギリス初のヒップホップ・グループとなった[1]。
1986年の4月から5月にかけて菊池武夫のファッションショーへの出演に伴い、ネナ・チェリーが在籍するBUFFALOと共に日本ツアーが行われた[3]。日本ツアー終了後に、ダディ Gは、ロバート・デル・ナジャ(3D)、マッシュルームと共にマッシヴ・アタックを結成。ネリー・フーパーは、ソウル・II・ソウルに参加し、DJ Miloは、日本での音楽活動を続けた。[4]
1987年、1stシングル「Tearin Down The Avenue / The Look Of Love」をリリースした[5]。エリック B. & ラキムのシングル「Move The Crowd」[6]とMorgan McVeyの「Looking Good Diving」[7]でリミックスを手がけた。 1987年12月31日には、ブリストルのセントバルナバス納堂でソウル・II・ソウルとサウンド・クラッシュが行われた[8]。
1988年、2ndシングル「Friends And Countrymen」をリリースした[9]。
1989年、ロバート・デル・ナジャ(3D)とマッシュルームは、ネナ・チェリーのアルバム「ロー・ライク・スシ」にマッシヴ・アタック (and The Wild Bunch)のクレジットで参加した[10]。
ディスコグラフィー
[編集]シングル
[編集]- Tearin Down The Avenue / The Look Of Love (1987)
- Friends And Countrymen (1988)
DJ MIX
[編集]- The Wild Bunch (Story Of A Sound System) Mixed by DJ Milo
参考文献
[編集]- 「What is The Wild Bunch」SOPH.co.,ltd.
脚注
[編集]- ^ a b c 「What is The Wild Bunch」SOPH.co.,ltd.
- ^ Wild Dayz Photos by Beezer 解説 アスミックエースエンタテインメント
- ^ a b relax 81 2003年11月号 特集ワイルドバンチ マガジンハウス
- ^ [1]Discogs The Wild Bunch
- ^ [2]Discogs The Wild Bunch – Tearin Down The Avenue
- ^ [3]Discogs Eric B. & Rakim - Move The Crowd (Wild Bunch Remix)
- ^ [4]Discogs Morgan McVey – Looking Good Diving With The Wild Bunch
- ^ Grundy, Gareth (14 June 2011). “Soul II Soul v the Wild Bunch The Guardian”. 2021年9月19日閲覧。
- ^ [5]Discogs The Wild Bunch – Friends And Countrymen
- ^ ネナ・チェリー『ロー・ライク・スシ』東芝EMI・日本盤ライナーノーツ