三晃社
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名古屋本社(2014年10月) | |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-20-9 北緯35度10分27.6秒 東経136度54分21.4秒 / 北緯35.174333度 東経136.905944度座標: 北緯35度10分27.6秒 東経136度54分21.4秒 / 北緯35.174333度 東経136.905944度 |
設立 | 1949年(昭和24年)5月2日 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 4180001036113 |
事業内容 | 広告代理店業務 |
代表者 | 代表取締役社長 川村晃司 |
資本金 | 1億円 |
純利益 |
3,634万7,000円 (2024年5月期)[1] |
純資産 |
32億6,739万3,000円 (2024年5月31日現在)[1] |
総資産 |
50億565万2,000円 (2024年5月31日現在)[1] |
従業員数 | 140名(2021年6月1日現在) |
決算期 | 5月31日 |
外部リンク | https://www.sanko-sha.co.jp/ |
株式会社三晃社(さんこうしゃ、英: Sankosha co., ltd.)は、愛知県名古屋市中区に本社を置く総合広告代理店である。
概要
[編集]1944年(昭和19年)に創業した名古屋では老舗の広告代理店。ご当地検定である名古屋城検定や愛知県が推し進める武将観光関連業務にも携わっており、2012年度からはそれまで名古屋市が行っていた名古屋おもてなし武将隊の運営を引き継ぐこととなった[2]。
また、中日スポーツが広告の問題により阻まれていた日刊紙移行にも、1953年(昭和28年)頃に当時の松波金弥社長が全広告を買い取る形で、1954年(昭和29年)2月25日に全国6番目に日刊紙として誕生したエピソードがある。
2006年(平成18年)にグレイワールドワイドと法人設立を前提とした業務提携を行い、ブランディングを業務とする三晃グレイを設立した。
沿革
[編集]- 1944年(昭和19年)11月3日 - 松波金弥により「三晃社」として個人創業。
- 1948年(昭和23年)10月1日 - 大阪支社を開設。
- 1949年(昭和24年)5月2日 - 「株式会社三晃社」に改組。
- 1950年(昭和25年)11月3日 - 東京支社を開設。
- 1958年(昭和33年)11月8日 - 静岡支社を開設。
- 1959年(昭和34年)3月19日 - 広島支社を開設。
- 1977年(昭和52年)8月9日 - いわゆる三晃社事件で最高裁判決が出る[3]。
- 2006年(平成18年)5月30日 - プライバシーマークを取得。
- 2006年(平成18年)9月25日 - 株式会社グレイワールドワイドと業務提携。三晃グレイを設立。
事業所
[編集]関連会社
[編集]- 名晃開発株式会社
- 株式会社小原カントリークラブ〔現在はテレビ愛知(土日の深夜に放送されている中央競馬ダイジェストも含む)・三重テレビの競馬中継でスポットCMを放送している〕
- 株式会社三晃社コミュニケーションデザイン(2013年8月1日、株式会社三晃スリービームスより商号を変更)
出典
[編集]- ^ a b c 株式会社三晃社 第76期決算公告
- ^ “信長、秀吉らに新メンバー決定 名古屋武将隊が入隊式”. 47NEWS (2012年4月25日). 2014年4月12日閲覧。
- ^ “【三晃社事件】労働判例|労働政策研究・研修機構(JILPT)”. www.jil.go.jp. 2018年4月22日閲覧。