上野消火器商一家殺人事件
上野消火器商一家殺人事件(うえのしょうかきしょういっかさつじんじけん)とは、1974年2月7日(昭和49年)に東京都台東区上野で発生した、一家4人と知り合いの男性の合わせて5人が惨殺された事件。
事件の概要
[編集]1974年2月7日、消火器商の一家4人と、以前消火器商のもとでアルバイト勤務していた国鉄職員の男性が殺害されているのが発見されたが、その現場は凄惨を極めていた。特に社長A(当時71歳)は頭を鈍器で殴られ致命傷を受けていたうえに、首をビニール紐で縛りつける念の入りようであった。
当初、警察は一家心中を疑っていたが、タンスの中身が全てぶちまけられている様子から、複数による物取りもしくは怨恨の犯行であるとして捜査した。室内にあった犯人の脱ぎ捨てた衣類から身元が判明し、消火器商で以前セールスマンとして働いていた男T(当時36歳)と、知り合いのとび職の男K(当時39歳)が逮捕された。
犯行の動機と実行
[編集]Tは消火器のセールスマンをしていた頃、消火器販売業をしていたAに得意先を奪われたことを恨みに思い続け、金に困っていたKを誘い犯行に及んだ。1974年2月6日、犯人のTとKは被害者A宅に押し入り、AとAの妻をハンマーで撲殺した後、そのままA宅に居座り、その後帰宅したAの三男夫婦、元使用人を次々と襲って殺害。さらに84000円の現金を奪った[1]。
Kは早々に逮捕されたが、Tは社員寮があるメッキ工場で働きながら潜伏を続けた。しかし手配書が出回ったことがきっかけとなり1974年3月8日に逮捕された[2]。逮捕後、Tのバッグから犯行を示唆するメモのような手記が発見されたが[3]、平仮名だらけの脈絡のない文章であった。
その後
[編集]犯人の2人はともに強盗殺人罪などで起訴され、いずれも責任が重大として死刑が言い渡され、1979年12月25日に最高裁で死刑が確定した。
事実関係に争いが無く、二人は淡々と刑の宣告を受け入れたが、TはKを巻き込んだことを後悔していたという。2人は共に1986年5月20日に死刑が執行された。