不利先打
不利先打(ふりせんだ)とは、詰将棋における構想の一つ。2種以上の持ち駒の弱い駒から使う方が合理的と思われる局面で、強い駒から使う方が正解となることをいう。
概説
[編集]例えば持ち駒に「金、歩」があって同一箇所にいずれかを打つ場合、もしどちらを打っても局所的に同じ効果が得られるならば、歩を打って金を持ち駒に残す方が一般に合理的であると考えられる。このような局面で、金を先に打ち、歩を残す、一見不合理と思える意外さが、詰将棋作品の狙いとなる。
特定の局面を指していう場合は、不利先打の語よりも、該当する2種の駒をもって飛先飛香(飛、香の持ち駒から飛を先に使用するとき)、金先金歩(金、歩の持ち駒から金を先に使用するとき)などの語を用いることが多い。不利先打を含むこれらの語は、飛と香、銀と歩のように「弱い駒の性能が、強い駒の性能に完全に包含されている場合」に限って用いることが一般的で、飛先飛桂のように呼ばれることはない。したがって、該当する駒が2種の場合の「○先○×」の形の語は、飛先飛香、飛先飛歩、金先金歩、銀先銀歩、香先香歩の5通りとなる。該当する駒が3種の場合は、飛香先飛香歩の1通りしかない。
不利先打は、将棋の対局でも理論上は生じ得るが、現実に起こることはほとんどない。
原理と例題
[編集]後述する不利先打と呼ばない例を除くと、大きく「攻方の持ち駒に弱い駒を残すことに意義があるもの」と「玉方に弱い駒を渡すことを防ぐことに意義があるもの」に分類できる。このほか、一方が歩の場合(飛先飛香以外の場合)では二歩回避を目的とするものがある。
弱い駒を残す例
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図1で1手目に1七に駒を打つ場合、飛と香では局所的には同等に見えるため、飛を温存する香打が有利と思える。しかし、△2五玉、▲2六飛、△3五玉(図2)で打ち歩詰めとなる。
先に飛を打てば、同様に進めて図3となり、▲3六歩が可能となる。
(図1は▲1七飛、△2五玉、▲2六香、△3五玉、▲3六歩、△同玉、▲4六金まで7手詰)
弱い駒を渡すことを防ぐ例
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図4で、▲2六飛、△同歩の後に3手目に1七に駒を打つ場合、飛と香では局所的には同等に見えるため、飛を温存する香打が有利と思える。しかし、△同玉、▲1九飛(図5)となり、△1八香合が弱い合駒のために詰まない。
先に飛を打てば、同様に進めて図6となり、香が玉方の持ち駒にないため、1八で強い合駒を獲得できて詰む。例えば香の代用に△1八飛合ならば、▲2六銀、△1六玉、▲1七歩以下で詰む。
(図4は▲2六飛、△同歩、▲1七飛、△同玉、▲1九香、△1八角打、▲2六銀、△1六玉、▲1八香、△同角不成、▲2五角、△同桂、▲1七歩、△同桂成、▲2五銀まで15手詰)
不利先打と呼ばない例
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図7は▲2九飛、△1八玉、▲1九香の3手詰であるが、先に打った飛の性能を活用しているため、不利先打(および飛先飛香)とは呼ばない。ただし、効果が現れるまでに手数を要したり、効果が現れた局面が複雑な場合に、判断が難しくなる場合はある。
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図8の1手目▲2六香は、瞬間的には歩と同様に使用しているが、後の手順で香の性能を活用しているため、やはり不利先打とは呼ばない。
(図8は▲2六香、△1五玉、▲1六歩、△同桂、▲2三香成、△2五玉、▲2六銀まで7手詰)
歴史
[編集]象戯手段草
[編集]不利先打の第1号局は、象戯手段草(享保9年 1724年)第2番。伊野辺看斎作とされる。
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図10で▲2二歩でなく▲2二飛とすることで、後に4四地点で生じる打ち歩詰め局面を回避する、弱い駒を残す例。
橘仙貼璧
[編集]図11は久留島喜内作の橘仙貼璧(宝暦またはそれ以前)第67番。
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図12で▲3二香でなく▲3二飛として、後に6二地点で弱い合駒を回避する例。
図11で▲2三桂成でなく▲2三金と着手するのは、玉方に桂を与えることを防ぐためで、不利先捨に通じるものがある。
応用手筋
[編集]不利先打の玉方応用
[編集]不利先打を玉方が用いる問題もある。すなわち、「玉方が複数の合駒の機会に先に強い駒を使用し、攻め方に強い持ち駒を与えることで詰め手数が長くなる」などの手筋である。
不利先捨
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2種以上の置き駒のうち、強い方を捨てて弱い方を残す手筋を不利先捨という。
図13で1三に何かを動かすとすれば、▲1三馬、△同桂、▲同歩と、▲1三歩成、△同桂、▲同馬が可能で、局所的には馬を温存する初手歩成が有利と思えるが、以下△2一玉(図14)で打ち歩詰めとなり失敗する。
初手▲1三馬は△同桂、▲同歩不成、△2一玉(図15)となり、▲2二歩以下の手順が継続できて詰む。
(図13は▲1三馬、△同桂、▲同歩不成、△2一玉、▲2二歩、△同玉、▲3四桂、△2一玉、▲3三桂不成、△同歩、▲2二歩、△3二玉、▲4二歩成まで13手詰)