世知原線
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世知原線 | |
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概要 | |
現況 | 廃止 |
起終点 |
起点:肥前吉井駅(現・吉井駅) 終点:世知原駅 |
駅数 | 3駅(廃線時) |
運営 | |
開業 | 1933年10月24日 |
廃止 | 1971年12月26日 |
所有者 |
佐世保鉄道→鉄道省→ 運輸通信省→運輸省→ 日本国有鉄道 |
路線諸元 | |
路線総延長 | 6.7 km (4.2 mi) |
軌間 | 1,067 mm (3 ft 6 in) |
過去の軌間 | 762 mm (2 ft 6 in) |
電化 | 全線非電化 |
停車場・施設・接続路線(廃止当時) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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世知原線(せちばるせん)は、かつて長崎県北松浦郡吉井町(現・佐世保市)の肥前吉井駅(現・吉井駅)から同県北松浦郡世知原町(現・佐世保市)の世知原駅までを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線である。1971年に廃止された。
路線データ(廃止時)
[編集]歴史
[編集]世知原町等の佐々川流域にある炭鉱からの石炭輸送のため、佐世保鉄道が岡本彦馬専用鉄道を譲り受けて運営した軌間762mmの軽便鉄道で、地方鉄道としては1933年に貨物線として開業した。翌年に旅客営業も開始し、1936年には買収・国有化され、鉄道省(国有鉄道)松浦線の名無し支線となった。1945年、松浦線の改軌工事完成に伴って、枝線が松浦線から分離され、世知原線となったが、沿線の炭鉱が閉山すると衰退し、レールバスのキハ10000形(キハ02形)が細々と走る程度になった。
1968年には、鉄道としての使命を終えたものとして、同じく松浦線の支線であった臼ノ浦線とともに赤字83線にリストアップされ、1971年に廃止された。線路跡は現在サイクリング道路となっている。
年表
[編集]- 1896年(明治29年) 関西採炭株式会社が佐々 - 世知原間 (11.9km)を九州松浦炭礦専用鉄道として建設
- 1902年(明治35年) 運営主体が合資会社松浦炭礦へ改組
- 1932年(昭和7年) 松浦炭礦の鉱業権者である岡本彦馬の個人経営へ移行、岡本彦馬専用鉄道と改称
- 1933年(昭和8年)10月24日 佐世保鉄道が岡本彦馬専用鉄道を買収し、地方鉄道として改めて開業。佐々 - 世知原間に吉井駅を設置、佐々 - 吉井 - 世知原間を貨物線として営業開始
- 1934年(昭和9年)
- 1936年(昭和11年)10月1日 佐世保鉄道を買収し国有化、松浦線の一部とする。祝橋を「いわいはし」から「いわいばし」に読みを変更
- 1944年(昭和19年)4月13日 佐々 - 肥前吉井 - 世知原間を改軌、御橋観音駅を廃止
- 1945年(昭和20年)3月1日 肥前吉井 - 世知原間 (6.7km) を松浦線から分離し世知原線とする
- 1967年(昭和42年)6月1日 祝橋 - 世知原間 (2.8km) の貨物営業を廃止
- 1971年(昭和46年)
駅一覧
[編集]全線長崎県北松浦郡内に所在。接続路線の事業者名は世知原線廃止時点のもの。
駅名 | 営業キロ | 接続路線・備考 | 所在地 | |
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駅間 | 累計 | |||
肥前吉井駅 | - | 0.0 | 日本国有鉄道:松浦線 | 吉井町 |
御橋観音駅 | 2.0 | 2.0 | 1944年廃止 | |
祝橋駅 | 1.9 | 3.9 | ||
世知原駅 | 2.6 | 6.7 | 世知原町 |
接続路線
[編集]- 肥前吉井駅:松浦線