中平昌
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中平 昌(なかひら さかん[1]、1900年(明治33年)11月12日[1][2] - 1985年(昭和60年)3月8日[要出典])は、昭和時代前期の台湾総督府官僚。
経歴・人物
[編集]中平藤吉の長男として高知県安芸郡川北村(現・安芸市川北)に生まれる[1]。1920年(大正9年)1月、高知税務署に奉職するが、のち職を辞し明治大学法科専門部に入り、1925年(大正14年)3月に卒業し、同年11月に高等試験行政科に合格する[3]。
翌年渡台し、台湾総督府財務局税務課勤務を皮切りに台南州税務課長、新竹郡守、台南州内務部地方課長、台北州内務部地方課長を経て、1936年(昭和11年)10月に台中州警務部長に就任[3]。ついで台湾総督府事務官財務局税務課長、専売局参事庶務課長、同局総務課長を経て[1]、1943年(昭和18年)3月に台湾総督府食糧局長に就任した[2]。 1944年(昭和19年)8月に台湾総督府専売局長に就任し、翌年の終戦を迎えている。
脚注
[編集]- ^ a b c d 興南新聞社 1943, 296頁.
- ^ a b 帝国秘密探偵社 1943, 台湾49頁.
- ^ a b 台湾新民報社 1937, 303頁.
参考文献
[編集]- 台湾新民報社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1937年 。
- 興南新聞社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1943年 。
- 帝国秘密探偵社 編『大衆人事録 第14版 外地・満支・海外篇』帝国秘密探偵社、1943年 。