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中村直蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中村 直蔵
生誕 1877年8月8日
日本の旗 日本 兵庫県
死没 (1957-04-22) 1957年4月22日(79歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1897年 - 1925年
最終階級 陸軍少将
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中村 直蔵(旧字体:中村 直藏[注釈 1]、なかむら なおぞう、1877年明治10年〉8月8日 - 1957年昭和32年〉4月22日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

経歴・人物

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兵庫県出身[1]1897年(明治30年)、陸軍士官学校第9期卒業[1]日露戦争時には歩兵第20連隊中隊長として出征した[2]。以後、陸軍士官学校教官、歩兵第30連隊大隊長、教育総監部副官、歩兵第63連隊附中佐を歴任[2]

1920年大正9年)8月に大阪連隊区司令官、1921年(大正10年)6月に陸軍歩兵大佐1923年(大正12年)8月に歩兵第26連隊長を経て、1925年(大正14年)5月1日に陸軍少将に昇進と同時に待命、同月25日に予備役に編入した[1][3]

その後、多紀郡青年団長を務めた[2]1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[4]

脚注

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注釈

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  1. ^ 『日本陸軍将官辞典』では名は「直造」とあるが、本項では官報(2408号、大正9年8月11日)や『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』の記述に従った。

出典

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  1. ^ a b c d 『日本陸軍将官辞典』531頁。
  2. ^ a b c 多紀、氷上人名鑑 1933, p. 114.
  3. ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』146頁。
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」106頁。

参考文献

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  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 『多紀、氷上人名鑑』篠山新聞社、1933年。