歩兵第30連隊
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歩兵第30連隊 | |
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創設 | 1896年 |
廃止 | 1945年 |
所属政体 | 日本 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 連隊 |
兵科 | 歩兵 |
所在地 | 新津 - 村松 - 高田 |
通称号/略称 | 豊5623 |
上級単位 | 第2師団 - 第13師団 - 第2師団 - 第28師団 |
最終上級単位 | 第28師団 |
最終位置 | 沖縄県 宮古島 |
戦歴 | 日露 - 満州事変 - 日中 - ノモンハン事件 - 第二次世界大戦 |
歩兵第30連隊(ほへいだい30れんたい、歩兵第三十聯隊)は、大日本帝国陸軍の連隊のひとつ。
沿革
[編集]- 1896年(明治29年) - 編成
- 1897年(明治30年) - 村松町の新兵営に移転[1]
- 1898年(明治31年)3月24日 - 軍旗拝受
- 1904年(明治37年) - 日露戦争に従軍
- 1908年(明治41年)10月 - 第2師団から第13師団へ所属変更
- 1925年(大正14年) - 宇垣軍縮により第13師団が廃止され第2師団に所属変更
- 1927年(昭和2年)2月、長野運輸事務所などから除雪のために一個中隊200人を派遣するよう要請があり出動。信越本線が10日間不通になった豪雪(昭和2年豪雪)への対応ではあるが、名目上は大喪の礼から帰還する「軍旗奉迎」を名目として行われた[2]。
- 1931年(昭和6年) - 満州事変に出動
- 1939年(昭和14年) - ノモンハン事件に出動
- 1940年(昭和15年)8月 - 第2師団から第28師団に所属変更
- 1944年(昭和19年) - 宮古島に移駐
- 1945年(昭和20年)8月 - 終戦
歴代連隊長
[編集]代 | 氏名 | 在任期間 | 備考 |
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1 | 伊崎良凞 | 1896.9.25 - | 中佐 |
2 | 丸井政亜 | 1898.10.1 - 1900.10.31 | |
3 | 古谷安民 | 1900.10.31 - 1902.11.7 | 中佐 |
4 | 馬場命英 | 1902.11.7 - | 1904.9.2戦傷 |
5 | 川崎寅三 | 1904.11.1 - | 中佐 |
6 | 宇宿行輔 | 1906.1.20 - 1907.11.13 | 中佐、1906.12.大佐 |
7 | 勝賀瀬元 | 1907.11.13 - 1910.11.30 | |
8 | 野沢悌吾 | 1910.11.30 - 1912.11.30 | |
9 | 今屋友次郎 | 1912.11.30 - 1915.2.15 | |
10 | 鉾田俊 | 1915.2.15 - | |
11 | 菅順蔵 | 1918.9.13 - 1921.7.20[3] | |
12 | 納富広次 | 1921.7.20 - | |
13 | 田代皖一郎 | 1924.12.15 - | |
14 | 黒田周一 | 1926.3.2 - | |
15 | 平野博 | 1927.7.26 - | |
16 | 土肥原賢二 | 1929.3.16 - | |
17 | 坪井善明 | 1930.12.22 - | |
18 | 関家清 | 1932.8.8 - | |
19 | 儀我誠也 | 1935.8.1 - | |
20 | 猪鹿倉徹郎 | 1937.8.2 - | |
21 | 柏徳 | 1938.7.15 - | |
22 | 小田正人 | 1940.12.2 - | |
23 | 山本良一 | 1942.8.1 - | |
末 | 富沢国松 | 1943.8.2 - |
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『日本陸軍連隊総覧 歩兵編(別冊歴史読本)』新人物往来社、1990年。
- 原 剛『明治期国土防衛史』錦正社、2002年。
- 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。
- 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
- 『官報』
関連項目
[編集]- 大日本帝国陸軍連隊一覧
- 村松公園 - 日露戦争を記念して造られた公園。