久内清孝
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久内清孝(ひさうち きよたか、1884年3月 - 1981年4月12日)は、日本の植物学者・薬学者。日本の植物分類学の初期の研究者の一人である。東邦大学名誉教授。
略歴
[編集]麻布中学を卒業後、私立横浜英語学校で英語を学んだ後、横浜に住み、外国人と交流し英語力を高めた。
植物学に興味をもち、横浜植物同好会のメンバーとなり、1909年から牧野富太郎の下で植物分類学の研究を始めた。一方で英語力を評価され、ジャパンタイムス横浜支局長を2年間務めた。1923年、朝比奈泰彦の研究室に入り、1925年に創立された帝国女子医専(後の東邦大学)に1926年に薬学科が作られると帝国女子医専の教授となった。
「植物研究雑誌」に多くの論文を発表し、国立科学博物館主催の植物採集会の指導を長く行った。植物採集標本は2万点以上に達し、東京大学や科学博物館に納められ、東邦大学薬学部生薬学教室に保存されている。
ハマウツボ科のヒサウチソウ (Bellardia trixago) に献名されている。
論文
[編集]- 久内清孝「帰化植物雑考」『植物分類,地理』第13巻、日本植物分類学会、1943年、190-193頁、doi:10.18942/bunruichiri.KJ00002992563、ISSN 0001-6799、NAID 110003762603。
- HURUSAWA, Isao「東亞植物落穗録 (一)」『植物学雑誌』第60巻第703号、日本植物学会、1947年、71-76頁、doi:10.15281/jplantres1887.60.71、ISSN 0006-808X、NAID 130004212043。
- 久内清孝「ブタクサの巨大形」『採集と飼育』第13巻第9号、日本科学協会、1951年9月、295頁、ISSN 00363286、NAID 40017800214。
- 久内清孝「ハゼランは多年生である」『植物研究雑誌』第44巻第9号、ツムラ、1969年9月、286頁、ISSN 00222062、NAID 40017910794。
- 久内清孝、菅谷愛子「中国の生薬"毛麝香"について」『生薬学雑誌』第25巻第2号、日本生薬学会、1971年、83-86頁、NAID 110008907657。
- 久内清孝「ワスレナグサ類の和名考(雑録)」『植物研究雑誌』第46巻第12号、ツムラ、1971年12月、377-378頁、ISSN 00222062、NAID 40017910195。
著書
[編集]- 『植物採集と標本製作法』、本田正次と共著(1931年)
- 『帰化植物』(1950年)
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 幾瀬マサ「恩師故久内清孝先生を偲んで」『ファルマシア』第17巻第11号、日本薬学会、1981年、1096-1097頁、doi:10.14894/faruawpsj.17.11_1096、NAID 110003656520。
- 幾瀬マサ『久内清孝名誉教授追悼集:献光院仁譽叢翁清大居士』