久留里町
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くるりまち 久留里町 | |
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廃止日 | 1954年10月1日 |
廃止理由 |
新設合併 久留里町、松丘村、亀山村 → 上総町 |
現在の自治体 | 君津市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 千葉県 |
郡 | 君津郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 32.58 km2 |
総人口 |
6,244人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 君津郡小櫃村、小糸村、松丘村、亀山村、市原郡加茂村 |
久留里町役場 | |
所在地 | 千葉県君津郡久留里町 |
座標 | 北緯35度17分47秒 東経140度04分33秒 / 北緯35.29628度 東経140.07594度座標: 北緯35度17分47秒 東経140度04分33秒 / 北緯35.29628度 東経140.07594度 |
ウィキプロジェクト |
久留里町(くるりまち)は、千葉県君津郡(望陀郡)にかつて存在した町である。かつての久留里城の城下町である。
地理
[編集]歴史
[編集]沿革
[編集]→詳細は「久留里 § 歴史」を参照
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、久留里市場村、吉野村、小市部村、大谷村、久留里、怒田村、浦田村、大和田村、富田村、愛宕村、向郷村、栗坪村、川谷村と寺沢村飛地・台村錯綜地の区域をもって、望陀郡久留里町が発足。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 望陀郡が統合されて君津郡となる。
- 1912年(大正元年)12月28日 - 千葉県営鉄道久留里線木更津駅 - 久留里駅間の開業により久留里駅が開業。
- 1954年(昭和29年)10月1日 - 亀山村・松丘村と新設合併して上総町が発足。同日久留里町廃止。
経済
[編集]産業
[編集]- 工場
人口・世帯
[編集]人口
[編集]総数 [単位: 人]
1891年(明治24年) | 4,519 |
1921年(大正10年) | 4,650 |
世帯
[編集]総数 [単位: 世帯]
1921年(大正10年) | 976 |
地域
[編集]医療
[編集]- 医師
医師は「松林俊雄、藤平泰、前田眞、白紙喜一」などがいた[2]。
交通
[編集]鉄道
[編集]道路
[編集]- 久留里街道(現国道410号)
名所
[編集]出身・ゆかりのある人物
[編集]脚注
[編集]- ^ a b 『全国工場通覧 昭和9年9月版』885頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月29日閲覧。
- ^ 『最近調査大日本医師名簿』154頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月31日閲覧。
- ^ 『人事興信録 第5版』ま86頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月29日閲覧。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
- 光明社編『最近調査大日本医師名簿』光明社、1931年。
- 商工省大臣官房統計課編『全国工場通覧 昭和9年9月版』日刊工業新聞社、1934年。
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201
- 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180