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久留里町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
くるりまち
久留里町
廃止日 1954年10月1日
廃止理由 新設合併
久留里町松丘村亀山村上総町
現在の自治体 君津市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
君津郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 32.58 km2
総人口 6,244
国勢調査、1950年)
隣接自治体 君津郡小櫃村、小糸村、松丘村、亀山村、市原郡加茂村
久留里町役場
所在地 千葉県君津郡久留里町
座標 北緯35度17分47秒 東経140度04分33秒 / 北緯35.29628度 東経140.07594度 / 35.29628; 140.07594座標: 北緯35度17分47秒 東経140度04分33秒 / 北緯35.29628度 東経140.07594度 / 35.29628; 140.07594
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久留里町(くるりまち)は、千葉県君津郡望陀郡)にかつて存在したである。かつての久留里城城下町である。

地理

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  • 現在の君津市の東部、旧上総町の北部に位置している。
  • 村域はほとんどが山がちな地形である。
  • 村は小櫃川の上流域に位置する。

歴史

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沿革

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経済

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産業

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工場
  • 吉崎酒造場 - 生産品目は酒、焼酎酒粕、開業年月は安政、代表者は吉崎紋造[1]
  • 藤平酒造場 - 生産品目は清酒、焼酎、酒粕、開業年月は明治13年3月、代表者は藤平俊一[1]

人口・世帯

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人口

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総数 [単位: 人]

1891年(明治24年) 4,519
1921年(大正10年) 4,650

世帯

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総数 [単位: 世帯]

1921年(大正10年) 976

地域

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医療

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医師

医師は「松林俊雄、藤平泰、前田眞、白紙喜一」などがいた[2]

交通

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鉄道

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道路

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名所

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出身・ゆかりのある人物

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脚注

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  1. ^ a b 『全国工場通覧 昭和9年9月版』885頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月29日閲覧。
  2. ^ 『最近調査大日本医師名簿』154頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月31日閲覧。
  3. ^ 『人事興信録 第5版』ま86頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年3月29日閲覧。

参考文献

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  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 光明社編『最近調査大日本医師名簿』光明社、1931年。
  • 商工省大臣官房統計課編『全国工場通覧 昭和9年9月版』日刊工業新聞社、1934年。
  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201
  • 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180

関連項目

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