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五十嵐顕

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

五十嵐 顕(いがらし あきら、1916年12月20日1995年9月17日)は、日本の教育学者東京大学名誉教授。教育財政学、マルクス主義教育学、ソビエト教育学を研究した。

生涯

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福井県出身。東京帝国大学卒。文部省教育研修所(現国立教育研究所)所員、東京大学教育学部助教授、1968年東大教授。1977年定年退官、名誉教授、中京大学教授。

わだつみ会」の会員として不戦運動に取り組んだ[1][注釈 1]

著書

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  • 『民主教育論 教育と労働』青木書店 1959
  • 『国家と教育』明治図書出版 1973
  • 『民主教育とはなにか』青木教育叢書 1976 
  • 『教育入門』新日本新書 1977 
  • 『マルクス主義の教育思想』青木教育叢書 1977 
  • 『民主教育と教育学』青木教育叢書 1978 
  • 『人間の心教育の心』あゆみ出版 1981
  • 『「わだつみのこえ」を聴く 戦争責任と人間の罪との間』青木書店 1996 [注釈 2]

共編著

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翻訳

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参考

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  • デジタル版日本人名事典:[1]
  • 山田正行「五十嵐顕の遺稿,ノート,資料の意義について:「声なき声」に耳を澄ませつつ」『社会教育学研究』第56号,2022年8月
  • 山田正行「五十嵐顕の遺稿,ノート,資料の意義について(2):'90,10.12付「覚書」を中心に」『社会教育学研究』第57号,2023年4月

脚注

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注釈

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  1. ^ 1995年9月17日、十五年戦争発端の9月18日を念頭に置き、その前日の日曜日を選んで高校生を相手とする会に出席。「戦争について深く認識をもたなかったのは、知の怠慢であった」と語り、反戦を訴え、マイクを握ったまま倒れた。山住正己『點鬼簿』国土社、2001年 pp.239-240
  2. ^ 川上徹は「不肖の教え子」(山田正行『「わだつみのこえ」に耳を澄ます―五十嵐顕の思想・詩想と実践―』第三章第二節)。

出典

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  1. ^ 山住正己『點鬼簿』国土社、2001年 pp.246-248