人見米次郎
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人見 米次郎(ひとみ よねじろう、1868年10月24日(明治元年9月9日)[1] - 1935年(昭和10年)1月6日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
経歴
[編集]滋賀県出身[2]。1879年、彦根初等師範学校(現・滋賀県立彦根東高等学校)卒[2]。数学とドイツ語を学ぶ[2]。第百三十三国立銀行(現・滋賀銀行)、日本生命保険、神戸井上倉庫各(株)勤務を経て、運送業と日豪貿易を営み、欧米各国を巡遊する[2]。また、神戸市会議員となる[2]。
1912年の第11回衆議院議員総選挙において滋賀県郡部から立憲国民党公認で立候補して当選した[3]。衆議院議員を1期務め、1915年の第12回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。1935年に死去した。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。