伊具流北条氏
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(伊具流から転送)
伊具流北条氏(いぐりゅうほうじょうし)は、鎌倉時代の北条氏の分流。鎌倉幕府2代執権・北条義時の四男である北条有時を祖とする。有時が陸奥国の伊具郡を領有したことが興りである。
有時は義時の側室の所生であり、また病のために政治活動を引退したことから、伊具家は要職就任者を出す家の中での家格は低く、多くの子孫の中で幕府要職に就いたのは有時の子・通時の子である斎時のみであった。その他には、『建治三年記』12月19日条で、六波羅探題評定衆に「駿河次郎」という人物があり、駿河守であった有時の一門、伊具家の人物であると見られている。
一族
[編集]- 有時の子
- 北条時基 - 有基(石坂太郎) - 有政(彦四郎)
- 北条兼時 - 時澄(土佐介) - 貞澄(弾正左衛門尉)・貞冬(五郎)
- 北条通時(相模権守、従五位下) - 北条斎時 - 時邦・高有
- 北条時景(五郎)
- 北条有義(丹後守、従五位上)- 貞有(式部大夫)
- 北条有秀(七郎)
- 北条兼義(八郎) - 時嗣(冨保三郎)・政助(同四郎)・有助(仁 法務 大僧正 一長者、頼助の弟子)
- 北条国時(修理亮)
- 北条時盛 - 時仲(三郎)
- 北条宗兼
- 北条政有(兵庫助、従五位下)- 政高(四郎)
系図
[編集]北条義時 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(得宗家) | (名越流) | (極楽寺流) | (政村流) | (金沢流) | (伊具流) 有時 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
時基 | 兼時 | 通時 | 時景 | 有義 | 有秀 | 兼義 | 国時 | 時盛 | 宗兼 | 政有 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
有基 | 時澄 | 斎時 | 貞有 | 時嗣 | 政助 | 有助 | 時仲 | 政高 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
有政 | 貞純 | 時邦 | 高有 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 細川重男『鎌倉政権得宗専制論』吉川弘文館、2000年。