佐世保市立大野小学校
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佐世保市立大野小学校 | |
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北緯33度12分39秒 東経129度43分32秒 / 北緯33.21075度 東経129.72561度座標: 北緯33度12分39秒 東経129度43分32秒 / 北緯33.21075度 東経129.72561度 | |
過去の名称 |
第五大学区第四中学区下等大野小学校 公立中等大野小学校 尋常大野小学校 大野尋常小学校 大野尋常高等小学校 大野国民学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 佐世保市 |
校訓 | 熱、愛、誠 |
設立年月日 | 1874年(明治7年)7月1日 |
創立記念日 | 7月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 2学期制 |
学校コード | B142210000625 |
所在地 | 〒857-0103 |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
佐世保市立大野小学校(させぼしりつ おおのしょうがっこう)は、長崎県佐世保市原分町(はるぶんちょう)にある公立小学校。
概要
[編集]- 佐世保市中北部の大野地域にある小学校。児童数は703名(特別支援学級の21名を含む、学級数は29、2021年度)。46校ある佐世保市立小学校の中では児童数が2番目に多い[1]。2014年(平成26年)に創立140周年を迎えた。
- 校訓
- 「熱、愛、誠」- 校歌の歌詞に使われている言葉が校訓となった。
沿革
[編集]- 1874年(明治7年)7月1日 - 松浦郡大野村原分觸の西蓮寺の一室を借用し「大野小学校」が創立された。
- 1875年(明治8年)2月 - 「第五大学区第四中学区[3] 下等大野小学校」となった。児童数は32(男子のみ)であった。
- 1880年(明治13年)- 「公立中等大野小学校」に改称した。女児を対象に裁縫科を設置した。
- 1886年(明治19年)9月 - 小学校令の施行により、尋常科(修業年限4年)を設置の上、「尋常大野小学校」に改称した。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、北松浦郡大野村立の小学校となった。
- 1892年(明治25年)- 「大野尋常小学校」に改称した(「尋常」の位置が変更された)。
- 1894年(明治27年)- 高等科を併置の上、「大野尋常高等小学校」に改称した。
- 1908年(明治41年)
- 4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長された。
- 旧高等科1年を尋常科5年に、旧高等科2年を尋常科6年に、旧高等科3年を高等科1年に、旧高等科4年を高等科2年に振り替えた。
- この年 - 大野農業補習学校が併設された。
- 4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長された。
- 1915年(大正4年)- 併設の農業補習学校が、農業科以外の学科を加え「大野実業補習学校」となった。
- 1920年(大正9年)- 佐世保軽便鉄道相浦・柚木間が開通した(小学校下の自転車道路は軽便鉄道線路跡)。
- 1929年(昭和4年)- 校旗を制定した。
- 1931年(昭和6年)7月22日 - 校歌を制定した。
- 1935年(昭和10年)- 青年学校令の施行により、併設の大野実業補習学校が「大野青年学校」となった。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「大野国民学校」と改称した。尋常科を初等科に改めた。二宮金次郎像を建立した。
- 1942年(昭和17年)5月27日 - 大野村が佐世保市と合併したため、佐世保市立の国民学校となった。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により「佐世保市立大野小学校」(現在名)となった。
- 高等科は青年学校の普通科と統合され、新制中学校 佐世保市立大野中学校が発足し小学校に併設された。
- 1948年(昭和23年)- 脱脂粉乳による給食を開始した。
- 1959年(昭和34年)- 創立記念日を7月1日に制定した。
- 1968年(昭和43年)- 児童数が歴代最高の1,941名(47学級)を記録した。
- 1969年(昭和44年)- 校区がかわった。泉福寺1組・2組・3組(2から5年生の210名)が春日小学校に移った[4]。
- 1971年(昭和46年)- 校区がかわった。瀬戸越町(170名)が春日小学校に移った[4]。
- 1972年(昭和47年)- 柚木炭鉱(北松炭田)の閉山にともない、1971-72年にかけ、約450名が転校した[4]。
- 1973年(昭和48年)- 天心寮が柚木に移り、約30名が柚木小学校に移った[4]。
- 1974年(昭和49年)7月1日 - 創立100周年を迎えた。記念事業としてタイムカプセルを埋設した。
- 1985年(昭和60年)- 2葉の門標(「佐世保市立大野小学校」・「明治七年七月創立、明治八年校名第五大学区第四中学区下等大野小学校」)を設置した。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 2学期制を導入した。
教育方針
[編集]憲法・教育基本法の精神並びに長崎県・佐世保市の教育方針に基づき、地域と児童の実態をふまえ、特色ある学校づくりを推進し、知・徳・体の調和がとれた、人間性豊かな、心身ともに健康な児童を育成する[5]。
学校行事
[編集]行事案内[6]
通学区域
[編集]・佐世保市
- 矢峰町(やみねちょう)、松原町(まつばらちょう)、原分町(はるぶんちょう)、松瀬町(まつせちょう)、知見寺町(ちけんじちょう)、大野町(おおのちょう)、田原町(たばるちょう)、楠木町(くすのきちょう)[7]。
進学先中学校
[編集]交通
[編集]- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りのバス停
- 最寄りの幹線道路
周辺の主な施設
[編集]- アソカ北幼稚園
- 大野幼稚園 おおの幼稚舎
- 佐世保市立大野中学校
- 長崎県立佐世保西高等学校
- 長崎県立佐世保工業高等学校
- 上田製菓舗
- セブン-イレブン佐世保田原町店
- カトリック大野教会
- 長崎労災病院
脚注
[編集]- ^ “大野小学校”. ガッコム. 2022年1月7日閲覧。
- ^ a b “校章・校歌”. 大野小学校ホームページ. 2022年1月7日閲覧。
- ^ 1873年(明治6年)時点で長崎県(第五大学区に属する)の第一中学区は長崎区(長崎市および周辺)、第二中学区は旧大村藩、第三中学区は旧島原藩、第四中学区は旧平戸藩(壱岐・対馬を含む)、第五大学区は旧福江藩。その後、第二中学区が旧島原藩、第三中学区が旧大村藩に変更となった。
- ^ a b c d “学校沿革”. 大野小学校ホームページ. 2022年1月7日閲覧。
- ^ “学校経営方針”. 大野小学校ホームページ. 2022年1月7日閲覧。
- ^ “行事カレンダー”. 大野小学校ホームページ. 2022年1月7日閲覧。
- ^ “佐世保市通学区域”. 佐世保市役所. 2022年1月7日閲覧。
参考資料
[編集]- 「佐世保市史 教育篇」(1982年(昭和57年)5月20日発行, 佐世保市 市史編さん室)
- 「大野 佐世保市立大野小学校百二十周年記念誌」(1994年(平成6年)11月発行)