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佐久間 勝尚(さくま かつなお、生没年不詳)は江戸時代の人物。佐久間氏の一族。佐久間勝種の長男。通称は四郎太郎、源兵衛。
延宝6年(1678年)3月29日、御小姓組に列せられる。
天和2年(1682年)8月11日、父勝種が訴えにより取り調べを受けた際、石川主殿頭憲之に預けられ、8月22日に父の罪に連座して弟の中豫、勝元とともに松平(池田)相模守光仲に預けられた。翌3年(1683年)6月25日に三人の弟とともに赦された。
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